新婚旅行での別れ
——アルビオン革命博物館。
「昔、この国で、絶対王政を終わらせるきっかけになった革命が起きたんだ」
ニッキーに連れられて、私は薄暗いギャラリーを歩いていた。
「革命を扇動したのは、民衆だった。でも——それを成功に導いたのは、意外な人物が手を貸したからなんだよ」
中庭へ出ると、その中央に一体の銅像が立っていた。剣を提げた、凛々しい女性の像。
「それが、アンナ・アルビオン」
ニッキーが、像を見上げる。
「元々は、グラナス帝国の辺境領のお姫様だったらしい。でも、この国に嫁いでからは、革命軍と一つになって、議会制民主主義の土台を築き上げた人なんだ」
「私も、本で読んだことがあるかも」記憶を手繰り寄せる。「確か——女性なのに、ものすごく剣の腕が立ったとか」
「夫のケネス王子と決闘して、殴り勝ったこともあるそうだよ」
「!」
ニッキーは、ベンチにそっとハンカチを敷きながら言った。
「だからこの国で、彼女は革命の象徴であり——“強い女性”の象徴でもあるんだ」
私は、そのベンチに腰を下ろした。
「強い女性、ね」ふと、苦笑が漏れる。「私、最近よくそれを言われるわ。エドリックお義兄様も、私のことを“女傑”だって」
ニッキーが、私の右隣に腰掛ける。
「一緒になって、分かったよ」彼は、優しく言った。「君は、強いだけじゃない。——怖いものはちゃんと怖いし、弱いところもたくさんあるって、僕は知ってる」
私は、こつん、と彼の肩に頭を預けた。
「うん。あなたがいると、つい甘えちゃうしね」
「君を守れることが、誇らしいんだ。これからもずっと、そうしていたい。——でも」
ニッキーの声が、ふと陰った。
「そうも、いかなくなった」
私は、ぱちりと目を見開いた。
◇ ◇ ◇
「……どういう、意味?」
「軍に、志願することになった」
一瞬、言葉の意味が、頭に入ってこなかった。
「え。——冗談、でしょ?」
ニッキーは、首を振る。じわじわと、その言葉の輪郭が、私の中で像を結んでいく。
「アルビオンの、軍隊に……入るっていうこと?」
「ハイラントがウォルテラに侵攻しただろう。奴らはおそらく、このアルビオンも狙っている」
「!」
「革命を経て、僕たちの国は、長いあいだ本当にたくさんの血を流した。——でも、そのおかげで、僕が学生になる頃には、自由で、平等で、平和な国になったんだ」
彼の横顔は、いつになく静かだった。
「そんな国で育った僕には、この国を守る責務がある」
「で、でも、会社は」私は、すがるように言った。「あなたの会社は、どうするの。あなたには、社員を守る責務だってあるでしょう?」
「それは——君に」
ニッキーが、私の手を取った。
「君に、任せることはできないだろうか」
「!」
「僕の持つ株を、君に渡す。マルコスたちも支えてくれる。だから——」
「無理よ」
私は、首を横に振った。
「私には、私の会社もある。それに、あなたがいてくれたから、私はここまで来られたのに」
「頼む」
ニッキーは、深く頭を下げた。
「僕は、アルビオンの男として——祖国のために、戦いたいんだ」
◇ ◇ ◇
その、まっすぐな決意の前に、私はがっくりと肩を落とした。
「……いつから、行くつもりなの」
「君がベルリアに帰る日に。——君を見送った、その後で」
「!」
かっと、頭に血が上る。
「私に、新婚旅行から一人で帰れって言うの!?」
両手で、顔を覆った。
「……酷いよ」
「すまない」
ニッキーは、私の背をそっとさすった。
「ただ——今回、自分から志願すれば、軍役の期間は一年で済むんだ。もし徴兵で呼ばれたら、二年でも済まないかもしれない」
「……っ」
涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、私はそれでも顔を上げた。
「……どういう、こと」
——それからニッキーは、エドリックたちが裏で手を回してくれたこと、志願という形が、私と長く一緒にいるための最善の道であることを、ひとつひとつ丁寧に話してくれた。
「だから、一年だけ。——君に、お願いできないだろうか」
「……一年、だけ、ね」
私は、ぽつりと繰り返した。
長い、長い沈黙のあとで。
「……分かったわ」
「!」
「ありがとう」
「でも」私は、彼をまっすぐに見た。「約束して」
涙を浮かべたまま、無理やり笑顔を作る。
「——絶対に、生きて帰ってくるって」
「もちろんだよ」
私たちは、強く抱き合った。ニッキーの首元に顔を埋めて、私は声を殺して泣いた。
——たった一年の辛抱。そう思うことで、私はニッキーの決意を受け入れた。
だが——その戦争が、やがてこの世界そのものの色を塗り替えていくのは。まだ、これからのことだった。




