分業化
工場の中は、人と機械の音で満ちていた。
煙突から黒い煙が上がり、天井近くで光が霞んでいる。革の匂い、汗の匂い、油の匂いが混ざり合う。
「こんな数の職人を集めたっていうの!?」
私は思わず声を上げた。
「ええ、みんな優秀な職人達よ」
ロザリーが微笑を浮かべた。それから、顎でジャックを指した。
「夫も立派な職人に成長してくれたわ」
「ジャックが、一年足らずで職人になれたというの!?」
「旦那はいい職人でさあ」
ヴィンセントが横から口を挟んだ。
「特に牛皮を、ここからあそこまで運ばせたら一流だ」
ロザリー一味が、揃って爆笑した。ジャックの肩が、少し震えていた。
私はその様子から目を離し、改めて工場の中を見渡した。
──!
牛皮を切る人。
──ちょっと待って。この人は、牛皮を切るだけ。
木型に押し付ける人。
──この人は、成形するだけ。
花飾りをつける人。
──つまり……。
「分かったようだね」
ロザリーが言った。
「うちは、分業制を徹底してるんだよ」
「!」
「いくら手先が器用なマリアが頑張っても、あんたのところのような帽子は作れなかった」
ロザリーが続けた。
「でも、分業制にして、工程を分解すれば——」
「一つ一つの工程は、学習可能なのさ」
工場の中の、目の死んだ人々を、彼女は誇らしげに見せた。
「つまり、未経験者でも十分な戦力になる」
マリアが帽子を一つ、私に投げた。
「品質は、自分で確かめてみな」
私は受け取った帽子を、指でなぞった。
──確かに、こんなやり方でも出来ている。
棚に並んだ別の帽子にも目を配る。
──いや、商品ごとの品質のばらつきも少ない。
「すごいわね」
私は素直に言った。
「でも、なぜそんな大事なことを、私に教えるの?」
「それはね」
ロザリーの目が、細くなった。
「あなたに、戦っても無駄だと教えるためよ」
「!」
「このやり方を知った以上、あんたらも同じようなことを考えるかもしれない」
ロザリーが、また労働者たちを誇らしげに見た。
「でも、私たちが抱えている労働者は皆、借金を抱えた債務者たち。借金を返すために、全力で働いてくれる」
「分かったかい?」
マリアが続けた。
「あんたらが、これ以上の組織を作ることは不可能。それに、あたしらはあんたらがいる限り、値下げ競争はやめないからね」
「だから、とっと王都に帰るんだね」
◇ ◇ ◇
夕暮れの街を、三人で歩いた。
潮の匂いが薄くなり、家々の窓に灯がともり始めている。誰も口を開かないまま、しばらく石畳を進んだ。
「どうしますガブリエルさん。我々も分業制を取り入れるべきでしょうか?」
ニッキーが先に口を開いた。
「そうね」
私は顎に手を当てた。
「人員は集めようと思えば、農村から集められるだろう」
マルコスが続ける。
「今は農閑期だからな」
「ちょっと待って」
私は足を止めた。
「ブレンナールのお店は、今のままでいいと思うんです」
「なんだって!」
マルコスの声が裏返った。
「だって、それでもうちのパージが作った帽子や、ミシェルが作った靴の方が、全然品質がいいんですもの」
「だ、だが、それでも三倍の値段がするほどの差があるとは……」
「ええ。だから、一工夫してさらに帽子の価値を上げようと思うの」
「が、ガブリエルさん」
ニッキーが眉を寄せた。
「ですが、すでに素材は手に入る最高レベルを使っています。これ以上となると、仕入れから変える必要が……」
「それも、今のままで大丈夫です」
私は微笑んだ。
「私に考えがあります」
「!」
通りを抜けて、新しい店の前まで来た。
マルコの描いた看板が、夕日に照らされて静かに光っている。
「ニッキーさん。この看板の原画はありますか?」
「ええ、マルコが持っていますが」
「では、私、このままちょっとマルコに会いに王都に行ってきます」
「また王都に! 十時間もかかるのに!」
私は手近な辻馬車を呼び止めた。
「では、皆さんは開店準備を進めてください」
「三日後に戻りますから」
馬車に乗り込み、窓から手を振った。
通りに残されたマルコスとニッキーが、互いを見た。
「……どうするんだ」
「やるしかないだろう」
ニッキーは微笑んでいた。マルコスはまだ、戸惑った顔をしていた。




