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義父と義母

フレッド会長との会談を終え、私が、カートライト商会のビルを、後にした——その、頃。



◇ ◇ ◇



——一方。カートライト商会では。


私の、与り知らぬところで。もう一つの、重要な、話し合いが、行われていた。


「ところで」葉巻を片手に、フレッドが、切り出した。「この地での、デパート建設は。——どのくらい、進んでいるんだ」


向かいに座る、ニッキーと、マルコス。ニッキーには、返す言葉が、なかった。


「計画から、随分、経つだろう。——いまだに、進展が、見られないじゃないか!」


「…………」


「会長」助け舟を出したのは、マルコスだった。「用地の買収が、完全には、終わっておりません。一部、どうしても、土地を売って、くれない者が、おりまして」


「まったく」フレッドが、机を、叩く。「いつまで、かかっている。資金は、十分、渡しているだろう!」


「進展は、あります」ニッキーが、口を、開いた。「ガブリエルさんが。その土地を、押さえている——クレシェント伯と、話し合って、くれているんです」


「はあ!?」フレッドの、眉が、跳ね上がった。「ガブリエル、だと!?」


「お前は」フレッドの声が、低くなる。「男の仕事を、未来の妻に、肩代わりさせて——情けないとは、思わんのか!」


「そ、それには、色々と、事情が、あるんですよ」ニッキーが、慌てて、弁明する。「彼女に、交渉してもらった方が、ずっと、スムーズに、進むはずなんです」


「なぜだ! お前が、堂々と、交渉しに行けば、いいだろうが!」


「父さん」ニッキーが、声を、ひそめた。「クレシェント夫人は——普通の、貴族夫人じゃ、ないんですよ」


「……何?」


「あの女と。まともに、交渉できるのは——ガブリエルさん、くらいの、ものです」


「何を、情けないことを——」


「会長」さらに、マルコスが、割って入った。「……私も、クレシェント夫人を、見ました。革命期の、アルビオンでさえ。あんな人間は、そうそう、おりませんでした」


その、マルコスの、ただならぬ顔に。フレッドは、ぴたりと、口を、つぐんだ。


「……一体、どういう、ことだ」彼は、身を、乗り出した。「詳しく、教えろ。——ガブリエルと、その女との、関係は」



◇ ◇ ◇



【クレシェント伯邸宅】


「へえ。マリアは、もう、王都店に、馴染んだのかい」


私に、肩を、揉ませながら。ソファに沈んだミランダ——私の、義母が、機嫌よさそうに、言った。


「ええ」私は、答える。「あの子の接客は、本物よ。器量もいいし。お客の評判も、上々」


すぐ近くで、アントンとフローラが、お菓子を、頬張っている。


「そりゃ、よかった」ミランダが、にやり、と笑う。「ならば。じゃんじゃん、私に、金を、返せそうだねえ」


「そうね、お母様。——それは、たっぷり」


私が、言葉を、濁すと。ミランダの目が、すっと、細くなった。


「で。——話は、それだけかい」彼女は、私を、見上げた。「忙しい、アンタが。たったそれだけのことで。わざわざ、この私の、ところに、来たのかい」


「ま、まあ……」


ぎん、と。ミランダの、ダイヤモンドのような瞳が、光る。


——この人に、嘘は、通用しない。(らしい。)


