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養子縁組

契約書が、テーブルの上に置かれた。


私はそれを手に取り、目を落とした。


ミランダが、不適な笑みを浮かべて私を見ている。




──契約書に書かれているのは、主に二つの事柄だった。


一つ、養子になればクレシェント家の遺産相続権者の一人になるということ。


一つ、養子が死亡した場合は、養子の財産はクレシェント夫人のものになるということ。


──不審死が時折、見られるクレシェント夫人の周辺。


無数にいるクレシェント夫人の養子の中のうちの一人でしかない遺産相続権に対して、自身が死亡すれば全ての財産がクレシェント夫人に渡るという——あまりに理不尽な養子縁組契約書。


それに対して。


私はペンを取った。


サラサラと、サインをした。


「はい、どうぞ」


契約書を、夫人に差し出す。


私は不適な笑みを浮かべていた。


ガブリエルは、あっさりとサインをした。


ミランダが、驚いて目を見開いた。




契約書を確かめるように、ミランダは紙面を凝視した。


それから、バッと顔を上げた。


「あんた、頭沸いてるのかい?」


「?」


「自分が何にサインしたか、本当に理解しているのかよ?」


「勿論」


私は平然とペンを差し出した。


「私は問題ないから、クレシェント夫人もサインしてくれますか?」


「アンタ、私の噂、知ってるのかい?」


夫人が身を乗り出した。


「もし私が手を回したら、アンタの命なんて屁でもないんだ。そしたら、アンタの店も財産もぜーんぶ、私のものになるんだよ?」


「うふふふふふ」


私は思わず笑ってしまった。


「何がおかしいんだい!」


「だって、絶対ありえない事をおっしゃってるんですもの?」


「はあ?」


「貴方は他人に対して非情でも、家族に対してはそんなことはしないわ」


ミランダの眉が、わずかに動いた。


「それは、貴方のやんちゃな子供達が物語っている。貴方の教育方針は自由奔放。悪いことだろうが、良いことだろうが、本人の自由意志に任せているのでしょう? 貴方は養子たちが何をしようとも、咎めるような人間ではない」


私はミランダを真っ直ぐに見た。


「一方、私は貴方の敵だと認定された。このまま自由に動いていては、確かに酷い事をされるのかも」


息を吸う。


「まず、自分と仲間の命を守るためには、貴方と家族になるのが一番なのよ」


ミランダは、しばらく黙っていた。




「ふん、随分、意気地が無いってこったね」


夫人が、少しがっかりしたように呟いた。


「要するに、ちょいと私が脅してやったら、怖気付いたって事じゃないか」


夫人が嘲るように契約書を見た。


「そう思っていただいて構いませんわ」


私は微笑んだ。


「ただ、あの話は忘れてませんよね」


「ああ、カトリーヌの婆さんの基金の話と、ブレンナールの店の話だろ?」


夫人がペンを手の中で回した。


「基金の方は構わない。が、店の方はどうしようかね。今はマリアやロザリーが上手く回してるんだ。それを取り上げるってのも」


「約束通り、ロザリーの借金を私が肩代わりします」


「!」


「そして私が、売上の一割を生涯、貴方に納め続けます」


ミランダが、考え込む顔をした。


しばらく沈黙が落ちた。


夫人がふと、首を振った。


「い〜やダメだ」


「?」


「お前は、ロザリーたちをクビにするつもりだろ。そんな事はさせられないよ」


「クビになんかしないわ」


私は迷いなく答えた。


「私が、彼女たちをこのまま雇用し続けるわ」


「!」


「ロザリーさんはしっかりと工場を回している。そしてマリアさんの商才は確かよ! 私、絶対に二人とも雇いたいの!」


夫人の顔に、面白いものを見つけたような色が浮かんだ。


「そうか。アンタ、元亭主を取られた腹いせに、ロザリー達を雇用主として死ぬまでこき使うつもりだね」


「そんな事しないわよ!」


私は思わず声を上げた。


「従業員は家族も同然よ。それに——」


私はにっこり笑った。


「私が養子になれば、彼女達は姉妹になるじゃない」


「……」


「ねえ? いいでしょ、ママ」


ミランダの口が、少しだけ開いた。


それから、ゆっくり閉じた。


困惑した顔で、夫人は契約書を見下ろしていた。

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