夏を待ちながら
——王都アルデンシュタット、カートライト百貨店。
この頃の百貨店は、連日、押し寄せる客で賑わっていた。
「ひゃああ、すげえ人だな。——警備、増やしといた方がいいな」
入り口に現れたのは、パージだった。その後ろには、赤ん坊を抱いたナタリーと、ミシェルの姿もある。
「ガブリエルさんは、どこだろう?」
「この辺で待ち合わせって、聞いてるけど」
「おっ、あれじゃねーか?」
用品売り場で働く私を見つけて、三人が駆け寄ってきた。
「ガブリエル!」
「みんな! ブレンナールから、来てくれたのね」
「おいおい」パージが、私の腹を見て顔をしかめる。「そんなでかい腹で、働くなよ」
「大袈裟ね。まだ大丈夫よ」
ナタリーが、赤ん坊を見せてくれる。
「まあ、かわいい。——お名前は?」
「パーゼルです」ミシェルが、照れ臭そうに笑った。「師匠から、名前をいただきました」
「へへっ」パージが、鼻を擦る。「オレにとっちゃ、孫みてえなもんだ」
「だっこして、あげてください」
そう言って、ナタリーが、赤ん坊を私の腕に預けた。
小さな体の、たしかな重み。
「……赤ん坊に触れると、不思議と、力が湧いてくるわね」
「ガブリエル様は、いつ頃のご予定ですか?」
「あと三、四ヶ月ってところかしら」
「じゃあ、夏には、って事ですよね」ミシェルが言う。
「だったら」パージが、腕を組んだ。「そろそろ、ちゃんと休まねえとな」
「……肝に銘じるわ」
少し照れながら、私は笑った。
——家族の姿を、私は、未来の自分に、重ねていた。
◇ ◇ ◇
ガブリエル商会、応接室。
私とフランチェスカは、一枚の契約書に、並んでサインをした。
「香水は、装いに“記憶”を残しますわ」
「服と、香り。——相乗効果を、楽しみにしています」
固い握手を、交わす。
——この頃、私の商会とフランチェスカの会社は、新たな共同事業を始めた。新しい香水の、開発である。
調香室では、フランチェスカとマリアが、並んで香料を試していた。
「トップにベルガモットとネロリ、ミドルはアイリス。ベースはムスクとラブダナムで——気品と、余韻を」
「ベルガモットの軽さ、若い客に響くね」
「あなた、現場感覚があるのね」
「こちとら、現場しか知らねえからな」
二人は、顔を見合わせて笑った。
(……正反対の出自でも、ものづくりの情熱で、心が通うのね)
まったく違う世界から来た二人。この二人を組ませて、本当によかった。
「この香りで、新しい時代を、感じさせられるかも!」フランチェスカが、試香紙を振る。
「どう思う、ガブリエル?」
私は、そっと香りを確かめた。
「いいわね。——商品化に、進みましょう」
「だったら、ボトルにもこだわろう」マリアが、身を乗り出す。「黒曜ガラスに、薄金彩で。“解放の黒”と、呼応させたい」
「暫定名は——『ノワール・リーヴ』」私は、頷いた。「動きのある都に、似合う名よ」
——“解放の黒”に続く、もう一つの象徴が。静かに、形を帯びつつあった。
◇ ◇ ◇
そしてまた、この頃。私と王家との交友も、続いていた。
ガブリエル邸の食卓を、王太子ご夫妻が、お子たちとともに囲んでいる。
「アルビオンの情勢が、気がかりです」王太子が、静かに言った。
「戦争は、始まりそうですか?」
「どうだか。我々も、グラナス帝国と連名で、ハイラントを非難していますが……ハイラントの王室は、昔から好戦的でしてね。逆効果かもしれません」
「占領されたウォルテラは、酷い有様だとか」王太子妃が、眉を曇らせた。「難民の受け入れ窓口を、増やす話も出ています」
「……王都にいると」私は、窓の外へ目をやった。「別世界の話のように、思えますが」
庭園で遊ぶ、子供たちの笑い声が響く。
「せめて、この国では。どうか、安らぎが続きますように」
「商会としても、寄付を続けます」私は、頷いた。「託児所と、炊き出しの網も、広げましょう。——女性と、子供を、守るために」
やがて、四人のお子を連れた王太子ご一家を、私は玄関で見送った。
大きくなったお腹に、そっと手を添える。
(……今年の夏には、生まれるわね)
秋には、ニッキーも戻ってきて。家族三人で——。
私は、執務机で、便箋にペンを走らせた。
『秋には、家族で過ごせるでしょう』
満足げに、封を閉じる。
——仕事に生きてきた私が、生まれて初めて、“家族”を、夢見た。
だが。その夢を揺さぶる嵐は、もう、すぐそこまで、迫っていた。




