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金星統合軍・機甲歩兵・訓練小隊  作者: 川越トーマ
20/21

宇宙戦艦ハンニバル

 結局、その後は抵抗らしい抵抗も受けず、俺たちは中央制御室にたどり着いた。

「無駄な抵抗はやめて直ちに降伏しろ」

 中央制御室は二〇名ほどの座席と軍艦を動かすための機器がびっしりと詰まった狭苦しい部屋で、軍用拳銃を構えた一〇人ほどの生身の兵士が俺たちを出迎えた。

 艦長と思われる初老の士官と若い男性士官以外は女性の兵士ばかりだった。

 俺たちが直ちに自動小銃を斉射しなかったのは、むやみに人を殺したくないという感情以外にも発砲をためらう理由があったからだ。

 下手にここの精密機器を傷つけたら、ハンニバルを動かすことができなくなる。

 しかし、そんな俺たちの配慮を無視するかのように軍用拳銃が一斉に火を噴いた。

 機甲歩兵相手に拳銃による銃撃など無駄だというのに。

「どうすんだよ、テツ」

 ダンの疑問に俺は行動で答えた。

 推進剤を使って艦長と思しき男のところへ一瞬で移動すると、必死の抵抗をものともせず、片手で首を掴んで吊り上げた。

 生身の人間と機甲歩兵では勝負にならない。艦長と思しき男は俺の手首をつかみ、俺のヘルメットを蹴りまくって抵抗したが、血流が止まり顔がみるみる青ざめていった。

 当然声を発することもできなかった。

「これ以上抵抗したら、こいつの首をへし折る!」 

 スピーカーを通して流された俺の大声に兵士たちの間に動揺が走った。

 震えだす若い女性兵士もいた。

 本来、俺はこういう荒事は嫌いだが、この際そんなことは言っていられる余裕はなかった。

「降伏が嫌なら切り刻む」

 ダメ押しのようにケイが高周波ブレードで手近な椅子を両断して見せた。

「貴様ら銃を捨てろ!」

 ダンの怒号が室内に響き渡った。

 軍用拳銃が無重量状態の室内を次々に漂いはじめた。

「みんな諦めるな」

 そう叫んで俺に銃を向けた若い男性士官は、ダンに拳銃ごと掌を握りしめられた。

 骨の砕ける嫌な音と男性士官の絶叫が室内に響き渡り、すべての敵兵が銃を捨てた。


「ダン、ケイ、こいつらを会議室かなんかに軟禁してくれ」

「わかった」

「まかせろ」

「制圧は完了した。大尉たちは中央制御室へ!」

 作戦は順調に進んでいたが俺は焦っていた。

 敵の強行突入艇がこちらに向かっているという情報があった。

 敵の機甲歩兵が艦内に侵入してきたら俺たちもハンニバルもただでは済まない。

「ユリ、大丈夫か?」

 中央制御室にはハンニバル周辺の映像がいくつも空間投影されていたが、敵の強行突入艇の接近をひとりで阻止しているはずのユリは映っていなかった。

「あんまり大丈夫じゃない!」

 俺は船外の様子を映し出す光学カメラでユリの姿を捜した。

 いた! コバンザメのすぐ横でロケットランチャーを乱射していた。

 相手は円盤型の強行突入艇だ。すでに回避運動を行いながら機甲歩兵を吐き出し始めていた。

 その数七体、ユリひとりで相手にできる数ではなかった。

「ユリ、コバンザメに戻れ!」

 これ以上仲間が死ぬのは見たくない。俺は青筋を立てて叫んでいた。

「畜生!」

 悪態をつきながらもユリは俺の指示に従った。

「御苦労だった。後は我々に任せろ」

 コワルスキー大尉たちが中央制御室に現れた。次々に座席に身体を沈め四点式のシートベルトで固定する。

「お願いします」

「一番砲、照準、敵強行突入艇」

 火器担当のチーフはモーガン中尉だった。鋭い目つきで火器管制システムの画面を睨み付け声を出しながら素早く機器を操作しはじめた。

