ガブリエルの帰還
「あなた方は、王都に卸す際にガブリエル商店を語っている」
私は前を向いたまま言った。
「ここが王都から離れているから気付かないと思った?」
マリアが、ふっと笑った。
「ええ。だってまさか、アンタが王都にいるなんて知らなかったんだもん」
「どうして知ったの?」
「王都の知り合いが、アンタのところの服の新聞広告を見つけてさ」
マリアが大げさに肩をすくめた。
「その黒い服、斬新だね? 流行ってるなら、うちも作ろうかなあって」
「私たちの商品は、カートライト商会もしくは直営店にしか卸さない」
「つまり、あなた方の商品は、王都では単なる偽物扱いされるでしょうね」
マリアが口を開く前に、私は続けた。
「あなたも商売するなら、偽物ではなく本物で勝負したら? あなた、結構センスがあると思うわよ」
「っせーなあ。ちっと名前借りただけじゃねーか」
マリアが耳をほじりながら言った。
「言われなくても、アタシは最初から自分のセンスで勝負するつもりだったんだよ?」
「へえ。じゃあなんでやったの?」
「姉さんだよ」
声から、軽さが消えた。
「姉さんは金が稼ぎたいだけだからな。アタシとは考え方が違う」
「そう」
私はグラスを手に取った。
「でも、あなたの能力が勿体無いわね」
マリアの目が、一瞬だけ揺れた。
「な、なんだよ突然? 上から説教かますつもりか?」
「あなたは見様見真似で、あれだけのものを作った。もしちゃんとした職人に習えば、その腕は本物になるはずよ」
「接客もそう。あなたの接客は完璧よ。気持ちよく買い物できるわ」
「……そんなに褒めても何も出ねーぞ? 何が目的だよ?」
「あなたよ」
「は?」
「あなた、うちに来る気はない? ガブリエル商店に」
マリアが固まった。
「……何言ってんだ」
「私に姉さんを裏切らせたいのか? そんな手には乗らねーからな。うちらの絆は鉄より硬いんだよ」
「……そう」
私はナイフを置いた。
「でも、マリア。あなたはいつまでも、こんなことをするつもり?」
「は?」
「こんな偽物商売は長く続かないわ。今を見るのも大事だけど、未来も見なきゃ」
マリアは黙っていた。
「私、商売を始めてわかったの。商売は今に腰を据えながら、未来を見据えるものよ。あなたは今が見えている。でも私とだったら、未来が見えるわ」
その時、扉が開いた。
「ガブリエルさん!」
ニッキーが入ってきた。
「どうでしたか? 上手くいきましたか?」
「ええ。なんとかいい場所が見つかりました」
「……なんだよ」
マリアが椅子を引いた。
「男連れでいい身分だな。私は帰らせてもらうわ」
「ちょっと待って、マリア。最後に話があるの」
「あ?」
◇ ◇ ◇
バルサン邸の居間に、煙草の煙が漂っていた。
ロザリーがソファでグラスを傾けている。テーブルの向こうでは、トーマスとヴィンセントがカードを広げていた。ジャックが向かいに座っている。
「おっ、ヴィンセントはストレートだ! 旦那は?」
カードが、テーブルに落ちた。
「あーブタじゃねーですか」
「これで旦那の負けは一億Rを超えちまいましたね?」
トーマスが笑いながら言った。
「こりゃー、一生、俺たちのために働いても返せねーですね。どうするんですかあ?」
──こいつら。私に無理やり借金を作らせるために、インチキカードを……。
ジャックは奥歯を噛んだ。だが、口は動かなかった。
「姉さん!」
扉が開いた。
「あ、マリアおかえり。今日は店はどうだったの?」
「今日、ガブリエルが来たんだよ」
「ガブリエル!?」
ロザリーの手が、グラスの上で止まった。
「なんのよう?」
「それがあいつ、この街に戻ってくるみたいなんだ!」
ジャックの背筋が、無意識に伸びた。
「この街に新しいガブリエル商店を作るつもりなんだよ!」
居間の空気が、一度だけ静止した。
「!!」




