第40話 散柳
鬼に支配された村は解放された。
亡骸も弔った。
私は村の女達を様々に慰め、通ってきた関に文をしたためて術で送った。
そんなことをしている内に滞在は一週間を過ぎようとしていたため、光の君の足取りも気になったので、さすがに旅を再開することにした。
この旅が始まる前にも、幾度も旅には出たものだが、こうしてひとりになってみると、やはりどこか寂しい気持ちにもなってくるものだ。
私は時折自分に術をかけて疲労を軽減させ、足を速め、街から街へ足早に移動していくことにした。
その途中で立ち寄った寺院は、奇しくもソルラも立ち寄った場所であった。
彼が書き残していった句を見せてもらった。
「終宵秋風聞やうらの山」
裏山を吹く淋しい秋風の音を一晩中きいて、眠れない夜であったと詠んだか。
お互いに、一人旅を淋しく思っているらしい。
私は寺院の主に願い出て、一泊させてもらうことにした。
一人旅の形になって、あらためてソルラが師である私のために尽くしてくれた多くのことに気が付いた次第だ。
特に、腹に入れるものについては細心の注意をはらいながらも、その質が下がらないように苦心していたようだ。
野の獣を捕って食うことがあれば、しっかりと血を抜き、食える味にして出して寄越した。
人里に寄れば米や芋などの作物を首尾良く交渉し、手に入れ、食事を豪華にしてくれたものだ。
思えば、腹を下したり、体調の不良を起こしたりしなかったのは、あの弟子の食事管理が行き届いていたゆえだろう。
ただ、その寺院で馳走になった飯は、ソルラの準備するものよりは劣ったが、自分で用意するわびしいものよりは余程上等に思えた。
朝になり、私が旅支度を済ませていると、僧侶が話しかけてきた。
「ソルラ殿は、ずっとあなたのお話をしておられました」
そうですか、と答えると、僧は続けた。
「あなたがいかに優れた師であるか、聞いた私はなんとも羨ましくなったものです。
人生で伴侶も友人も得られたとして、心から師と仰げる人物に巡り会うのは難しい。
あなたのような人物にめぐりあったのは、ソルラ殿が幸運である証です」
そう言われて、私は返す言葉がなかった。
それほどまでの大人物であるならば、弟子に怪我などさせようか。
術を扱う鬼の存在を、予期していなかったのは自分の責である。
自身は術の法則を変え、俳句によって奇跡を為すすべを見出した。
そうであれば、オークにも同じような異端児がいてもおかしくなかったではないか。
つまるところ、あの不首尾は、自分の驕りが招いた失態であるということだ。
自分だけが世の中の特別、唯一の才だと、いつから思い込んでいたのか。
こういった心のありようでは、よからぬ結末を招くかも知れない。
「もし、よろしければ、寺院の庭先を掃除させて頂きたいのだが」
私の申し出に、僧は目を丸くした。
「あなたに掃除をさせたとなれば、ソルラ殿になんと言われるか」
私は笑って応える。
「なに、あれならば、私が殊勝になったと喜ぶであろうよ」
自らの驕りと対峙し、甘えや高ぶりを捨てた上で、光の君とまみえよう。
次の戦いは、命の奪い合いになる。
一分の隙すら取り払って臨みたいものだ。
私は一時間ほども庭を掃除し、ソルラに倣って句を詠んだ。
「庭掃て出ばや寺に散柳」
短冊にしたため、僧に渡す。
そこに術の行使はない。
今一度、自らを高め、この旅を修行とし、敵を討つ。
私は心の澄みを実感し、次の街へ歩を進める。
光の鬼もまた、人里を伺って移動しているであろうことは、容易に想像できた。
作者の成井です。
今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、
下の☆☆☆☆☆欄で評価していただけると幸いです。
では、また。