 狙いどころもよくわかっている。

 真っ先に排除しなければならない脅威は敵の機甲歩兵部隊だ。

「照準よし、自動追尾システムセット。いつでもいけます」

 眼尻の下がったマードック准尉が目つきの鋭いモーガン中尉を補佐していた。

「撃てい!」

 待ち構えていたように白髪交じりのコワルスキー大尉の指令が飛んだ。

 正面に敵の強行突入艇の姿が空間投影された。

 あわただしく回避運動を行っていた円盤型の強行突入艇はその努力も空しく装甲を貫かれ、爆発四散した。

「やった!」

「敵機甲歩兵部隊後退。八時方向の駆逐艦、攻撃態勢に入りました」

 俺の歓喜の声を歯牙にもかけず索敵システムをめまぐるしく操作していたキニスキー准尉が良く響く声で的確に状況を報告した。

 空間投影される映像も切り替わった。

 大型回遊魚のような紡錘形のフォルムの敵駆逐艦が、こちらに艦首を向ける様子が映し出されていた。

「一番砲及び二番砲、八時方向の敵艦に照準」

「照準が合い次第、随時砲撃。周りは敵だらけだ。撃ちまくれ」

 モーガン中尉とコワルスキー大尉の声が交錯した。

「敵艦、発砲!」

 敵駆逐艦の艦首に設けられた超電磁砲の砲口が閃光を放ち、艦内に金属的な衝突音が響き渡った。嫌な音だ。背中に悪寒が走った。

「左舷艦尾に被弾!」

 今まで無言だった痩せて細い目をした男性士官チャン准尉が低い声で報告した。

「損害は?」

 コワルスキー大尉が眉を跳ね上げた。

「ありません」

 さすが地球が誇る最強の戦艦だ。『難攻不落の移動要塞』という異名は伊達じゃない。

 超電磁砲の直撃でも損傷がないなど普通では考えられない。

 やはりこの艦を選んで正解だ。

「一番砲、続いて二番砲発射!」

 モーガン中尉は発声と同時に高出力レーザー砲の発射スイッチを入れていた。

 高エネルギーの塊は敵駆逐艦に命中し穴を穿った。

 一瞬の間をおいて敵駆逐艦は爆発し艦体が二つに裂けた。

「次の目標は敵強襲揚陸艦」

 宇宙空間での戦闘では惑星の洋上戦闘とは違って損壊した艦艇が『沈む』ということはない。

 しかし駆逐艦の戦闘能力は失われたと判断し次の獲物を狙った。

「敵強襲揚陸艦回頭、撤退を開始します」

 敵の判断も早かった。

 大気圏突入能力を有するデルタ翼の強襲揚陸艦がこちらに艦尾を向けていた。

 艦砲射撃でロンをはじめ、我が軍の多くの機甲歩兵の命を奪った憎い艦だ。

「逃がすな!」

「艦首の二連装超電磁砲を使用します」

 コワルスキー大尉にモーガン中尉が応じた。

 マッコウクジラの頭部を思わせるハンニバルの丸っこい艦首には超電磁砲の発射口が二つ並んでいた。破壊力という点では最も優れた兵器だ。

「艦のコントロール預ける」

「預かりました」

 ハンニバルは全長五〇〇メートルを超える艦体を巨大な超電磁砲の砲身に仕立てていた。

 電磁誘導の加速距離をとり、砲弾の速度を上げるためだ。

 従って敵に狙いをつけるためには艦首を相手に向ける必要があった。

 姿勢制御ノズルが推進剤を吐き出し艦内が揺れた。

「姿勢制御完了、レーザー照準器作動」

「照準よし」

 俺は正面に空間投影されたデルタ翼の強襲揚陸艦を注視した。

「発射します」

 かすかな発射音の直後、敵強襲揚陸艦の艦尾に巨大な穴が開き、艦の中央部が爆発した。

 デルタ翼の強襲揚陸艦はバラバラになり虚空に大小様々な残骸をまき散らした。

「よし」

 俺は思わず拳を握り締めた。

 これでロンやハサウェイ少尉の仇は討てたと思った。

「ミサイル接近!」

「迎撃!」

