反攻作戦
俺たち九人は強行突入艇コバンザメの中にいた。
俺、ケイ、ダン、ユリは装甲強化服姿、イシュタルの生き残りであるコワルスキー大尉、モーガン中尉、キニスキー准尉、チャン准尉、マードック准尉は簡易宇宙服姿だった。
訓練小隊本部横の武器倉庫には予備の装甲強化服が二着ほどあったので、戦力補強のためイシュタルの生き残り組にも着てもらうことを考えたが、訓練なしに使いこなせる代物ではないので諦めた。
「参謀本部から暗号通信。作戦案を承認するとのことだ」
作戦開始を前にして俺たちはモーガン中尉の報告に胸をなでおろした。
「やっと来たか」
「ヒヤヒヤさせやがるぜ」
俺たちの作戦案を承認せずに降伏するという選択肢もあったはずだ。
ケイの父親であるクラウチ参謀総長は、娘がこの作戦に参加していることを知っているのだろうか?
「バッハ工場長、他の皆さんの避難は完了しましたか?」
俺は額につけた情報端末を使って、別の場所にいるバッハ工場長に話しかけた。
「おかげさまでな。今、このニュー・トロントにいるのはお前さんたちと、わしと副工場長だけじゃ」
「申し訳ありません」
音声だけのやり取りだったが、俺は思わず頭を下げた。
「気にせんでいい。それより出力を調整するとはいえ短時間にかなりのGがかかるぞ。失神せんようにな」
「はい」
コバンザメは本来はドライアイスを入れるための金属カプセルに収まり、マスドライバーにセットされていた。
これから他の数十個の金属カプセルとともにスカイ・キリバス周辺に展開している地球艦隊に向けて発射される。この金属カプセルが「火牛の計」の牛の代わりというわけだ。
爆薬を積んでいるわけではないので敵艦を一撃で葬るほどの破壊力があるわけではないが、運動エネルギーを考えると無視できる代物でもなかった。
「距離が近いから火星に向けて撃ち出す時ほどの精度は必要ないが、重力の影響やらなんやらややこしい計算が必要じゃ。発射タイミングはこちらでとらせてもらうがそれでいいか」
「お願いします」
「ではカウントダウンのデータを送らせてもらう」
俺の情報端末は目の前にアラビア数字を空間投影した。
「発射まで、あと二分三〇秒」
「衝撃に備えろ、首に力をこめ、奥歯を食いしばれ」
数字の見えない他の連中のために俺が数字を読み上げると、俺の後ろで安全柵に身体を固定していたダンが下士官の役回りを演じてくれた。
「わかってるよ、そんなことは!」
俺の隣で操縦桿を握っていたユリが悪態をついた。相変わらずだ。
「テツ……」
息を詰めて緊張していると、装甲強化服の通信機を通じて耳元でささやくようなケイの声が聞こえた。
「どうした?」
「ううん、何でもない」
とても気になったがケイと話している余裕はなかった。
「あと三〇秒」
俺は緊張してカウントダウンの数字を読み上げた。
「……九、八、七、六、五、四、三、二、一……」
ゼロはコールせず歯を食いしばった。
思いっきり背中を叩かれる様な衝撃が襲いかかり奥歯が鳴った。
内臓が背中に押し付けられ身体中の筋肉が悲鳴を上げた。
バッハ工場長の話ではないが意識を持って行かれそうになった。
しかし、それは一瞬のことだった。
長さ一キロのマスドライバーによる加速はあっという間に終わり、コバンザメは慣性航行に移行した。
「発射成功、進路クリア」
パイロットのユリの声が響いた。
金属カプセルはコバンザメを入れるために要所要所が切り取られていたため、各種センサー類で外の様子がわかった。
空間投影された索敵結果によれば、前方には俺たちから遠ざかっていく一〇個ほどの金属カプセルがあり、後方からは俺たちを追い抜こうとしている一〇個ほどの金属カプセルがあった。
