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第38話 秋の風

 驚愕の事実、と言って差し支えなかった。


 どうやら光の君には、術の方向性や範囲が前もって目に見えているようだ。


 いや、目に見えているかどうか、知覚の種類は定かでは無いにしても、術を避ける方法を身に付けているというのは確かなようである。


「ソルラ、下がっていろ」


 私は棍を構えながら、弟子に声をかける。


「いえ、私も戦います。この者は、許しがたい」


 私よりも一歩先に出て、ソルラが言う。


 光の鬼は静かに笑って刀を構えている。


 広場の周囲には珍しい形の石がさまざまに立ち並んでいる。


 また、古松が数本伸びており、どこか厳かな空気を漂わせている。


 そのような場で、まさか尋常から外れた鬼と切り結ぶことになろうとは。


 私は一足、前に詰め、軽く棍で突く。


 灰鬼はのけぞってそれを避け、左手で棍を掴みにかかる。


 その左手に、ソルラが棍を小さく振り下ろす。


 灰鬼は身を翻して避ける。


 反転した身から、刀を横に払ってふたりを狙う。


 ソルラは後方に跳び、私は膝を折って身を低くする。


 そのまま、刀めがけて棍を振り上げる。


 ギィン、という金属音が響き、刀と棍が空に近づく。


 私は両足に力を込め、灰鬼の懐に勢いよく体当たりを仕掛ける。


 息とも声ともつかぬものを吐き出し、灰鬼は大きく退いた。


 致命の一撃にはなりようはずもないが、光の君の尊厳は傷ついたらしい。


 先程までの薄ら笑いが消えている。


「よもや、私の体に男が触れるとは、憎らしいやつよ」


「私も、出来ればおなごに触れたいところだが、今は辛抱、忍耐よ」


 私は鼻で笑い、棍の先をくるくると回してみせる。


「術士に幾度も会った、と言っていたが、挨拶だけして終わったか。

 とても人に身に適う手練れとは思えんな、お貴族殿」


 刀を強く握る音が聞こえてくる。


「愚弄するか、たかが人間が」


「お主はたかが人間以下だ、たかがオークよ」


 灰鬼は刀を逆手に持ち、間合いを詰める。


 放たれた膝蹴りを棍で抑え、ふりかぶった刀の動きよりも速く私の棍の腹が鬼の顎を打つ。


 上げた棍をひねって刀の持ち手を鋭く叩く。


 ぐっ、と声は鳴るが、刀は落ちない。


 私は体をひねり、力を込めて灰鬼の腹に蹴りを放った。


 みぞおちをえぐる手応えがあった。


「何度切り結んでも、結果は同じようだのう」


 言いながら、私は重心を落としてまた構える。


 戦の技術では、こちらが上であることは明白だ。


 しかし、私の中の本能か何かが、構えを解かせない。


「……認めようではないか、貴様の武を」


 灰鬼が口から黒い血反吐を吐き出し、拭って言う。


「なるほど、時代が変われば民草の中にも貴様のような者が現れるのか。

 よもや、貴族の力を下民に見せることになろうとは」


 光の君は、言いながら後ずさる。


「貴様の術、俳句と言ったか。そのおもしろさ、認めよう」


 鬼は足を止めた。


「だが、その源流は、我らの時代の歌遊び。

 ゆえに、この私にも術は編めるということよ」


 光の鬼の体を、陽炎が包み出す。


「面影は 身をも離れず 山桜 

 心の限り とめて来しかど……」


 予期しない出来事に、動きを止めてしまっていた。


 いかん、これは光の君の物語に登場する歌そのものだ。


 込められた念がなんなのかは判別できないが、当然こちらの命を害するものだろう。


 まだ幼い姫君に贈ったと伝えられる歌が、あと一呼吸で術に成る。


「石山の」


 私は眼前の光景を言葉に紡ぐ。


「夜の間の風も、うしろめたくなむ」


「石より白し秋の風」


 灰鬼の術と、私の術とが、ほぼ同時に発動した。


 私が込めた念は、いかなる術の行使も風に流す、奇跡の無効化を狙ったものだ。


 落雷のような轟音が響く。


 やり過ごしたか。


「ぐあぁぁぁっ!!」


 後ろで、ソルラの声が聞こえた。


作者の成井です。


今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。

「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

下の☆☆☆☆☆欄で評価していただけると幸いです。


では、また。

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