ガブリエルハウス
その屋敷は、もともと由緒ある貴族のものだった。
だが、その貴族が多額の投資に失敗したことで、家屋敷はクレシェント夫人——ミランダの手に渡り。そして私は、それを格安で借り受けたのである。
(……といっても。豪華すぎて借り手のつかないこの家を持て余したミランダが、私に押しつけた、とも言えるのだけれど)
ニッキーとの結婚後も、あの小さな部屋から動かなかった私が。ついに、自分では分不相応ともいえる家に、引っ越した。
——いずれこの家が、この国の名士たちが集う場所となり、「ガブリエルハウス」と呼ばれるようになる。それは、もう少し先の話だ。
◇ ◇ ◇
「なんで大広間に、大量のミシンなんか置かなきゃならないんだい!」
引っ越し作業の最中、マリアが悲鳴を上げた。
「そのミシンは、全部持って帰ってくんな!」
「そんな〜」渋る業者。
「でも、スペースが勿体無いわ」私は大真面目に言った。「ここなら、十台は置けるもの」
「ここを工場にでもするつもりかよ!」
マリアが、すかさず突っ込む。
「ガブリエル。あんたは仕事を私らに任せて、立派な子供を産むことに専念しな」
「でも、妊娠してるっていっても、私はまだまだ元気だし。動かないでいると、却ってお産に良くないって聞くわ」
「だからって、ミシンを踏むこたあないだろう」マリアは、呆れ顔だ。「ブレンナールの工場で、十分すぎるぐらいの生産能力を、うちは持ってるんだからさ」
◇ ◇ ◇
——この頃、ガブリエル商店は、向かうところ敵無しの状態にあった。
もともと商品企画と製造が得意だった私たちは、ブレンナールの工場を吸収したことで、スピードと生産力が格段に上がった。さらにカートライト商会との連携は強固になり、ニッキーが築いていたベルリア国内、そしてカタリナ王国への販売網も強化され——気づけばガブリエル商会は、ベルリア有数の服飾企業と化していたのである。
「しっかし、立派な家だね」マリアが天井を見上げた。「だったら、引っ越しパーティでも主催した方がいいんじゃないかね」
「引っ越しパーティ? そんなこと、しなくていいわよ」私は首を振った。「ニッキーが兵隊に行っている間にパーティなんて。従業員に、示しがつかないでしょ」
「ガブリエル、これは仕事だよ」
「!」
「いいかい。あたしも王都に少し住んで、分かったことがある。——王都では、人脈を作るための付き合いが、何より大切なんだ」
マリアは、びしりと言った。
「パーティは私の方で用意する。アンタはその辺で、笑っててくれればいい」
——結局、マリアに押し切られる形で、私の引っ越しパーティは開催された。
呼ばれたのは、名だたる王侯貴族や、ブルジョワジー。妹夫妻や、あの王太子ご夫妻の姿まである。その錚々たる顔ぶれは、まさにガブリエル商会の権勢を、物語っていた。
◇ ◇ ◇
「ガブリエル様!」
会場に、フランチェスカがやってきた。
「フランチェスカ! 来てくれたのね」
「お招きいただき、感謝していますわ」
「ガブリエル、この方は?」マリアが首を傾げる。
「もちろん、紹介するわ。——彼女はエミュール商会のご令嬢で、ご自身も事業をなさっている、フランチェスカさん」
「よろしく、マリアさん」
「私のことを、知ってるんですか?」
「もちろんです。あなたのデザインの服、たくさん持ってますから」
——このところの宣伝の甲斐あって。このパーティの場で、マリアは、私に負けず劣らずの人気者になっていた。
そして翌日、このパーティの様子は、新聞で大きく報じられた。
◇ ◇ ◇
——一方、ブレンナールの工場では。
「まったく。マリアは、前に出張りすぎじゃないのかい」トーマスが、新聞を眺めてこぼした。
「仲間の成功だ。共に祝おうじゃないか」ロザリーが笑う。
「成功は構わないんですけどね」トーマスの顔が曇る。「あんまり派手にやると、最近、工場の労働者が……」
そこへ、ヴィンセントが血相を変えて駆け込んできた。
「大変だ。——工場の従業員が、今日は工場を動かさない、と」
「は?」
——資本主義による生産力の向上は、この商会に、新しい問題をももたらしていた。
ガブリエル商会、初の——労働争議の、勃発である。




