第41話 物書きて
「物書て扇引さく余波哉」
光の君の足跡をたどる術を編む。
足跡をたどるだけでは追いつかぬゆえ、彼の者が向かおうとしている地の予測も含めて奇跡を繰り出した。
知覚が広がる。
どうやら光の君は、この先、トゥルガの地を目指しているようである。
トゥルガといえば名月を望むことで有名な港町だ。
おそらくは、そこを拠点にして鬼の都を構えようと言うのだろう。
再会の時は近いと思われた。
そして、こちらが意識しているのと同様に、いやそれ以上に、向こうはこちらを意識しているだろう。
弟子に手傷を負わせたとはいえ、師である自分は無傷で、しかも互角に切り結んだ相手だからだ。
人を排し、女を玩具にしようと望む灰鬼にとって、障害になることは間違いのない存在だ。
「私が奴ならば、どうするか」
ふと、そんな独り言を繰る。
配下となる鬼を集め、数にものを言わせて迎え撃つだろうか。
いや、敵方の術の威力を知っているが故に、それは愚策だと言える。
強力な術を構えられ、一網打尽にされては労力が無駄になる。
そうであれば、確実に自分が有利となる場所に相手を引き込み、罠を張り、勝利を約束された上での決闘をする。
考えてみれば、光の君は海千山千の貴族が跋扈する社会を泳いでいた曲者なのだ。
そういった奸計に長けていても不思議ではない。
「罠が張られていることは確実か。
せめて疲労のない万全の状態で戦わなければなるまいな」
現在地からトゥルガの街までは、いくつかの里がある。
鬼の被害に遭っていなければ何よりだが、と思う。
出来れば、途中で誰か知己にでもあって、気を紛らわしたいものだが。
そして、思い至った。
確か、かつてイェドに訪ねてきたキッタ=エッダという詩人が、この辺りの寺院を拠点にしていると話していた記憶がよみがえった。
幸いにして街道は一本道ばかりで、そこを通り過ぎるという心配はなさそうである。
ましてや、鬼の被害にあったあの村のように、街道から外れてさえいなければ、奴も人間の報復を警戒して下手に手出しはすまい。
私はひとつ目の里、ふたつ目の里で一泊だけ宿を借り、詩人の情報を集めた。
キッタ=エッダという者はなかなかに有名なようで、この辺一帯を歩き回っては諸国の伝説や物語を歌い聞かせているのだという。
「イェドのマッツォという風変わりな方の歌もありましたよ」
ある者はそんな話を聞かせてくれた。
そして、トゥルガの街まであといくつかでという地点で、私は目当ての人物に再会することができた。
「久しいな、キッタ=エッダ殿」
私は村の中央にある広場で、たき火を囲みながら子どもたちに歌を披露する詩人に話しかけた。
詩人は朗々と響かせる歌をとめ、私の方を見る。
「すまないね、子どもたち。どうやら、私のお客さまだ」
口々に残念がる童たちに笑顔で謝りながら、詩人は立ち上がった。
「久方ぶりです、マッツォ殿。こちらに足を伸ばすとは、珍しいですね」
「うむ。そなたが喜ぶような話を、いくつか土産にもってきたぞ」
私はこれまでの旅をかいつまんで伝えてやった。
季節の狂い、大鬼の出現の話は、それほど彼の興味を引かなかった。
聞けば、同じような現象を彼も目の当たりにしており、私と同じような結論を導き出していたようである。
それが何者なのか、確証はないものの、何か邪悪な存在が季節を狂わせているという予感はあるのだという。
ただ、ヨシトウルネ公との出会いのくだりは、彼を大いに驚かせ、喜ばせた。
その気高い武人の魂、振る舞いや、ブーエンケインとの時代を超えた忠誠の絆などは、詩人の好奇心をたいへん刺激した。
「偉人は偉人に惹かれるというべきか、マッツォ殿は良い星の下に生まれた」
キッタ=エッダは満足そうに頷いて笑う。
「私はただ幸運だっただけだ。偉人などではないよ」
そして私は光の君の話に移る。
詩人は神妙な面持ちで私の話に耳を傾け、真剣にソルラの身を案じた。
「お話はわかりました。
そして、その中でひとつ、気になったことがあります」
「良いことか、悪いことか」
私が問うと、美声の詩人は、やはり美しい声で笑い声を響かせた。
「それはそのことをどのように見るかによります」
それはもっともだ、と私も笑う。
物事の良し悪しなど、どの立場で見るかで変わってしまうものだろう。
私の目で見れば光の君は邪悪だが、奴の目から見れば私こそが悪であろうから。
「話の中で、クロバンヌの御領主から短剣を預かったとか」
「おお、今そなたに語って聞かせるまで、とんと忘れておったが……これだ」
言いながら、私はその短剣を懐中から取り出した。
「失礼」
詩人は丁寧にそれを受け取り、鞘から抜いた。
刀身は露に濡れたように美しく、妖艶といって差し支えない様相を呈していた。
「そう言えば、刀身を見たのは初めてだったが、これほど美しいとは」
感心する私をよそに、キッタ=エッダは静かに鞘に収め、私に返した。
「マッツォ殿、偶然とは不思議なものです。今、あなたの手にある短剣が、七日間清められたという事実が、私には恐ろしいほどに思われます」
「話が見えんな。七日間という期間は、それほど重要なのか」
「ええ、とても」
そう言って、詩人は語り出した。
「古の都に、戻り橋と称される橋がありました。
あるもののふがそこを歩き帰ると、美女に出会いました。
夜道は危ないと送り届けますが、美女は鬼に姿を変えました。
もののふはとっさに鬼の腕を切り落とし、それを持ち帰りました。
切り落とした腕をいかにすべきか、時の最高位術師に助言を求めました。
術師は、七日七晩清めることで、けがれを打ち払えるだろうと教えます。
しかし、もののふは鬼の奸計によってそれに失敗し、腕を取り返されてしまいます」
歌とも語りともつかない話を聞き、私は首をかしげた。
「結局、鬼を退治できてはいないではないか」
詩人が首を横に振る。
「重要なのはそこではありません。
鬼を打ち払う力は、七日七晩の清めによって成る、ということが重要なのです」
「待て、それが事実ならば、ここにある短剣は、つまり……」
詩人が大きく頷く。
「鬼を討ち滅ぼす力を秘めているということです。
クロバンヌの領主殿が、このことを知っていたとは思えません。
ただの偶然でしょう。
しかし、ただの偶然というのは、つまり、必然の序章なのですね」
私は短剣を見つめる。
「偶然、だろうな。少なくともあのときは、ヨシトウルネ公にも会う前だ。
はじめて大鬼と遭遇した頃だったが、彼がそこまで知っていたはずもない。
これが、運が味方をする、ということなのか」
詩人は笑って頷いた。
「さ、よければご相伴にあずからせてください。
私は術を使えぬ故、戦いに同行することは出来ませんが、労うことは出来ますよ」
作者の成井です。
今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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