二号店
馬車の窓から、海が見えた。
ブレンナールは海に面した街だ。石畳の坂を下ると、向こうに濃い青が広がっている。
馬車が走り出すと、夫人の言葉が頭の中に蘇った。
──「セレモニーパーティーには、お友達を沢山呼ぶわ」
──「私、全力出しちゃうんだから!」
「ありがとうございます」
そう答えた自分の声が、まだ耳に残っている。
──本当に頼もしすぎる。もしかして、ブレンナールの貴族婦人が全員集まるかもしれない。
私は窓の外を眺めた。
──まだ体調は万全じゃないようだけど、あの調子なら心配いらないわよね。
走り続ける馬車から、街の景色が流れていく。
「!」
ふと、目に止まった。
──よく見ると、新しいお店や家が沢山。人口が増えているのかしら。
二年前に鉄道が通ってから、この街は変わっていった。ちょっと留守にしていた間にも、こんなに。
「お客さん、こちらですよ」
御者の声に、馬車が止まった。
「ありがとう」
代金を渡し、馬車を降りる。
見上げた。
「ここが、新しいブレンナールのお店」
石造りの外壁、磨かれたガラス窓、整えられた看板の枠。前のガブリエル洋品店より、一回り大きい。新しい街の新しい店、という佇まいだった。
「ご、ごめんくださーい」
恐る恐る扉を押すと、店内から声が飛んできた。
「よう、遅かったじゃないか」
パージが振り返った。ミシェル、ナタリー、ニッキーも一斉にこちらを見る。
「見てくださいよ。ニッキーさんがすごいお店をつくってくれましたよ」
「王都のガブリエル商店を参考に、レイアウトしました」
私は店内を見回した。
壁には、マルコの絵が並んでいた。森の鹿、抽象的な構図、人物画。それらが白い壁の上に呼吸している。
「すごい、おしゃれ。マルコの絵も沢山」
「仲良くなったので、沢山譲ってもらいました」
ニッキーが笑う。
「棚の数は以前と同じぐらいですけど、広いから解放感がありますね」
ナタリーが頷く。
「すごいです、ニッキーさん。私たちじゃ、こんなお店は用意できません」
「いえ。肝心な商品を用意できるのは、ガブリエルさん達です」
「まかせときな、ニッキー」
パージが胸を叩いた。
「俺とミシェルがバンバン働くからよ」
「ありがとうございます」
「うん。ここなら以前のお客も戻ってきてくれるわ。カトリーヌ夫人もセレモニーパーティをこのお店で開いてくれるそうですし」
「すごい! 夫人、元気になったんですね」
ナタリーが目を輝かせた。
「そうなの。全面協力してくれるそうよ」
「良かった〜」
「あの、ガブリエルさんに見てもらいたいものが」
ニッキーが、店の奥を指した。
大きな板に、布が掛かっている。
「どうぞ、布を取ってください」
「こうかしら?」
私は端を持ち上げた。
布が、ゆっくり落ちた。
──!
絵が、目の前に現れた。
街の通りを歩く女性の姿。日傘を差し、片手にカゴを提げ、優しい目をしている。背景には、見覚えのある石畳の通り。マルコの筆使いだった。光と影の処理に迷いがない。
そして、その絵の上に、金箔の文字で店名が書かれていた。
**ガブリエル商店**
「マルコに描いてもらった、ガブリエル商店の看板です」
「す、すごい、素敵……」
私は振り返った。
「みんなも、そう思うわよね!?」
四人がにやにやしている。
「?」
「実は、俺たち知ってたんだ」
「ガブリエルさんを驚かせたいって、ニッキーさんがみんなを集めて相談してつくったんです」
「もちろん、モチーフはガブリエルさんです」
私は、俯いた。
「あれ、どうしたんだガブリエル?」
パージが心配そうに覗き込む。
ニッキーも一歩近づこうとした。私はそれを手で止めた。
「もしかして、気に入りませんでした?」
「違います」
声が、少し詰まった。
涙が、こぼれていた。
「あまりに、嬉しくて」
四人の顔が、一斉にほころんだ。
その時、扉が開いた。
「大変だ、ニッキー!」
マルコスが駆け込んできた。
「マルコスさん」
「ああ、ガブリエルさんもいたのか」
息を切らせながら、彼は言った。
「今、例の店を見てきたんだが——とんでもない数の商品が、低価格で売られていた」
「!」
「このままじゃ、この店は上手くいかないぞ。何か手を打たないと」




