第43話 月清し
白根が嶽と呼ばれるところを抜け、かわって比那が嶽が姿をあらわした。
辺りの田は穂を実らせている。
鶯の関を過ぎて、湯尾峠を越える。
雁の初音を聞き、夕暮れを迎える。
夜の月は、美しかった。
「見事な月だ。そう思わないかね」
月明かりに灰の肌を照らし、光の君がのたまう。
トゥルガまであとわずかという場所で、光の君は待ち構えていた。
「数百年の時を経てなお、月の美しさは変わらないな。
そして当時の私の美しさも、月のようだったが、これもまた変わらない。
そして、定命の人間がつくるものにも、変わらぬものがある」
光の君はそう言って、私たちが立つ橋の板を踏んで鳴らす。
「あさむづの橋。
これは、私が人の身であった頃から歌に詠まれていた名所だ。
私達のような文化人が決着をつけるのに、ふさわしい場所だと思わないかね」
言いながら、光の君は腰の刀を抜き放つ。
月光を反射させ、刃が青白く輝く。
その様子はまるで、濡れた氷のような妖艶さであった。
私は何も言わず、鉄棍を上段に構える。
光の君もまた、刀を上段に構えた。
にらみあい、両者ともに動かない。
「月清し」
私が句を紡ぐ。
瞬間、光の君は一足飛びに間合いを詰め、突きを放つ。
棍を当て、軌道をそらしながら句を次ぐ。
「遊行のもてる」
私の体を陽炎が包み、熱を帯びる。
たまらず、光の君は間合いを大きくとった。
「砂の上」
唱え終えると同時に、周囲に赤色の光の渦が立ちこめる。
渦は大きく広がり、辺り一帯に広がったかと思うと、星の粒となって上空に飛びあがって消えた。
「貴様、今の術は……!!」
「なんぞ、術で罠でも敷いていたか。
残念だったなぁ、当分の間、この辺りでは術は発動せんよ」
目の前の怨敵に術を行使しても痛痒たりえないのは分かっていた。
だが、向こうからの術はこちらに効果がある。
光の君はそれが分かっているからこそ、私を待ち伏せていたのだ。
咄嗟に発動できるように術の仕掛けを施した罠を敷き詰めて、である。
戦いの中で、要所でそれを発動させ、私に打撃を与えるつもりだったはずだ。
だが、どんな術の罠も、術そのものの効力を失う場をつくってしまえば、何の効果もなさない。
「これで、力と力のぶつかりあいだ。わかりやすくてよかろうが」
私は棍を目の前でぶんぶんと回転させ、ぴたりと止めて構え直す。
「さぁ、勝負だ、色男。
二度と黄泉帰ることのないよう、引導を渡してくれるわ」
光の君の表情が変わった。
うすら笑いを浮かべていたそれは真一文字になり、その人ならざる目は、手に持つ刀のように冷ややかに光っている。
「双方、術を使わんとなれば、もはや御託は無用」
光の君は刀を下段に構え、踏み込みながら切り上げる。
速い。
私はすんでのところでのけぞってかわすが、上体が崩れた。
すかさず頭を抜かんと突きが飛んでくる。
棍でそれを払い、その逆をふりあげて攻撃を仕掛ける。
君は刀の柄で棍を抑え、鍔で私の胸を打ちに来た。
かわせん。
まともに心の臓に衝撃が走る。
鋭い痛みに顔が歪む。
呼吸を整えたいが、そうもいかない。
光の君は勢いを増し、今度は三回、四回と刀を振り下ろす。
思わず棍の腹で受ける。
次の瞬間、灰鬼は棍に当てた刀を横に寝せた。
いかん、指を切る気だ。
甲高い摩擦音が滑る一刹那前、私は棍から手を離し、刃を免れた。
鬼は刀の向きを返し、棍の下をなぞるように切り払う。
棍をもつ腕を狙っての一撃だ。
咄嗟に手を離し、腕をすぼめてそれを避ける。
すると鬼は棍の下で刀の動きを止め、真上に棍を打ち上げた。
棍はくるくると回転して、月浮かぶ空に舞う。
その行方を見ず、鬼は二度、三度と突きを繰り出す。
受けるものを失った私は、体をひねってそれを避ける。
しかし、だんだんと圧が増してくる。
距離を取るしかない。
三歩、四歩と間合いを離す。
結果、私の棍は光の君よりもさらに奥に位置することになってしまった。
光の鬼は氷のような目で私を射貫く。
じりじりと近づくその表情に、笑みはない。
勝負所だな。
私は懐中から、旅に出るようになった頃から愛用している短刀を取り出した。
灰鬼の表情がピクリと動く。
「鬼討ちの刃か」
「知っておったか」
鬼は鼻で笑った。
「知らいでか。
我らの時代、キヨウの都は魑魅魍魎の住処だった。
百鬼夜行に悩む民衆の為、鬼討ちの秘法は様々に開発されたのだ」
言いながら、鬼は刀を構え直した。
「よもや、これほどの時を経てなお、それが伝わっていることには驚いた。
だが、よもやそのような短さで、私と切り結ぶ気ではあるまいな」
私は短刀をまっすぐ敵に向ける。
「男は、長さがすべてではなかろうよ」
私が笑うと、鬼は歯を鳴らした。
「世迷言を!!」
光の君が刀を振り上げ、猛然と切りかかる。
「名月や」
私は句を紡ぐ。
「今更術を編んだとて、何になる!」
「北国日和」
短刀の切っ先をやや下に向ける。
「息絶えよ!!」
「定なき」
刃の沈む感触がした。
作者の成井です。
今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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では、また。




