第44話 浜の秋
「あ……?」
私の体と灰鬼の体が密着し、血がしたたる。
橋にこぼれる血は、どす黒い。
その色は、夜の闇ゆえではなく、月明かりに照らされてなお漆黒である。
「勝負あったな」
私は量の手で光の君を突き飛ばす。
その太ももには、短刀が突き刺さっている。
そして、心臓の位置に、もう一本の短剣がめり込んでいる。
「貴様、先の剣は……」
「左様。一本目は、ただの短刀だ」
私は昔から愛用している短刀を鬼にかざし、注意を向けさせた。
さらに術を唱え、警戒させた。
本命の、黒塗りをほどこしておいた聖剣を確実に当てるために、である。
しかし、紙一重だった。
振り下ろす、ほんの一瞬前、刹那にも満たない機に、こちらから踏み込んだ。
機のずれた灰鬼の腿に、短刀を刺す。
ほぼ同時に上体をひねり、左手に隠し持つ短剣で胸を突く。
氷の刃は振り下ろされることなく空中を迷い、両者の体が重なって決着した。
光の君は、がっくりと両膝をついた。
「終わりか。これで、終わりなのか……」
胸に突き刺さった短剣が、月のように煌々としている。
「人の身で須磨の地に流され、人恋しさに懊悩し、無念の内に私はこの世を去った。
こうして黄泉帰ったのは、この世の春を謳歌するためではなかったというのか」
私は腰の水筒を外し、鬼に投げて寄越した。
「末期の酒ではないが、せめてもの情けだ」
光の君は逡巡の表情を見せたが、口をつけ、あおった。
「マッツォ=バッショール。
貴様の勝ちだ。
だが、貴様もいずれ、鬼の身になれば分かる。
姿形が変わり果てても、抗いがたい欲は消えぬ。
貴様がどれほど醜い死にざまを迎えるか、草葉の陰で見させてもらうぞ」
どさっ、と音をたてて、光の鬼は倒れ伏した。
「なぁに、私が鬼になったら、全国津々浦々、気ままに旅する呑気になろうよ」
風が吹き、月が光る。
「寂しさや須磨にかちたる浜の秋」
念を込め、句を詠む。
戦いの前に敷いた術は、その効果を切らしていた。
私の周囲を白い光が巻き、それは次第に光の鬼の体を包み込んでいく。
日の光と見まがうほどの明るさを放ったかと思うと、閃光を放って光と鬼は消え失せた。
「二度と迷って出ることのないよう願うぞ、稀代の色男」
私は合掌した。
そして棍を拾い、その足で先の街、トゥルガに入る。
大きな街で、夜だというのに、賑わいはかなりのものだった。
旅人や商人が多いが、宿はそれでも十分な数があるらしく、疲れを癒すのにちょうどよさそうな宿をとることができた。
「この街が鬼に支配される可能性があったかと思うと、ぞっとするな」
借りた部屋で汗を拭きながら、私はつぶやく。
部屋からは海が見えた。
波打ち際の波の間をよく見ると、小さな貝にまじって赤い萩の花が塵のように散っている。
「波の間や小貝にまじる萩の塵……」
術としてではなく、ただの句として言葉を紡ぐ。
少々、疲れたな。
この旅も、一度歩みを止めていい頃かもしれない。
一休みしたら、まずはソルラに首尾を伝えてやろう。
そしてそれが終わったら、知己の待つオーガキへ向かい、ひとまずこの旅を終えることとしようか。
私は窓際の椅子に腰を下ろし、波の音を聞き、月を眺め続けた。
作者の成井です。
次で、本編最終45話と後日談にあたる46話を掲載して連載終了となります。
今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、
下の☆☆☆☆☆欄で評価していただけると幸いです。
では、また。




