砲声
——曇天の王都アルデンシュタットに、新聞売りの声が響く。
アルビオン対ハイラントの、戦争が始まった。だが、グラナス帝国がアルビオンを支持するなど、戦火は、複数の国家を巻き込みつつあった。
『ベルリア王国、中立を宣言——国王ジャック・マンダール陛下、談』
そんな中、ハイラントと国境を接していない、ベルリアは、中立を表明した。
——そして皮肉にも。アルビオンを中心とした、戦時下の国々への輸出が増え、この国は、好況になりつつあった。
「お待たせしました。サイズ直しは、二日で。——ええ、今は皆さまお急ぎですもの。段取りを、前倒しします」
大きくなったお腹で、私は、にこやかに接客をこなす。
◇
バックヤードに入ると、伝票を抱えたエレナが、呆れ顔で待っていた。
「受注、昨日比、一二〇パーセント。……で、あなた、いつまで働く気?」
「元気が、ありあまってるの」私は、冗談めかして肩をすくめた。「ほら、息も上がってない」
「大丈夫なら、いいんだけど……」
そこへ、マルコスが、帳簿を掲げて駆け込んでくる。
「材料の相場が、じわっと上がってる。戦争特需ってやつだ。今のうちに、代替の生地と香料の購買線を、二重化しよう」
「賛成」私は、即答した。「ネロリとベルガモットは、オルライン航路頼み。情勢が揺れたら、詰むわ。——陸路の見積りも、取って」
「分かった」
「ちょっと目を離した隙に、また店に来たのかい」
店の外から、ミランダが現れた。
「いい加減に、休みな。——流産でもしたら、どうすんだい」
「……はい、お母様」
連れていかれる私の背中を、エレナとマルコスが、そっと見送る。
「でも、ガブリエルの気持ちも分かるわ」エレナが、呟いた。「ニッキーからの手紙も、届かないんでしょ」
「ああ」マルコスが、頷く。「働くことで、気を紛らわしているんだろう」
◇ ◇ ◇
雨の降る、夜。
ガブリエル亭のソファで、ミランダが、一通の手紙に目を落としていた。
「軍の検閲で、手紙が渋滞しているらしいねえ。……けど」
彼女は、顔を上げた。
「“戦死報”の通達は、出てねえよ」
「……ありがとう、お母様」私は、胸に手を当てた。「それだけで、今は、十分」
「あ、ガブリエル!」マリアが、顔を出す。「試作品ができたんだけど、試せるか?」
「ええ、まかせて」
「そんなもん、ガブリエルにやらせなくても」ミランダが、口を挟む。
「妊娠中だからか、鼻が効くのよ」
「やだやだ。なんでも仕事に結びつけるねえ、この女は」
マリアが、試作の香水瓶を差し出した。
「ノワール・リーヴ、試作三番。若い客が、“背中を押される匂い”だってさ」
私は、そっと香りを確かめる。
(……いい。荒々しい話題ばかりの、この時代に。静寂と、気品を、与えるような——)
「どうだ?」
「とてもいいと思うわ。——いつまでも、嗅いでいられそう」
そのとき。お腹が、ぐるん、と動いた。
「!」
「この子も、良いって言ってくれてる」
「動いたのかい!?」ミランダが、目を丸くする。
「まじか。触らせてくれよ」
雨の窓に映る、自分の姿を見ながら。私は、心の中で、語りかけた。
(この国は、平和よ、ニッキー。——どうか……あなたも、無事で)
◇ ◇ ◇
——そんな日々の中。私の家に、意外な人物が、訪ねてきた。
「やあ、ガブリエル。アルビオン以来だな」
エドリック・カートライト。ニッキーの兄であり、アルビオン軍の大佐である。
応接室で、私は向かい合った。
「遠路を、ありがとうございます。エドリック様」
「義妹殿。——働く顔だな」エドリックは、穏やかに笑った。「そして、既に、母親の顔でもある」
彼は、名刺と紹介状を、卓上に置いた。
「ベルリアの中立が決まったが。——軍用工場の建設は、可能だろうか」
私は、目を細めて、即座に条件を提示した。
「名目、伝票、物流。この三重の中立管理が、大前提です。——ただ、救護物資の扱い、ということで。国の内諾は、すでに受けております」
「君は、上に顔が効くのか」
「はい。王太子ご夫妻と、親しくさせていただいております」
「……噂どおりの、切れ味だ」エドリックが、口角を上げた。「父も、ニッキーも。君に預けて、正解だった」
その名に、私の瞳が、揺れる。
「ニッキーは……無事、でしょうか」
エドリックは、短い間を置いて、答えた。
「——戦死報は、出ていない」
そして、一通の封筒を取り出し、卓上に置いた。
「本人の筆跡だ。検閲で、遅れた。——君の手で、開けてくれ」
緊張に震える指で、私は、封を切った。
『我が最愛の、ガブリエルへ。
この手紙を書くのに、少し時間がかかった。あまりにも多くのことが、一晩のうちに、起きてしまったからだ。
三日前、砲撃を受けた。倉庫の屋根が燃え——
隣にいたフランツが、もう、返事をしなかった。あんなに陽気だった声が……』
——それは。できたばかりの戦友の、死の報告から始まる。生々しい戦地の様子を綴った、手紙だった。




