22 逆鱗
22 逆鱗
陽炎は一人で氷の居城に舞い戻った。久方ぶりに戻った氷の居城は不穏な空気を醸し出している。
周辺にいる氷巫女の取り巻きも、陽炎の姿を見て慌てふためいている。
一体、何事だろうか。一考し、氷巫女はもしや、自分が鷲の眼を仕留めなかった事にお怒りなのだろうか。
それは無いと思いたい。しかし、何時だって氷巫女は自分を温かく見守ってくれた。
慈しむような優しい言葉をどんな時でも投げかけてくれる。そんな氷巫女が、陽炎に怒るだろうか。
急に不安を覚えて、陽炎は取り巻き共に目もくれず、超越者の間に急いだ。
超越者の間に辿り着いた陽炎は氷巫女の前に出る。予想通り、氷巫女はあからさまに不機嫌だった。
「氷巫女、すまない……天空王に止めを刺せなかった。許してくれ」
陽炎は、恐々として氷巫女に謝罪の言葉を並べる。
――大丈夫だ……誠心誠意謝れば、きっと許してくれる。
楽観的な希望に縋りつく。陽炎は氷巫女の不穏な佇まいに動揺していた。
明らかに氷巫女は不機嫌だった。普段の他者を慈しむような態度ではない。
何か、例えるならば、虫を見るような視線が、突き刺さる。陽炎は怯えながら、
氷巫女の返答を待つ。氷巫女は無言で、陽炎に視線を送っていたが、遂におもむろに口を開いた。
「陽炎様……失望しましたよ。B+級の配下を三人も失い、
更には勝負に勝っておきながら、天空王を見逃してしまうその無能ぶり、
初めて、貴方様を虫けらのように感じました。これで二度目ですね」
氷巫女は不機嫌に氷のように冷たい態度を陽炎に見せる。
陽炎は怯え、震えていた。氷巫女の静かな怒りに。それに二度目とは何の事だろう。
「二度目……?」
キョトンとして陽炎は呆けながら訪ねる。
「貴方が無能ぶりを晒した回数ですよ。一度目は国王としての責務を放棄して、
国家を滅亡させた許されざる大罪……あの時に、貴方様を断罪しても良かったのですが、
温情を持って対応させていただきました。ですが、二回目……今回の失態は頂けません」
氷巫女はさながら虫けらを見るような見下した眼で陽炎を見つめている。
余りの恐怖で、身体をガクガクと震わせながら、その場に跪く。
それでも彼女の怒りは収まらない様子であった。こんな氷巫女は初めてだった。
氷巫女は再び無言で、陽炎を虫けらのように見つめている。
ピリピリとした緊張感が辺りを包み込む。彼女は相当にお怒りだ。
「……まあ良いでしょう。陽炎様は元来、優しい御方。
こうなることも予期していました。ですが、私の気持ちは収まりません。
汚らわしい獣人族に温情を持つなど、あってはならない事。
陽炎様……一国が滅びる様をもう一度見たいとは思いませんか?」
氷巫女が打って変わって喜々とした表情で問いかける。
一体、何が起こると言うのだろう。突如として氷巫女の全身から魔法力の奔流が迸る。
陽炎は跪いたまま、氷巫女の顔色を伺っている。顔から一筋の汗が、雫のように流れ出る。
「獣人族など、この世界には不要だと前から思っていました。
この際、獣人族の国を私の最強の魔法で滅ぼしてしまいましょう!
『滅びのショックウェーブバースト』!」
氷巫女が喜々とした表情を浮かべて、右手を天にかざす。
極大の魔法力の奔流が、うねりを上げて、氷巫女の右手から破滅の光と共に放出させ、
天井が音を立てて崩れ、想像を凌駕する凄まじい鳴動と震動が鳴り響き、
大地を揺るがす激しい揺れが巻き起こる。陽炎は怯えながら、暫し呆然とする。
氷の居城……いや、コールドアース全体を揺るがす程の大規模な振動。
暫くして、揺れが収まると、氷巫女は満足し、満面の笑みで陽炎に微笑む。
「獣人族の国はどうなったのですか?」
陽炎は満足したような笑みを浮かべて佇む氷巫女に恐る恐る尋ねる。
怖気と震えを感じながら、陽炎は静かに彼女の言葉を待つ。
「獣人族の国『ビーストキングダム』は本日をもって滅亡しました。
陽炎様……貴方様のお蔭で、決心がつきました」
氷巫女はニッコリとした表情を造りだす。それはとても不気味に感じた。
陽炎は呆然とし、彼女の逆鱗に触れればどうなるかを悟った。
しかし、その後に続く言葉に何の事だか分らなかった。
ただ、彼女が恐ろしい企みをしている事は容易に感じ取れる。
「私が計画していた選別の儀を間もなく行います。
私が選別した選ばれた民だけを高次元の世界に送り、その他を淘汰する。
それを選別の儀と呼びます。高次元の世界とは私が創造した楽園です。
陽炎様も高次元の世界に行く資格を持っています。共に楽園で暮らしましょう」
氷巫女は陽炎に優しく語り掛けながら囁く……それは恐ろしくも甘美な悪魔の囁きだった。
一抹の戸惑いを覚えている陽炎に氷巫女は手を差し出す。
しかし、ここで彼女の手を取らなければ陽炎も消されてしまうだろう。
陽炎はA+相応の人間であり、炎竜形態に成れば伝説級-モンスター。
だが、搦手に弱い陽炎は氷巫女に敵う保証は何処にもない。
氷巫女……彼女は伝説級相応なのだ。おいそれと逆らうことは出来ない。
様々な想いを逡巡し、陽炎は一先ず彼女の差し出した手を取る。氷巫女の企みが動き出そうとしていた。




