結婚式をするよ
カートライト商会の会議室に、幹部が全員顔を揃えていた。
「——デパートの工事に着工する、だと?」
マルコスが書類から顔を上げる。
「ああ」ニッキーが頷いた。「父さんがミランダから、残りの駅前周辺の土地をぜんぶ手に入れたんだ」
「工事期間は三ヶ月だそうよ」と私は付け加えた。
「いくらなんでも短すぎる」カレンが眉をひそめた。「どうやってそれだけの職人を集めるのよ」
「クレシェント夫人のお子さんたちの中には、建築業を営む者もたくさんいるの」私はにっこり笑った。「今回はそれをフルで集めるんですって」
「何年も進まなかったことが、こんな一瞬で……」マルコスが呆然と呟く。
「そして完成後、そこで僕たちは結婚します」ニッキーが私の隣で言った。
「結婚するのは聞いたけど……デパートで?」アリアが目を丸くした。
「ええ。これはただの結婚式じゃないの」
私は身を乗り出した。
「うちの様々な新作ドレスを、私とうちの従業員たちが着て練り歩く——ファッションショーにするの」
幹部たちがざわとどよめいた。
「この国で初めてのデパートで、新作の発表会を兼ねた結婚式。これは絶対に話題になるわ!」
「……神聖な結婚式を、デパートの宣伝会にするってことですか」ジュリアンが首を傾げた。
「最高じゃない。私、昔から結婚式ってただの無駄遣いだと思ってたの」
「!」ジュリアンが絶句する。
「でも、これが商売の戦線になると思うと、ワクワクしかないわ!」
「僕はガブリエルさんがいいなら、なんでも」ニッキーが穏やかに笑う。
ジュリアンは何か言いたげに口をつぐんだ。
「さ、私は会社に戻って、新作ドレスの研究に移らないと」私は立ち上がった。
「ああ。またね、ガブリエル」
ひらりと手を振って、私は会議室を後にした。
◇ ◇ ◇
——その背中を見送って。
「なんだか、嵐のような人だね」ジュリアンがぽつりと言った。
「ああ」ニッキーは笑った。「その嵐に巻き込まれて、思い切って高く飛んでみるとね——今まで見えなかった景色が見えるんだよ」
その目がきらきらと輝いている。彼は扉の方を見つめたまま言った。
「彼女こそ、僕に必要な女性だったんだ」
◇ ◇ ◇
——ガブリエル商店。
マリア、エレナ、ソフィー、シャルロッテ、そしてシレーヌ。主だった面々を前に、私は口を開いた。
「——ということで」
ぐるりと見渡す。
「この結婚式のイベント進行をエレナに。そして新作のデザインを——マリアに任せたいの」
「私に……!?」
マリアが目を見開いた。
「そうよ。業務の一部を、結婚式用の新作開発に充ててちょうだい」
「なんで私が!」
マリアの声が尖る。ロザリー一味からうちに来た、この跳ねっ返りの少女。けれど私はずっと知っていた。この子の中に眠るものを。
「あなたのセンスを、うちに取り入れたいの」
私はまっすぐ彼女を見た。
「マリア以外のメンバーは、ガブリエル商店でもう長くやってきた面々よ。でも、あなたは違う」
「……っ」
「あなたは、私たちとはまったく違うセンスで、立派に商品を作ってきた。そのセンスを、我々の持つ技術の土台の上で活かしてほしいの」
マリアの唇が引き結ばれる。
「うちの技術は高いわ。マリアがいくら試みても、技術の面でどうしても達成できなかったことが——」
挑発するように、私は少し笑った。
「——うちでなら、できるかもよ」
「……っ」
少し間を置いて、私はとどめを刺した。
「——やりたくない?」
マリアはきっと私を睨んで、それから。
「——ばかやろう!」
吐き捨てるように言って、けれどその顔は。
「アタシの力を見せる、いい機会じゃねえか」
不敵に笑っていた。
——ああ。やっぱり、この子だ。
私はその生意気な横顔を、微笑ましく見つめた。
いつかきっと、この子の作る服が、うちの商会の顔になる。
◇ ◇ ◇
【三ヶ月後】
王都アルデンシュタットの駅前に、突如として巨大な建造物が誕生した。
全十階建てのその建物がわずか三ヶ月で地上に姿を現したことに、人々は驚きを隠せなかった。
こんなに巨大な建物は、この国では王城かカレン大聖堂くらいしかない。いや、それらよりもなお大きいこの建物が、なんと「商業施設」だというのだ。
そしてその日の新聞は報じた。落成を祝うセレモニーパーティーと合わせて、一組の結婚式が執り行われる、と。
◇ ◇ ◇
——準備室。
「いいか、てめえら。私の計画通りに動けよ。ミスは許されないからな」マリアがぴしゃりと声を張った。
シレーヌ、ロザリー、ソフィー、ナタリー、エレナ。皆がきびきびと動いている。その向こうには、カレンやジュリアン、アリア、ミシェル——懐かしい顔もちらほら見える。
そして新郎新婦の控室の扉の前では。
「最後の祝砲は、うちの子供たちに撃たせてもらうよ」ミランダが腕を組んで言い張っていた。
「こっちはアルビオンからの使節団があるんだ。厳かな式を台無しにするな」フレッドも負けじと返す。
その間でマルコスが、まあまあ、と二人を宥めている。
——相変わらずだ。私は控室で思わず笑ってしまった。
◇ ◇ ◇
侍女たちに手伝われながら、私は純白のドレスに身を包んでいた。
鏡の中の自分。ブレンナールで空っぽの両手から始めた女が、今こんな景色に立っている。不思議でならなかった。
こんこん、と扉が鳴る。
「ガブリエル」ニッキーが顔を覗かせた。「君に会わせたい人がいるんだ」
「え? どなた?」私は首を傾げた。
すると、まず彼の後ろから。
「なんだ、アンネリーゼじゃない」私は思わず目を丸くした。
そこに立っていたのは、何年も疎遠だった私の妹アンネリーゼ。今はヴィラール伯爵夫人となった、あの子だった。
「結婚おめでとう。お姉様」
「……色々働きかけてもらって、助かったわ」
この晴れの日に来てくれたこと。そしてその裏で、どこの誰を動かしてくれたのか。私には薄々、見当がついていた。
「うん。——でも実は、もう一人いるの。ここに」アンネリーゼが少しためらってから言った。
「……え?」
その言葉と同時に。
「——ガブリエル」
低い声がした。
アンネリーゼの後ろ、扉の陰から、ゆっくりと一人の男が進み出てくる。
その姿を見た瞬間、私の全身が凍りついた。
握りしめた手のひらが震える。喉が引きつって声が出ない。鏡の前にいたはずの幸福な私が、一瞬でどこかへ消し飛んだ。
それは——最初の結婚以来、実に十年。ただの一度も会っていなかった、私の本当の父の姿だった。
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