産業革命の波
三人で、ブレンナールの通りを歩いていた。
「以前よりも人通りが増えていますね」
ニッキーが街並みを見渡しながら言った。
「ええ。私もさっき気付いたの。明らかに人口が増えている」
「今年、ブレンナールに港が開かれたんだ」
マルコスが歩を緩めずに続けた。
「そこに様々な工場が出来始めている。付近の農民たちが職を求めて集まってきているらしい」
「なるほど……」
「僕の祖国アルビオンも、同じ状況です」
ニッキーが少し声を低めた。
「グラナス帝国で起きた産業革命の波が、世界中に伝播し始めている」
──この時代、世界は大きく動き出していた。長く続いた封建社会が崩れ、市民の時代が始まったのである。
──予想以上に変化が早い。私も意識を変えないと。
ロザリーの店の前に着いた。看板に「ロザリア用品店」とある。
「そういえば、どうやって店に入る?」
マルコスが私を見た。
「君たちは身元がバレているだろ?」
「気にすることないわ。堂々と入りましょう」
私はそのまま扉を押した。後ろで、ニッキーが小さく息を吐くのが聞こえた。
──強いなあ……。
店内に踏み込んだ瞬間、私は足を止めた。
──増床している。
奥の壁が、以前より遠かった。工房があった場所がなくなり、その分、売り場が広がっている。
──工房をなくして、売り場面積を増やしたんだわ。
「あらあら、誰かと思えば」
奥から、ロザリーが姿を現した。マリアが横に並ぶ。
「ガブリエルさんじゃあーりませんか」
「先日はどうも、ロザリーさん」
私はゆっくり振り向いた。
「お金は必要なくなったの?」
ロザリーの口の端が、わずかに引き攣った。
──「この愚かな私に、一〇〇万Rをお恵みください」
あの日の声は、今のこの女には残っていない。
「あいにく、他の伝が出来てね。必要無くなったわ」
──クレシェント夫人のことね。
「あんた、一体何しに来たんだよ」
マリアが前に出た。
「姉さんを馬鹿にしに来たんなら、タダじゃすまさねえよ?」
「そんな! あなた方のお店が繁盛しているって聞いたから、お祝いに来ただけよ」
「手土産も無いくせに。何が祝いだよ。そういうのは、偵察っていうんだよ」
私はマリアを無視して、棚の帽子を一つ手に取った。
「以前より、品質も上がってるわね」
「聞けよ!」
「こちらのお値段は?」
ロザリーが、少しだけ口の端を上げた。
私も、表情を動かさなかった。
「八〇〇〇Rよ!」
「姉さん!」
「値段は、あなたの店の三分の一以下に設定しているわ」
「……!」
頭の中で、計算が一瞬止まった。
──三分の一……?
「どうやって利益を出してるか、気になるかい?」
「ええ。気になるわ」
私は動揺を抑えながら答えた。
「だったら、教えてやるから付いてきな?」
◇ ◇ ◇
港の近くを、ロザリーとマリアが先に歩いている。
その後ろを、私とニッキーとマルコスがついていく。
「言われるがままに付いてきたけど、大丈夫なのか?」
マルコスが小声で言った。
「ガブリエルさんが行くって言ってるんだ」
ニッキーが横で呟いた。
「男の我々が怯えてどうする」
前方で、マリアの声がした。
「姉さん、何考えてるの? なんでアイツらに塩を送るような真似を……」
「どうせアイツらが調べたら、すぐわかる」
ロザリーの声は静かだった。
「それよりマリア、アンタが言ったんじゃないか」
「何が?」
「アイツらと真っ当に戦いたいって」
マリアが、ハッとした顔をした。
海風の匂いが強くなった。倉庫が並ぶ一角に、煙突の立つ建物があった。
「ここさ。ここで私らは、商品を作っている」
ロザリーが扉を押した。
中に入った瞬間、私は息を呑んだ。
機械音が、空気を震わせていた。
天井の高い空間に、人が並んでいた。何十人、いや、もっと。流れ作業で、誰かが革を切り、誰かがそれを次の人に渡し、誰かが木型に押し当てている。
「オラオラ、手をとめるんじゃないですよ!」
ヴィンセントの声が響いた。
並んでいる労働者の目に、感情がない。汗だけが、額を伝っていた。
──え? なんでこんなに沢山、人がいるの?
──牛革を裁断する人……?
──木型に皮を押し付ける人……?
──一体、何をしているの?
私の視界の端で、見覚えのある男が、よろよろと牛皮の束を運んでいた。
ジャックだった。
「ジャックまで……」
声が、自分の口から漏れた。




