労働争議
——数日後。王都の新聞の一面に、こんな見出しが躍った。
『孤児院育ちのデザイナー、マリア』
母は早くに亡くし、孤児院へ。卒院後、職もなく盛り場に。苦しい夜を過ごしたことも、仲間を救うために街に立ったことも——その半生が、ありのままに綴られていた。
「社会面で、読ませる記事になりましたよ」
新聞社の編集室で、編集長が私と握手を交わした。
「事実を伝えるだけで、いいんです」私は微笑んだ。「彼女は“過去”じゃなく、今を生きていますから」
「ええ、もちろん」
「ありがとうございます。——あ、次の広告も、よろしくお願いしますね」
「そちらも、感謝しております」
——私はすでに、王都の新聞社にとって、なくてはならない広告主になっていた。
そしてマリアは、解放を望む若い女性たちの間で、話題の人となった。
サロンで新聞を読む貴婦人たち。
「健気な人ねえ」
「応援したくなるわ」
もちろん、彼女の作った服そのものも——。
店舗の前には、市民が列をなした。
「新作、まだ残ってる? 彼女が、どうしても欲しいって」
試着した若い女性が、鏡の前で笑う。
「動きやすいし、気分も上がるわ」
「売上、記録更新よ」帳簿を抱えたエレナが、目を丸くした。
バックヤードでは、マリアが、客の声を聞いて涙ぐんでいた。
「……夢みたい」
「新店舗から、追加注文が入ったぞ!」マルコスが、飛び込んでくる。
——産業革命で市民に余裕が生まれ、人々は“着る喜び”を求めた。この時、ガブリエル商会は、一つの全盛期を迎えつつあった。
◇ ◇ ◇
——一方、ブレンナール。
酒場の二階で、エティエンヌが机を叩いた。
「資本家に食い物にされるだけで、いいのか!」
だが、若手のピエールは、新聞を畳むだけだった。
「まあまあ。昇給したんだから、よかったじゃねえか」
「あたしは、託児所があって助かってる」アデルも手を挙げる。「夜勤明けに、眠れるし」
——待遇の改善は、確かに進んでいた。掲示板には『昇給一覧』『傷病手当支給』の貼り紙。
工場では、ロザリーが胸を張っていた。
「無事故記録、また更新だね」
「現場に、不満なんざ聞こえてこねえですから」トーマスが煙草をくわえる。「なあ、ジャック?」
「……へえ」
ジャックは、媚びるようにへらりと笑った。
——彼らの労働争議は、不発に終わった。
その一方で。女工の休憩室には、マリアの新作ポスターが貼られていた。
「私も、いつかこんな服を作りたい」
「マリアさんも、昔は工場にいたんだよね」
「針を動かし続けりゃ、チャンスは来るさ」ヴィンセントが笑う。
カフェの隅では、カミーユ記者が苦い顔をしていた。
「記事、全然伸びない」
隣で、ジャックが薄く笑う。
「次の種も、ありますから」
エティエンヌは、冷めた顔で窓の外を睨んでいた。
「……風が、足りない」
◇ ◇ ◇
——ガブリエルハウス、午前の光。
商会は多忙を極めていたが、私に宿る命は、順調に育っていた。
往診に来た医師が、聴診器を当てて頷く。
「順調です。——疲れすぎないように」
「ちゃんと診てるんだろうね」ミランダが、横から睨みを効かせる。
「はっ、はい、もちろん」
お腹に手を当てて、私はそっと囁いた。
「……ちゃんと、育ってるわね」
「ママ、最近ずっといるじゃないか」マリアが呆れる。「ガブリエルが、休まらないよ」
「は? んなことはねえよ。——なあ、ガブリエル?」
「ええ。お母様がいてくれて、毎日助かってますわ」
「ならいいんだけどさあ」マリアは、鞄から服を取り出した。「そうそう、この服の丈を変えてみたんだけど」
生地を指でなぞって、私は頷く。
「いいわ。動きが出てる」
——夫は不在でも、柔らかな空気が、この家を包んでいた。
そのとき。玄関のベルが、鳴った。
執事が、一通の封筒を持ってくる。
「——アルビオン軍から、です」
「「!」」
みんなが、封筒を覗き込む。差出には、こうあった。『第十二連隊 補給隊』。
私は深呼吸をして、封を切った。
『我が最愛の、ガブリエルへ——』
「ニッキーからの、手紙だわ!」
胸が、熱くなる。
「この第十二連隊の補給隊ってところに、配属になったみたいで……元気にしてるって!」
一同の顔が、ぱっと明るくなった。
「補給隊なら、そこまで危険じゃないしねえ」ミランダが、ほっと息をつく。
「戦争も、まだ始まっていないし」
——夫は不在でも、柔らかな空気が、ガブリエルハウスを包んでいた。
この時は、まだ。




