結婚式の相談
その日。ニッキーとは、食事のあとで、別れた。
ひらひらと手を振る彼を背に、私が、まっすぐ向かったのは——盟友、エレナの、ところだった。
「おめでとう!」
ドアを開けるなり、エレナが、両手を、広げた。その後ろから、料理を運んできたマルコまで、ひょこっと、顔を出す。
「おめでとう、ございます!」
「ありがとう。……それで」私は、苦笑した。
「明日、フレッド会長と、結婚式の話を、するの。だから、その前に。エレナに、相談を」
「いや〜、でも」エレナが、しみじみと、私を見た。「さすが、ガブリエルだわ〜。あんたなら、フレッド会長が、どんな相手だろうと、絶対に、結婚するって。——思ってたのよ」
「た、大変だったのよ、これでも」
「でも。これで——うちの商会も、続くわねえ」
「……!?」
どういう意味、と、私が首を傾げると。エレナは、指を、折りはじめた。
「だって。先月、ミシェルとナタリーの、結婚式を、したでしょ」
「そうね」
「そこに、あんたと、ニッキー」
「で——」エレナが、にっこり、笑う。
「私と、マルコ」
「え。——そうなの!?」
「はい」マルコが、照れたように、頷いた。
「僕たちも、籍を、入れようという話に、なりまして」
「私は、どっちでも、よかったんだけどね」
「ちょ——エレナさんっ!」
慌てるマルコを、けらけら笑って。エレナは、ふと、目を、輝かせた。
「あ。もしかして——だったら、一緒に、結婚式、できないかな! 楽しそうじゃない!」
——一緒に。
私は、想像してみた。エレナと、並んで。二人で、純白のドレスを、まとって、立つところを。
「……いいかも!」
気づいたら、口元が、ほころんでいた。
「わかった。明日、フレッド会長に、相談してみるわね」
◇ ◇ ◇
「だめだ!」
翌日。カートライト商会の、社長室を、まるごと占拠したフレッドは、開口一番、そう、吠えた。
「従業員と、合同で、結婚式だと? どうして、そんな、馬鹿げた話に、なるんだ!」
「でも」私は、食い下がる。
「エレナは、王都進出からの、パートナーで——」
「どっちにせよ、だめだ」フレッドは、葉巻を、くゆらせた。「この結婚式は——この、ベルリア国に。カートライト商会の、社威を、示すための、ものでもあるんだ。遊びじゃ、ないんだぞ」
「父さん」ニッキーが、間に入る。
「これは、僕たちの、結婚式だ。どんな式にするかは、僕たちが、決める」
「ニッキー!」フレッドが、煙を、吐き出す。「お前たちの、結婚は、認めた。だが、結婚式に関しては、譲れん。——これ以上、私に、刃向かう気か」
その威圧に、ニッキーと私が、たじろぐ。
「カレン」フレッドが、後ろへ、手を伸ばした。「こちらの、招待客リストを、作ってくれ」
「もう、作ってあります」
背後から、すっと、書類を差し出したのは——カレン・ローズウッドだった。かつて、私を潰しにかかった、あの経営戦略部長は。今や、フレッドの、秘書のように、ぴたりと、控えている。
「さすがだな。——何人に、なる」
「はい。今回は、ベルリア国での、開催ですので。来られる方が、限られます。——おおよそ、一二〇〇名、かと」
「一二〇〇!?」
思わず、声が、裏返った。
「ガブリエル側の、招待客は。どれくらい、かな」フレッドが、私を見る。
「ガブリエルさん」カレンが、すかさず。「至急、リストの作成を、お願いします」
——どうしよう。
私は、内心、青くなった。お店の子たちを、ぜんぶ入れても。そんな数には、とても、ならない。
「父さん! いい加減に、してくれ!」ニッキーが、声を、荒げる。
「これは、二人の、結婚式だよ!」
「くどい! 結婚は、家と家の、問題だ!」
——いや、でも。
私は、必死に、頭を、回した。ミランダの、人脈。カトリーヌ基金の、人たち。あの人たちを、お招きすれば——数だけなら、なんとか、なる、かもしれない。
——でも。
そもそも。結婚式を、そんなに、壮大に、する必要が、あるんだろうか。これだけの人を、集めるなら。もっと——もっと、意味のある、ことに、使えるんじゃ。
——あ。
その瞬間。私の頭の中で、ぱちん、と、火花が、散った。
「……では」私は、顔を、上げた。「こんな、結婚式は——いかがでしょう?」
◇ ◇ ◇
「……なるほど。ショー、か」
しばらく、考え込んでいたフレッドが、やがて、低く、唸った。
「はい」私は、頷いた。「ショー形式の、結婚式です」
身を、乗り出す。
「私たち、ガブリエル商店は——服を、作る、会社。そして、カートライト商会は——その服を、流通させる、会社」
「うむ」
「その、二つの商会の、トップ同士が、結婚するんです。だったら——この結婚式を、まるごと。新しいドレスの、発表会として、使うんです」
ハッ、と。フレッドの、目の色が、変わった。
「——分かる」彼は、ゆっくりと、立ち上がった。「分かるぞ、ガブリエル! 王侯貴族から、庶民まで。ぜんぶ集めた、この結婚式は——宣伝の舞台としては、抜群だ!」
「そうなんです!」私も、思わず、声が、弾む。「私以外にも、たくさんの登壇者に、新作を着せて、練り歩かせる。——この国の、服飾革命を、丸ごと。見せつけてやるんです!」
「ふはは!」
気づけば、私とフレッドは。さっきまでの、睨み合いが、嘘のように、意気投合していた。
「だったら——エレナと、合同でも、構わないでしょう?」
「ああ、かまわん!」フレッドが、豪快に、笑う。「——この結婚式を。ベルリア……いや。大陸一の、ファッションショーとして。成立させようじゃ、ないか!」
「ニッキー!」彼は、息子を、振り返った。「やはり、ガブリエルは——すごい女だな!」
「そ、そうだね」
ニッキーが、苦笑する。その横で、私は、ただ、嬉しかった。
——ふと、思いついた、アイデアを。一瞬で、理解して。むしろ、私以上に、面白がって、乗ってくる。
この人と、話していると。私は、ますます、奇妙な、親しみを、覚えてしまう。
もし——私が、男に、生まれていたら。きっと、こんなふうに、なっていたんじゃないか。そう思うほど、私たちの、思考は、噛み合った。
そして。そんな、暑苦しい私に。ニッキーは、いつだって、しなやかに、寄り添って、くれる。
——カートライト家の、一員に、なる。
そのことに、私は。喜びだけじゃなく。なんだか、誇りすら、感じはじめていた。
……ただ。
義理の父に、なる、フレッドから。私は、ふと——連想して、しまった。
窓の外へ、目を、やる。
——そういえば。
私の、本当の、父は。今ごろ、どう、しているんだろう。
何年も、会っていない。会おうとも、思わなかった。——なのに。どうして、今。こんなことを、思い出すんだろう。
「——今は、まだ。考えなくて、いい」
私は、その小さな問いに、そっと、蓋をした。
けれど。一度ともった火は、そう簡単には、消えてくれない。
その問いが、すぐそこまで来ていた答えに、焙られて——もう一度、燃え上がるまで。あと、わずかだった。




