第39話 萩の原
「山中や菊はたおらぬ湯の匂」
すぐさま別の術を発動させる。
威力はそこまでではないが、広範囲に渡ってオークの動きを鈍らせる念を込めた。
「ソルラ!」
後ろを見ると、弟子が仰向けに倒れている。
駆け寄りたいが、灰鬼に背を向ける危険は冒せない。
「なんと厄介な奴だ、マッツォ=バッショール。
ここはこれで手打ちとし、今一度私は私の都を築く。
貴様の命を絶つのは、それからだ」
言うが早いか、光の君は二、三度後方に跳ねたかと思うと、闇夜に姿を消した。
気配が感じられなくなり、私はソルラのもとに駆け寄る。
「大丈夫か、ソルラ」
「臓腑を痛めたようでございます……申し訳ありません」
血を吐きながら、ソルラが言う。
「行行て……たふれ伏とも……萩の原……」
ソルラが詠んだ歌は薄緑色の霧を生み、自身の体内にしみ込んでいく。
そしてそのまま涙を伝わせ、気を失った。
自らの負傷を癒やす術を編むとは、弟子の成長に驚かされる。
だが、体内の怪我を治すことは出来ても、術による後遺症がないとも限らない。
古来より歌による術が恐れられてきたのは、目に見えぬ傷が残るためだ。
無理をせず、肉体のもつ治癒力を高めるのが最善の処方だとされている。
「ソルラ……お前との旅は、ここまでのようだな」
私は傷ついた弟子を担ぎ、女達が隠れる屋敷に向かった。
翌朝、女達は各々の家に戻り、身支度を済ませ、遠方の親戚を頼る者は連れだって旅立ち、里の再建を願う者はそのように動き始めた。
「マッツォ師」
「言うな、ソルラ。お前との旅は、一旦ここまでだ」
静かに涙を流すソルラに、私は手ぬぐいを渡す。
「いろいろと歩き回って、ちと疲れたろう。一休みして、また私に合流せい」
「分かりました。私の親戚で、この近くに住んでいる者がありますので、そこで静養し、師の足取りを追って旅を再開しましょう」
ソルラの言葉に、私は首を横に振る。
「いや、お前は幾人かの女とともにその街へ迎え。
私はこの里の弔いや再建を手伝って、それから出立する」
「光の君はいかがなされるのですか」
横になりながら、ソルラの眼は強く輝いている。
許すまじ、という決意が感じられる。
「無論、野放しにするつもりはない。
奴の足取りは、季節の乱れで追うことが出来よう。術もあるしな」
なるほど、とソルラが頷く。
「さて、お前と旅をせんと笠に書いた、同行二人の字を消すとしよう。
それでも我らの前途は同じ所へ向かう。気をつけて行くのだぞ」
「はい、マッツォ師も、ゆめゆめお気を付けて」
それぞれに支度を済ませ、私は弟子と女達の旅立ちを見送った。
「今日よりや書付消さん笠の露」
私は彼らの疲労が随分長い間蓄積されないよう、癒やしの術をかける。
ここからは、一人旅となる。
再度相まみえたとき、私はあの灰の鬼を、その肌の色の如き存在に変えねばならん。
大義ではない。
私個人の、彼の者に対する怒りの感情のためである。
作者の成井です。
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