 敵駆逐艦が逃走の手助けにミサイルをばらまいたらしい。

 モーガン中尉とマードック准尉が迎撃作業に追われた。

 こういう局面ではやはり運用人数が少ないことが、もろに響く。

「スカイ・キリバスが!」

 眼鏡をかけた女性士官キニスキー准尉の悲鳴のような声が俺の耳を打った。

 反射的に空間投影されたスカイ・キリバスの映像に目を向ける。

 多量のミサイルはハンニバルだけでなく、スカイ・キリバスに向けても発射されていた。

 大小二つのドーナツを重ねたようなフォルムの宇宙都市スカイ・キリバスに複数のミサイルが命中した。

 反物質を製造するための粒子加速器である大きい方のドーナツが食いちぎられたように真ん中から二つに折れて破片をまき散らした。

「ちくしょう!」

 マードック准尉の悔しそうな叫び声が中央制御室内に響き渡った。

「やられたな」

 コワルスキー大尉が白髪頭をしきりに撫でていた。

 制圧できない重要拠点は破壊して敵が利用できないようにする。

 地球軍の対応は戦術的に適切で徹底していた。

「敵艦、高出力レーザー砲の有効射程外に逃れました」

 三隻ほどの敵駆逐艦が遠ざかっていくのが索敵システムで確認できた。

 最後の最後にしてやられた感じがある。

 しかし、俺は士気を鼓舞するようにあえて明るい声を出した。

「すごいですね」

「何だ?」

 モーガン中尉が少し不機嫌そうな視線を俺に向けた。

 丁度、その時、捕虜たちを別室に閉じ込めたケイが中央制御室に戻ってきた。

「いや、だって自分の艦ではないですよね。艦を動かせるようになるまで、もう少し時間がかかると思っていました」

 俺は『ごくろうさま』の気持ちを込めてケイに会釈しながら、声を弾ませてモーガン中尉に言葉を返した。

「そのことか」

 モーガン中尉は少しだけ表情を緩めた。

「地球は元同盟国だ、俺たちは地球の火器管制システムも操縦システムも、以前触ったことがあるんだよ」

 モーガン中尉の発言を支持するようにコワルスキー大尉はうなづいていた。

「終わったの?」

「ああ、スカイ・キリバス周辺の敵艦隊は片付いた。残念ながらスカイ・キリバスは敵艦の攻撃で壊滅状態だけど」

「そう」

 表情の乏しいケイも味方の被害には残念そうな表情を浮かべていた。

「まだ、終わりじゃないぞ」

 コワルスキー大尉が俺たちの気を引き締めるように厳しい表情でそう言った。

「そうですね」

 そう、地球の主力艦隊は、まだ、サウス・カフカース周辺に展開していた。

 衛星軌道から脆弱な金星の浮遊都市を攻撃できるポジションを押さえたままだ。

「サウス・カフカース周辺に急ぐぞ」

「そのことですが、大尉」

 コワルスキー大尉の動きを、しばらく黙って考え込んでいたマードック准尉が遮った。

 眠そうな垂れ気味の目が妙にギラギラとした光を浮かべていた。

「なんだ?」

「ここから狙えそうです」

「は?」

「砲弾は到達するだろうが、命中精度が低下するうえ、着弾までのタイムラグが大きすぎる」

 レーザー砲は技術的な制約があり遠く離れれば光が拡散し威力が落ちる。

 一方、超電磁砲は実体弾を発射するため、重力や空気抵抗などの影響を受けなければ遠く離れても威力が落ちることはない。

「サウス・カフカースまで通常の超電磁砲の有効射程の二倍以上だ。当たるとは思えん」

 モーガン中尉の指摘にマードック准尉は首を振った。

「対消滅エンジンを利用したこの艦の発電量は桁外れです。多量の電力は砲弾の初速に反映されています。それが命中精度と威力を高める結果になっています。この艦の火器管制システムは超電磁砲の有効射程については通常の三倍の距離を設定しています」

