カートライト家の人々
——カートライト家、晩餐の食卓。
当主フレッドを上座に、長兄ルーサー、その妻ミリム、次兄エドリック。そして、まだ年若い令嬢の姿もあった。
「改めまして、皆様。ガブリエルと申します」
私は、丁寧に頭を下げた。
「うむ。歓迎しよう」フレッドが、鷹揚に頷く。「皆も、歓迎の拍手を」
ぱちぱちぱち、と。和やかな拍手が、食卓を包む。
——けれど。ただ一人、末席の令嬢だけは、つんと顔を背けて、手を叩こうともしなかった。
(……あれが、ニッキーの妹さんかしら)
長女のオードリー、と紹介された彼女の、刺すような視線。それに気づかないふりをして、私は向かいのミリムへ、そっと会釈を送った。
ミリムもまた、ふい、と目を逸らす。
(…………)
なんとなく、胸がざわついた。
「ガブリエルさんは」沈黙を破ってくれたのは、長兄夫妻だった。「ベルリアって、どんなところなの?」
「そうですね」私は、ほっとして答えた。「海が綺麗で、歴史のある建物が多くて。——私は地方の出なのですが、王都へ上がるとき、列車の窓から見える麦畑の美しさには、今でもいつも感動してしまうんです」
「素敵ねえ。いつか行ってみたいわ。——ねえ、あなた」
「ああ」ルーサーが、穏やかに頷く。
「しかし」エドリックが、グラスを傾けた。「ベルリアは平和でいい。今どき、王政がこれほど安泰なのは、ベルリアくらいのものだ」
「エドリック兄さんは、今、軍で働いているんだ」ニッキーが、私に教えてくれる。「たしか、少佐だったよね?」
「今年から、大佐になったよ」
「すごい、兄さん!」
「おめでとうございます!」私も、声を弾ませた。
(——ニッキーのお兄様は、軍隊の偉い方だったのね)
◇ ◇ ◇
和やかだった食卓の空気が、ふと張りつめたのは、エドリックの次の一言からだった。
「今年、東国のハイラントが、ウォルテラを併合した」
「ああ」フレッドが、苦々しげに眉を寄せる。「野蛮なことだ」
「そして奴らは」エドリックが、声を落とした。「いずれ、このアルビオンにも攻め込んでくるかもしれん」
「なんだか、ずいぶん物騒になってきたなあ」ニッキーが呟く。
「——そこで、だ」エドリックの目が、私を捉えた。「ガブリエルさんに、相談がある」
「相談、ですか」
「ベルリアとグラナスの国境の町、ヘイブンのあたりに、我が軍の軍服を作る工場を建ててほしいんだ」
「!」
「君は、服飾工場を持っているんだろう?」
「はい。ブレンナールに、三つほど」
「その運営のノウハウを、我が軍に提供してほしい」
思いがけない申し出に、私は目を見開いた。
「すごいじゃないか、ガブリエル!」ニッキーが、身を乗り出す。「軍の仕事なら、単価も高い。しかも、需要も一定だ」
「ええ、確かにそうね。——でも、少し考えさせてください」
「一応、業者の選定は入札制だがね」エドリックが、肩をすくめた。「君たちなら、まず間違いなく勝てるだろう」
「なあに」フレッドが、葉巻をくゆらせて豪快に笑った。「いざとなれば、中将閣下にしっかり頼んでおくさ。革命の時代、わしがあの男にどれだけ良くしてやったか」
盛り上がる食卓の中で、私はただ、作り笑いを浮かべるしかなかった。
◇ ◇ ◇
晩餐がお開きになると、フレッドが上機嫌で言った。
「さ、明日は狩りにでも出かけよう。早めに寝るんだぞ」
「おやすみなさい」
二人で、長い廊下を歩く。
「どうだった?」ニッキーが覗き込んでくる。「上手くやれそうかい」
「ええ。どなたも好意的で、安心したわ」
——ミリムさんと、オードリーさんだけは、ろくに話せなかったけれど。その一言は、胸の内にしまっておいた。
「ただ」私は、ふと足を止めた。「軍のお仕事なんて、受けて大丈夫かしら」
「迷うことなんて、あるのかい?」ニッキーは、不思議そうだ。「あれは、兄さんが、義妹になる君のために無理して取ってきてくれた仕事だと思うよ」
「そうかもしれないけど……」
部屋に入り、寝巻きに着替えながら、私はずっと引っかかっていたことを口にした。
「私たち、ファッションを売る会社よ。それが、戦争のための服を作るなんて。——ブランドに傷がつかないかしら」
「その辺のブランド戦略なら」先に横になったニッキーが、軽く言った。「カートライト商会も、ちゃんと協力するよ」
寝台の端に腰掛けた私を、彼はまっすぐに見上げた。
「二人で力を合わせれば、きっといい方向に転がるさ」
「……う、うん」
私も、その隣に身を横たえる。
と——ニッキーが、ふいに覆いかぶさってきた。
「さ。仕事の話は、そろそろ終わりだ」
いたずらっぽく、彼が笑う。
「この旅は、僕たちの新婚旅行でもあるんだぞ?」
「……うん。分かってるわ、あなた」
どちらからともなく、私たちは唇を重ねた。
——軍の仕事。戦争の服。
幸福な夜の熱に溶かされて、その小さな棘を、私は一度、忘れることにした。けれど、その棘が思いのほか深く刺さっていたことに気づくのは、もう少し先のことだ。