「お、お母様」私は、観念した。「あの……実は、重要な、お話が、ありまして」


「だったら!」ミランダが、唾を、飛ばす。「最初から、本題を、言いなよ!」


「は、はい。——カートライト商会の、ニッキーさんが、ですね」


「なんだ」ミランダの顔が、険しくなる。「やっぱり、駅前の、土地の話かい!」


そこから、ミランダの、一方的な、まくし立てが、始まった。


「あの土地はね。この私が、先に、目を、つけてたんだ。それを、なんだって、アルビオンの商人なんかに売らなきゃならないんだい!」


唾と一緒に、言葉が飛んでくる。


「大体さあ。私は、あのニッキーって小僧が、気に食わないんだよ。ああいう苦労知らずの、ボンボンの顔を見てるとね。——泣かしたく、なるんだ!」


「なあ」彼女は、子供たちを、振り返った。「アントンに、フローラも。そう、思うだろ」


「気に食わないです」


「泣かしたいです」


「…………」


私は、遠い目に、なった。


「まあ、アンタが、付き合う分には、勝手だがね」ミランダが、肩を、すくめる。「私は、関わる、つもりは、ないよ」


「……で、でも」


「あん?」


私は、覚悟を、決めて——言った。


「わ、私……ニッキーさんと。——結婚する、ことに、なったんです」


ぽかん、と。ミランダが口を開けた。


その、間の抜けた顔の、ところへ。慌ただしく執事が駆け込んでくる。


「……マジかよ」ミランダが、呆然と、呟いた。


「奥様!」執事の声が、上ずっている。「——カートライト商会の。フレッド・カートライトという方が。お、お目見えです!」


「——え」


私の、心臓が、跳ねた。


——フレッド会長が。よりにもよって、こんなところに。なぜ。



◇ ◇ ◇



——クレシェント家、応接室。


豪奢な、体育館か、と見紛うような、広間だった。中央には、一段高いステージ。その真ん中に、どっしりと、ソファが、据えられ。壇上へはわざわざ階段まで続いている。


通称——【ミランダハウス、謁見の間】。


その、部屋の中央に。フレッドと、ニッキー、マルコスが、並んで立っていた。


「突然の、訪問。お受けいただき、感謝、いたします。——クレシェント夫人」


壇上の、ソファに。ぎしり、と腰を下ろしたミランダが、両脇に子供を従えて、見下ろす。


「アルビオンの、商人が」彼女は、つまらなそうに、言った。「倅を、連れて。——一体、何の、用だい」


「フレッドさん! ニッキー!」


私は、思わず、駆け寄った。


「やあ。君も、来ていたのか、ガブリエル」フレッドが、片手を、上げる。それから、壇上へ、向き直った。


「私の、息子が。あなたの、娘である——この、ガブリエルを。娶りたいと、申しましてな。——挨拶を、と、思いまして」


「ふん」ミランダが、鼻を、鳴らす。「母と、言ったって。所詮、義理の母だよ。ガブリエルが、どこの、誰と一緒になろうが——知ったこっちゃ、ないね」


「マルコス」


「はっ」


フレッドの、合図で。マルコスが、足元の鞄を開ける。


「——まあ」フレッドが、悠然と、言った。「結婚なんて、ものは。所詮、家と家の利害の一致だろう?」


鞄の中から、彼が、取り出したのは——ワインと、グラス。それを掲げて壇上のミランダにアピールする。


「せっかくだ。——我が、カートライト家と。クレシェント家の。同盟成立を、祝おうじゃ、ないか」


ミランダの、ダイヤの目が。その、ワインのラベルに、ちらり、と注がれた。


「……一杯、だけなら、な」彼女は、唇の端を、上げた。「まずい酒なら。同盟なんか、しないよ」


——私と、ニッキーは。固唾を呑んで見守った。



◇ ◇ ◇



——それから、しばらく、後。


「ブッヒャヒャヒャッ!」


壇上のソファに、フレッドと肩を並べて。すっかり出来上がったミランダが、グラス片手に、大笑いしていた。


「バカな、ジジイだねえ! そんなんで大事な倅を。——ガブリエルに、取られたのかい!」


「いやいや」フレッドが、なぜか、私に熱い視線を送ってくる。「実は——ワシが、ガブリエルに惚れまして、な。いつか倅から奪ってやろうと思ってるんですわ」


「……ハハハ」


私は引きつった笑いを返すしかなかった。


「じゃあ」ミランダがとろんとした目でニッキーを見ながら、舌をべろりと出す。

「倅のほうは。——私が、もらおうかねえ。たーっぷり、可愛がって、やろうじゃ、ないか」


(ひいぃ——!!)


ニッキーが、声にならない、悲鳴を、上げた。


そして。すっかり、酔っ払った、二人の、怪物は。がっちりと、肩を、組んで——声を、揃えた。


「「——同盟、成立ーーっ!!」」


私と、ニッキーは。あんぐりと、口を、開けて、その光景を、見ていた。


——表の、資本家。裏の女帝。


ベルリアとアルビオン、二つの国ででいちばん御しがたい二人が。たった、ワイン一本で手を結んでしまった。


つまり——これで。


何年もびくとも動かなかった駅前の土地が。ようやく、私たちの手の中に転がり込んでくる。


止まっていた歯車が。今一斉に。回り始めた。


——あとは、ただ、突き進むだけだ。私たちの、デパートと。そして、大陸一の、結婚式に、向かって。

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