フランチェスカとの再会
夢を見ていた。
「大好きなの」
薄暗い部屋で、私はニッキーの腕に抱かれていた。
「急に、どうしたんだい」
「本当に、あなたが大好きなの」
胸に頬を寄せると、ニッキーがこちらを向いた。
「……僕もだ」
その声が、ふいに翳る。
「君のためなら、死ねる」
「——嫌」
私は、力いっぱい彼にしがみついた。
「絶対に、そんなこと言わないで。——生きて」
涙が滲む。
――はっと、目が覚めた。
頬が、濡れている。ダブルベッドの真ん中で、私は一人、身を起こした。窓の外は、どこまでも続く海。
(……夢か)
大きな客船が、静かに波を切って進んでいる。
新婚旅行を終え、ニッキーをアルビオンに置いて、私は一人、ベルリアへの長い帰路についていた。
ニッキーが手配してくれた、贅沢な一棟貸しの客室。その快適さが、逆に、この広さを寂しく思わせた。
◇ ◇ ◇
「朝食でも、食べに行こうかしら」
髪を櫛で整えて、私はレストランのデッキへ向かった。
朝の光を浴びながら一人でパンをちぎっていると、近くの席から、男たちの声が聞こえてきた。
「いよいよ、開戦ですな!」
三人の商人風の男が、テーブルを囲んでいる。
「ああ。グラナスの帝国議会で採択されたそうだ。ハイラントのウォルテラ併合は認めん、とね」
「これで、アルビオンも一安心です。なんせグラナスの軍事力は、世界一ですから」
「いやいや、分からんぞ。ハイラントはオルラインと不可侵条約を結んだ。——地理的にはこれで、対アルビオンに全力を尽くせることになる」
(……どうしよう。本当に、戦争になっちゃうんだ)
胸の奥が、ざわりと冷える。
「だが、これはチャンスですぞ?」
「!?」
「戦争になれば、あらゆる物資の消費が上がる。我々エミュール商会は、これを機に、売上の拡大を目指すのです」
(え——エミュール商会って、まさか)
その名に、私が顔を上げた、そのとき。
「あの、もし」
かつ、と足音がして。
「あなた、ガブリエルさんじゃありませんか?」
女性の声に、私は振り向いた。
——そこに立っていたのは。
「……フランチェスカ、さん」
かつてニッキーの婚約者として引き合わされた、あの黒髪の令嬢だった。
◇ ◇ ◇
「実は、あなたとお話ししたかったんです。偶然に、感謝ですわ」
席をともにすると、フランチェスカはそう切り出した。
「本当に、偶然ですね。ご旅行ですか?」
「いえ。今回は、商談のための出張で。——あちらは、うちの従業員です」
先ほどの男たちが、ぺこりと頭を下げてくる。
「フランチェスカさん、ご自身が事業を?」
「はい。化粧品事業を、始めたんです」
「!」
「もちろん、父に資金は出してもらいましたけど。おかげさまで、順調に売れているんですよ」
「……そうなんですね。すごい」
「あ、そうだ」フランチェスカが、ぱっと目を輝かせた。「よければ、ガブリエルさんのお店に、うちの商品を卸させていただけませんか? サンプルを、お出ししますが」
「は、はい。見せていただければ」
「きゃっ。じゃあ、今すぐ用意してきますね」
立ち去るその背中を見送りながら、私はただ、困惑していた。
——いったい、どんな理由があって。エミュール商会のご令嬢が、自ら商売の道に。
このときの私には、それがまるで、理解できなかったのである。




