第45話 蛤
「お迎えに上がりました、マッツォ師」
「ロトゥ。なぜお前がここに」
宿で休んでいる私に来た客は、これから向かう予定のオーガキに住んでいる弟子だった。
「先生がソルラに書を送られてすぐ、ソルラが私に術で知らせてくれました」
私は弟子に座るよう促し、茶を入れた。
「ありがとうございます。こうしていると、イェドの庵にお邪魔しているような心持ちになりますね」
「あの家よりは、随分上等な佇まいだがな」
ロトゥの言葉に私は笑った。
「そしてここよりも上等な、オーガキのお前の屋敷に厄介になろうと企んでいたのだが、迎えに来てくれたということは、それで構わんかな」
弟子は笑顔で頷く。
「もちろんですよ。
ソルラも馬ですでに発っているでしょうから、むしろ彼が早く着くかも知れません」
この口ぶりだと、どうやら、ソルラの容態は快復したようだ。
心のつかえがひとつ消え、安心と共に茶を口に運ぶ。
「ソルラから聞いた話は断片的で、どのような旅であったか興味が尽きません。
道中、此度の歩みがどうであったか、お聞かせ願えますか」
「そうだな……」
私は考える。
目の前の弟子をはじめ、今回の旅に興味をもってくれる者は少なくないだろう。
すでに知己となっているものはもちろん、まだ見ぬ後世の人々の目に触れることもあるかも知れぬ。
旅の中でソルラが言ったように、旅の記録を書にまとめてみるのもいいかもしれない。
「休養がてら、お前の屋敷で厄介になりながら旅の記録をまとめようと思っている。
世話になっている礼として、次いでお前に読んでもらうことにしよう」
そう言うと、ロトゥは満面に喜色をたたえた。
それでもオーガキに向かう途中の話題は、旅のものになった。
私は、私やソルラが詠んだ歌を、書き留めた手帳を見せながら教えた。
オーガキまでの道は穏やかなもので、さしたる障害もなく行程を終えることが出来た。
「マッツォ師」
屋敷で出迎えたのは、ソルラである。
「息災か」
私の問いに、ソルラは深々と頭を下げて応える。
中に入ると、どうやら私がここに来ることが子弟間で共有されていたらしく、見た顔が随分と並んでいる。
弟子達は口々に旅の労をねぎらったり、戦いの無事を喜んだり、自分のつくった句を評価してもらおうとしたりし、彼らの相手をしているだけで二、三日が過ぎてしまった。
旅の疲れがようやく取れてきたかという頃に、ソルラが部屋を訪れた。
「マッツォ師、センドアインのガウェンから、手紙が届きました」
「おお、懐かしいな」
本人に再会したかのような嬉しさとともに、手紙を受け取る。
ガウェンは自分に学が無いなどと謙遜していたが、こうして書をしたためるあたり、教養にもっとも必要な真心をもっている男であろうと感心する。
「どれ……あれから、センドアインの周辺でオークの騒ぎはまるでないようだ。
ヨシトウルネ公の話は人々の口から口へまことしやかに噂され、物語となったと。
そんなこともあって、北の一街道を「オークの細道」と名付けたそうだぞ」
私が読んで聞かせると、ソルラは声をあげて笑った。
「それはまた大胆なことですね。
マッツォ師の旅の記録にも、その名を用いてはいかがですか」
「それは良い考えだな」
手紙をしまいながら、私も笑って返す。
紀行文としてまとめ終わる頃には、英気も十分に養えていることだろう。
イェドを離れ、北へ向かい、折り返して南西へ来た。
次は、さらに西、あるいは南へ向かうのも良いかもしれん。
「また、でございますか」
不意にソルラが口を開く。
「なんのことだ」
「旅に出たくて仕方が無い、と顔に書いてございます」
なんとも厄介な弟子である。
「着くなり、しばらくは休養だとおっしゃっていましたが、我々子弟の内にそれを真に受けている者はおりませんでしたよ」
ぐうの音も出ない。
「ロトゥもそれを分かって、荷物はまとめてあるようです。いつでも出られるよう」
余裕を感じさせる口ぶりに、どこかソルラの成長が見える。
「引き留められぬとは、意外なような、気楽なような、不思議なものだな」
「引き留めたとて、無駄でしょう。旅をしてこそ、我らがマッツォ=バッショールです」
そう言ってソルラは笑う。
思えば、私は人に恵まれているな。
この旅が無事に終わり、そしてまた次の旅に出られるのは、こうして私を支えてくれるたくさんの人がいるからこそだ。
そしてまた、旅の中で多くの人に出会い、縁が生まれていくのだろう。
「お前達弟子との別れは寂しい限りだが、そう遠くない内に出るとしよう」
「では、そのお気持ちで、一句したためてくださいませ」
ソルラが懐中から短冊と筆を差し出し、私はそれを受け取った。
そして思い浮かべる。
次の旅の目的を、どうするか。
オークの発生源を封印してまわるのはよしとして、それでは私の楽しみが無い。
どうせならば、今までに口にしたことの無い山海の珍味を求めて行くか。
「はまぐりの」
言いながら、五音を書く。
いや待てよ。
単なる食い道楽だと思われては沽券に関わる。
ここはひとつ、弟子達との別れを惜しむ、情け深い文化人を演出せねば。
「ふたみにわかれ」
短冊を、私の気が包み、陽炎が立つ。
「行く秋ぞ」
最期の文字を書き終えると同時に、短冊から白味噌のような色の薄い光と、えもいわれぬ良い香りが立ち上ってきた。
「これでどうだ」
短冊をソルラに掲げて見せると、弟子の腹の虫が鳴った。
時に、目は口ほどにものを言い、体は言葉以上に雄弁に語るものよな。
とっさに腹に手を当てたソルラの、その袖からほつれる糸が目に入った。
「よし……次は、うどんでもすすりに行くとしようかの」
作者の成井です。
次の後日談で終わりとなります。
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では、また。