「バッハ工場長はだいぶ手加減してくれたらしい」
手加減しても先程の衝撃だ。
発射速度を加減してくれなかったら、俺たちは良くて失神、悪ければ死んでいただろう。
「操縦しくじるなよ」
後ろから飛んでくる金属カプセルに追突されないか冷や汗ものだった。
ダンが操縦桿を握るユリに釘を刺した。
「誰にものを言っている!」
ユリは猫のような目を怒らせて索敵システムを睨み付けながら叫んだ。
「臨戦態勢にある戦艦にとりつくんだ。うまくいったら勲章ものだよ」
宇宙巡航艦イシュタルの操艦を担当していたコワルスキー大尉がつぶやいた。
「えぇ! 勝算があって、この作戦に賛成したんじゃないんですか!」
眼尻の下がった若い男性士官がその無責任なつぶやきに激しく反応した。
「勝算はあるさ、マードック准尉。難しいがな」
白髪交じりのコワルスキー大尉が面倒くさそうに応じた。
「あー、ごちゃごちゃうるさい!」
「何だと貴様!」
ある意味予想通りにユリが悪態をつき始め、一般兵に文句を言われたマードック准尉は怒りの表情をみせた。
「ユリの操縦の腕は同期で一番、だから信じて」
ケイは振り返ると静かだがよく通る声を乗客たちに投げかけた。
こういう場を納めるケイの能力は素晴らしいといつも思う。
「サンキュー、ケイ。愛してるよ」
「私にそういう趣味はない」
ユリの軽口にケイが真面目に応じた。
俺たちよりも先に大量のドライアイス入り金属カプセルが地球艦隊に襲い掛かっていた。
正体不明の高速移動体の襲撃に地球艦隊は艦列を乱し、迎撃ミサイルを発射しつつ、パルスレーザー砲を乱射していた。
カプセルの破片やドライアイスの欠片が飛び散り霧のように地球艦隊を覆いつくしていた。
驚くことに地球艦隊のすぐ近くにあった宇宙都市スカイ・キリバスに命中した金属カプセルは皆無だった。バッハ工場長は優秀な砲撃手にもなれると、俺は心の底から思った。
「いくよ!」
ユリの鋭い声が艇内に響き、コバンザメは急加速でカプセルから飛び出した。
激しい加速と方向転換で身体がシェイクされた。
コバンザメは細かなデブリに接触して嫌な音を艇内に響かせながら地球艦隊のど真ん中に躍り出た。
次の瞬間、俺たちの乗っていた金属カプセルが、パルスレーザー砲に打ち砕かれた。
「いた! ハンニバルだ!」
ダンに教えてもらうまでもなく地球艦隊最大の戦艦ハンニバルがこちらに左舷を向けていた。
ハンニバルは白銀に輝くマッコウクジラのようなフォルムの戦艦で艦体の中央部には高出力レーザー砲のものと思われる旋回砲塔がいくつも見受けらた。
あの高出力レーザー砲の一斉射撃を食らったら、このちんけな強行突入艇など跡形もなく蒸発してしまうだろう。
しかし、幸いなことに大量の金属カプセルの奇襲に地球艦隊は混乱していた。
「九時方向の駆逐艦が砲塔をこちらに回してるよ!」
キニスキー准尉が眼鏡の奥の目を光らせて叫んだ。
地球艦隊には、この混乱状況でも、きっちり仕事のできる奴がいるらしい。
賞賛に値するがここで撃沈されたらこの作戦はおじゃんだ。
「大丈夫!」
ユリはコバンザメを猛然とハンニバルに突っ込ませた。
ハンニバルのミサイル迎撃用のパルスレーザー砲もこちらに向けて動き始めた。
《隊長! 力を貸してください!》
俺は声には出さずに拳を握りしめた。
コバンザメはハンニバルに衝突するような勢いで肉薄し急制動をかけた。
意識を失うほどのGが俺たちに襲い掛かり、コバンザメの構造材が軋んで不気味な音を響かせた。着弾の衝撃はなかった。
接近すると本当にでかい。
俺たちはまさに巨大なクジラに張り付こうとしている小さなコバンザメだった。