 中央制御室にいた士官たちに驚きの表情が広がった。

 そんな中でコワルスキー大尉の目がすっと細くなり厳しい表情になった。

「じゃあ、先程取り逃がした駆逐艦も撃沈できたということになるな」

「あっ……」

 マードック准尉がそれとわかるほどうろたえた。意外と表情の豊かな人だ。

「すみません!」

 コンソールに頭を打ち付けるような勢いでマードック准尉は頭を下げた。

「まあ、いい」

「では、砲撃準備に移ります」

 コワルスキー大尉の言葉にモーガン中尉はホッとしたような表情を浮かべ次の行動に移った。

 火器担当のチーフとして責任を感じているようだった。

「攻撃目標、地球艦隊旗艦ユエ・フェイ」

「我が国に攻め入ったことを後悔させてやる」

 コワルスキー大尉の目が強い光を放っていた。

 地球艦隊の旗艦は戦艦ハンニバルではなく航宙母艦の岳飛ユエ・フェイだった。

 ウミガメのような姿で、大量の無人攻撃機を搭載し、艦隊決戦における攻撃能力に関してはハンニバルを遥かに凌駕している。

 にもかかわらず、今回、我々が乗っ取りをかける艦に航宙母艦を選ばなかったのは、運用のために多くの人員が必要で、とても一〇人やそこらでは艦の能力を発揮できないことと、防御能力が低いことが理由だった。

 俺の選択は正しかった。ハンニバルの能力を知ってますますそう思った。

 地球軍で唯一、対消滅エンジンを搭載した最新鋭艦は期待通りの防御能力を持っていたうえ、群を抜いた砲撃能力も備えていた。

「地球主力艦隊を表示します。最大望遠です」

 キニスキー准尉が地球主力艦隊を空間投影した。

 あまり大きくは見えなかったが、敵旗艦ユエ・フェイのウミガメのような姿は確認できた。

「照準よし!」

 マードック准尉の声が元気良く響いた。

 気がつくとケイが俺のすぐ横にいて装甲強化服の指を俺の腕にそっと置いた。

「えっ?」

 奇妙ともいえるケイの行動に思わず視線を送ると、少しはにかんだような微かな笑顔と目が合った。

 そういえば、気が付くとケイはいつもすぐ横にいた。

 辛い自主訓練の時、流星のようにきれいな金属カプセルを眺めた時、不安で仕方がなかった初陣の時。

 ケイは無口で口下手だったが、一緒にいてくれると心がほんのり温かくなった。

 俺はケイのきれいな瞳を見つめ、笑顔を返した。

「撃てぃ!」

 コワルスキー大尉の声が響いた。

 そして、きっちり三秒後、地球主力艦隊の中央部で爆発の閃光が広がった。

 残念ながら敵旗艦ユエ・フェイには命中しなかった。

 しかし、大型回遊魚のようなフォルムの護衛駆逐艦が近接信管による爆発に巻き込まれ大破したのが確認できた。

 キニスキー准尉が通信機の音声を室内のスピーカーにつなぐと、地球艦隊の混乱した様子が伝わってきた。

 それはそうだろう。まさか味方の戦艦に砲撃されるとは思ってもみなかったはずだ。

「超電磁砲、次弾装填します」

 モーガン中尉は一喜一憂することなく淡々と仕事をこなしていた。

「超電磁砲、充電完了、砲身の強制冷却の必要はありません。続いて撃てます」

 超電磁砲の欠点として電磁誘導の際に発生するジュール熱により砲身が過熱し、連続射撃ができないというものがあった。

 しかし、ハンニバルの超電磁砲は続けて二発や三発は撃てるらしい。

「着弾観測による補正終了。照準、ユエ・フェイにロック」

「撃て!」

 三秒後、敵旗艦ユエ・フェイの敵味方識別信号は消失した。

 索敵システムに表示されていた地球の主力艦隊は慌てて移動を開始した。

 こちらに向かってくるわけではなく金星の衛星軌道から離れていく。撤退を選択したらしい。

「やった!」

 しばらく固唾を呑んで索敵システムを見つめていた我々の間に爆発のような歓声が広がった。

「やったね!」

 普段表情の乏しいケイが俺にこぼれるような笑顔を見せた。

 俺は彼女の笑顔に引き込まれ、思わず抱きしめたい衝動に襲われながらも、お互い装甲強化服を着ていることを理由に思いとどまった。

 そして、抱きしめる代わりに精一杯優しい笑顔を浮かべるとケイを見つめた。

「ダンやユリにも教えてやろう」

 ケイは少し桜色に上気した肌にまぶしい笑顔を浮かべて深くうなづいた。

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