揺れる命
応接室に、重い沈黙が落ちた。手紙を読み終えた私は、言葉を失っていた。
「……今回の襲撃で」エドリックが、口を開く。「我々の補給線は、壊滅的な打撃を受けた」
「……壊滅?」
「補給隊の、三分の二が失われた。ニッキーは無事だが——部隊は、前線の部隊に、吸収される」
「戦闘部隊に?」ミランダが、眉をひそめた。「あの小僧が?」
エドリックが、頷く。
私は、目を伏せた。
「ニッキーは。“フランツの分まで働く”と……」
手紙の、最後の一節。
『今、逃げ出すわけにはいかない。必ず生きて戻るから、もう少し、待っていてほしい』
私は、静かに涙を拭った。
「……ニッキー……」
「でも……」マリアが、たまらず声を上げる。「そろそろ、一年でしょう? 兵役の約束は——」
「そうだ」エドリックが、頷いた。「だが、戦が始まった今。上も、彼を帰せない」
「そんな……ガブリエルは、もうすぐ赤ちゃんが生まれるのに!」
私は、穏やかに微笑んだ。
「ええ……でも、彼の決意を、私は尊重したい。——カートライトの人間として。アルビオンの人間として。そして……この子の父として。彼は、戦うことを、選んだの」
「ふん」ミランダが、ダイヤモンドの瞳を光らせる。「家族より、祖国が大切か。アタシには、分からないねえ。——あんただって、そうだろ、ガブリエル?」
「いえ。私は……」
◇ ◇ ◇
その夜。書斎の机には、一枚の図面が、広げられていた。
「——ベルリアとアルビオンの、国境の町。ヘイブンに、軍需工場を、造りましょう」
エレナも、マルコスも、マリアも、驚いて私を見た。
「今の話を聞いたばかりで……本気ですか?」マルコスが、言う。
「ええ。中立を維持しながら。——名目は、救護物資の生産よ」
「でも、それは、実質的な軍への支援だわ」エレナが、眉を寄せる。
「……分かっているわ」
「やるのか」マリアが、静かに問う。
「ええ。ニッキーの戦いを、少しでも、応援したい。——それに」私は、顔を上げた。「軍需工場が回り出せば。その監督者として、ニッキーを退役させられるかもしれない」
「ふん、考えたね」ミランダが、腕を組む。
「工場の設計は?」
「ブレンナールの、旧倉庫を転用するわ」
「資金の算段は?」
「カートライト名義で、融資を受ける。彼の名は、この国でも、信頼だから」
「……相変わらず、抜け目がないね」ミランダが、目を細めた。「軍の仕事だ。利益は、確定したようなもんだろ」
皆が見つめる中、私は、まっすぐ前を見た。
「商売は、商売。——利益は、しっかり儲けるつもりよ」
ミランダが、ゆっくりと立ち上がる。そして、私の闘志に燃えた顔を見て、笑った。
「なるほど。——それが、アンタの戦場なんだね」
——その夜、ベルリアの静かな街に、新しい工場の計画書が、描き上げられた。
◇ ◇ ◇
朝焼け。段ボールを積む職人たちで、工場の改装準備が始まっていた。
「荷台は、奥へ。機械は、昼に届きます」
私が指示を出していると、マリアが、心配そうに駆け寄ってきた。
「おいガブリエル、もう無理すんなよ。——顔、真っ青だぞ」
「大丈夫。もう少しだけ」
笑ってごまかす。だが。
「おーい! 医者を呼んでこい! 顔色が……!」
外から、ミランダの声が飛ぶ。
視界が、ぐらりと、揺れた。
「ガブリエル!」エレナが、叫ぶ。
「息が浅い!」マルコスが、私を支える。
「だいじょうぶ……」
——次の瞬間。下腹に走った激痛に、私は、膝をついた。
「……っ!」
「陣痛だ!」ミランダが、叫んだ。「産まれるよ!」
全員が、慌ただしく動き出す。
「お湯! 毛布!」
「医者は、まだかっ!」
汗に濡れながら、私は、天井の向こうの、遠い空を思った。
(ニッキー……見ててね……)
——その日は、嵐になった。
そして、嵐の中に生まれたその子は——女の子、だった。




