表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
31/73

クレシェント夫人

「この街に新しいガブリエル商店を作るつもりなんだよ!」


「!!」


ロザリーがグラスをテーブルに置いた。


「へー、あの女、この街に帰ってくるんだ」


ジャックは黙っていた。ガブリエルが、という言葉が、頭の中で静かに繰り返された。


「で、どうすんだい?」


「!?」


「まさか、今更のうのうと商売させるつもりはないんだろ?」


ヴィンセントが口の端を上げた。


「へっへ、店ができたらこっそり火を付けてやろうか?」


「放火は重罪だよ。バレたら死刑間違いないからね」


「そこは、ほら? 一億Rの借金がある旦那がやればいい。うまくやれば借金はチャラとか?」


「か、勘弁してくれ」


「ちょっと待っておくれよ」


マリアが声を上げた。


「せっかく、この街での商売が上手くいき始めたんだ。そんなのバレたら全部台無しになっちまうだろ。私はガブリエル商店と真っ当に戦いたいんだ。みんな、そのための知恵を出しておくれよ」


「真っ当勝負は厳しいんじゃないかい」


ロザリーが腕を組んだ。


「あいつには、あのニッキーって商人がついてるだろ?」


「新聞広告を出すなんざ、王都の商売もうまくいってるってことだ」


「やっぱ旦那が火をつけるしか?」


「ひっ」


マリアが一同を見回した。誰も、まともなことを言わない。


「いいかげんにしなよ!」


居間が静まった。


「この家に来てから、みんなダラダラしてばかり! ちゃんと働いているのはあたしだけじゃないか!」


「マリア、私も含めてみんな自分の役割は果たしてるじゃないか」


「違う!」


マリアが前に出た。


「私が言っているのは未来のことよ。商売に現状維持なんかない。状況はいつだって変わる。今よくても未来がだめだったら意味ないじゃないか。みんな、これからうちらの商売が大きくなるように考えてよ」


ロザリーが、ゆっくり息を吐いた。


「マリア、商売ってのは確かに移り変わるものだよ。今は帽子を売ってるけど、売れなくなったら花を売ってもいいんだ。私らはそうやって生きてきたじゃないか」


「……」


ロザリーが立ち上がった。


「わかったよ。じゃあ、ママ……クレシェント夫人に相談するしかないね」


マリアの顔が変わった。ヴィンセントが舌打ちをこらえた。トーマスが黙った。


「クレシェント夫人って……あのフィリック・クレシェン伯の夫人のことか?」


ジャックが口を開いた。


「あの女に相談なんかしたら、一生その呪縛から逃れられないぞ。彼女が操っているのは表向きの商売だけじゃない。裏社会でも彼女の手は回っている……知らないのか?」


「そんなこたあ、わかってますよ」


トーマスが静かに言った。


「なんせあっしら」


ヴィンセントが続けた。


「全員、クレシェント夫人の孤児院出身ですから」


ジャックの喉が、音を立てた。


◇ ◇ ◇


素敵な建物だった。


石造りの外壁、大きな窓、通りに面した入り口。以前の店より立地も広さも上だ。


「こんな建物が借りられるなんて、流石ニッキーね」


「ええ、ここなら前のガブリエル商店より立地も負けていません。床面積も広いですよ」


ニッキーが建物を見上げながら言った。


「ガブリエル商店の名を借りてカートライト商会が運営する店ですから、ガブリエルさんに恥をかかせられませんよ」


「とてもありがたい条件です。私たちに王都とブレンナールの二拠点経営は、まだ無理ですから」


「じゃあ、ホテルに帰りましょうか」


「はい」


廊下を並んで歩き、それぞれの部屋の前に辿り着いた。


「では、おやすみなさい」


「おやすみなさい、ニッキー」


扉の前に立ち、鍵を取り出す。


──一緒に泊まるって言われた時は、ちょっと意識してしまったけど。


この人の頭の中は商売のことだけでいっぱいなのだわ。


──……まあ、いいんだけどさ。


「あの、ガブリエルさん!」


「はい!」


思わず大きな声が出た。


ニッキーが廊下に立っていた。片手に、小さな箱を持っている。頬が、少し赤い気がする。廊下の灯りのせいかもしれない。


「そ、その、街で見つけて買ってみたんですが」


「……?」


「あ、あなたにお似合いになるかと思いまして」


箱の蓋が、開いた。


ランプの光が、石の上で散った。


ダイヤのペンダントだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