第42話 前夜
詩人と会った里を離れ、トゥルガへ向かう。
光の君に対する切り札ともいえるものを手に入れ、心中には余裕が生まれてきていた。
いや、もともと切り札を持っていたのに、それに気づいていなかっただけであるから、手に入れたというのはいささかおかしいか。
光の君とは、近く戦うことになる。
予感がある。
ただ、もうひとつ、別の予感があった。
それは当たってほしくはない予感だが、残念な展開になるだろう。
どこかの里が、あの灰鬼の毒牙にかかる、そんな予感がするのである。
あの光の君は、女を抱き、あるいは食らいたいという欲求をおさえることが出来ないだろうという確信がある。
それは、私自身が答えだ。
人は自分が心から欲するものには抗うことが出来ない。
私は、どれだけ門下子弟に止められても旅に出てしまう。
心が、魂が、私を旅にいざなうのだ。
それと同じ次元で、光の君は女を求めている。
物語として伝わる話では、奴は自分の母親に似た女、幼女、旅先で垣間見た女など、方々で女性に目を奪われ、場合によっては手籠めにしている。
それがどれほど事実であるかは分からないが、それが奴にとって根源的な欲求であろうことは想像に難くない。
だから、あの鬼は、その欲求に抗えず、この先に犠牲者をつくっているはずだ。
さらに言えば、思うに無念から生まれたオークは、その無念さが昇華され、心の在り様が強まるようにも思う。
ヨシトウルネとブーエンケインがオークに身をやつしてもあれほど高潔だったことにソルラはひどく感心していたが、実は違ったのではないか、と今では思う。
オークになったからこそ、生前の高潔さが洗練されたのだ。
そうであれば、光の君の肉欲は、生前の比ではないということになる。
話し相手もいないせいか、延々とこんなことを考えて歩き続けている。
私は腰の水筒を手に取り、水を口に含んだ。
そして、気付く。
煙のにおいが風に乗ってきている。
私は風が吹いてくる方角へ向けて歩みを進めた。
はたして、その先には、襲撃にあったに違いない村があった。
いや、村と言うほどの規模はない。
わずかな猟師や隠者が寄り添って過ごす程度の集落だろう。
いくつかの家が無残に倒壊し、その傍らには住人であったろう人が倒れ伏している。
寄ってみるまでもなく、息絶えている。
「簡単にしか弔ってやれぬことを許してくれ。
願わくば、オークになどならず、迷わず黄泉の国へ旅立ってくれ」
私は亡骸達に手を合わせ、彼らの前途を案じた。
見れば年端のいかぬ子どもや、老婆もいる。
そして案の定、私よりもやや年上に見える女人が、肌をさらして骸と化している。
狼藉を働き、そのまま命を奪ったのだ。
「光の君……」
怒りを通り越し、哀れみすら覚える。
このような悪逆非道を行う者に、いったいどのような存在意義があるというのか。
確実に滅さねばならぬ。
日が落ちかけてきている故、今日はこの集落で雨風をしのがせてもらうことにしよう。
もはや育てる者が居なくなってしまったへちまや夕顔を、頭をさげて収穫させてもらった。
そして集落から少し離れた場所に小屋を見つけ、腹を満たして横になる。
明日だ。
明日、あの凶鬼を相まみえ、その身と魂を滅す。
私は気の高ぶりを感じながら、まどろんでいった。
作者の成井です。
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