ハンニバルの懐深く入り込んだことによりハンニバル自身では迎撃が不能になった。
他の艦が俺たちを撃沈するにはハンニバルが被弾することを覚悟しなければならないだろう。
そして幸いにして、そんな度胸のある護衛艦の艦長はいなかったようだ。
コバンザメは巨艦ハンニバルの表面付近を素早く移動し、艦の中央部に設けられていたエアロックにとりついた。
「死ぬかと思ったぜ」
「余裕、余裕」
ダンとユリが軽口を交わしている間に、ケイがテキパキとハンニバルのエアロックの開放作業に着手した。プラズマトーチで鍵を焼き切り無理矢理こじあける。
これでコバンザメはハンニバルと気密という点では一体となった。コバンザメを無理に引きはがしたり破壊したりするとハンニバルにもダメージが及ぶことになる。
「行きます。うまくいったら連絡します」
俺たち機甲歩兵はコワルスキー大尉に声をかけるとハンニバルの艦内へ突入した。
「ユリはここでコバンザメを守ってくれ」
ユリの使用する遠距離攻撃タイプの装甲強化服は近距離戦闘には向かないため、コバンザメの突入口に残ってもらった。
一人だけ残すのは戦場のセオリーに反するが、対人火器で機甲歩兵を倒すことなどできはしない。
もしもユリを倒そうとすれば機甲歩兵を用意するか対艦用のロケットランチャーが必要だ。
いずれにしてもそんなことをすれば、このハンニバル自身もただでは済まない。
ユリが危険にさらされる可能性は低いはずだと俺は判断した。
「行くぜ」
ダンが先頭をきって乳白色の艦内通路を進もうとした瞬間、武骨な気密隔壁が次々に降りてきて、俺たちは通路の狭い範囲に閉じ込められた。
「畜生!」
「無駄」
ダンが悪態をついている間にケイの高周波ブレードが一閃し、鋼鉄製の気密隔壁がチーズのように切り裂かれた。
「行くわよ」
あまりの思い切りの良さに唖然とする俺たちをしり目に、ケイは艦の中央部に向かって進み始めた。
戦闘艦の中央制御室は敵の攻撃を最も受けにくい艦の中央部に設けられているのがセオリーで艦内の構造はどの国の艦艇も似たようなものだった。
「当たりだったようだな」
三人がかりで気密隔壁を次々に切り裂いて進んでいくと自動小銃を構える兵士の一団に出くわした。人数は二〇人ほどだ。
恐らく中央制御室を守るために出てきたのだろう。
ロボットのような機甲歩兵ではなく簡易宇宙服を着た生身の兵士だった。
ほとんどが男性で若い兵士も年配の兵士もいた。
俺が引き金を引くのを一瞬ためらうと、俺の横っ面を張り飛ばすように敵の自動小銃が乱射された。
俺は、慌てて切り裂いた気密隔壁の残骸を盾にしたが、すべてを防ぎきれるわけもなく、装甲強化服の内部に着弾音が響いた。
廊下の壁面が銃弾に抉られ傷だらけになった。
しかし、敵の小銃の威力は弱く、装甲強化服を着た俺たちは幸いなことに何のダメージも受けなかった。
「無駄な抵抗はやめて直ちに降伏しろ」
俺は外部スピーカーをオンにして叫んだ。
それに対する答えは再度行われた自動小銃による一斉射撃だった。
多少威力が弱いとはいえ、このまま自動小銃の銃撃にさらされ続けて全く無傷というわけにはいかないだろう。
仕方なくダンが自動小銃を斉射した。
敵兵は鮮血を飛び散らせて次々に倒されていった。
赤い血がシャボンのように漂い、乳白色だった廊下は敵兵の血痕で赤くまだらに染まった。
結局、降伏した敵はいなかった。
『テツ、まずい事態だ』
俺が吐き気を我慢し、暗澹たる気持ちで廊下を漂う敵兵の死体をかき分けて先に進んでいると、通信機がユリの声を運んできた。
「どうした?」
『キニスキー准尉の索敵によれば、敵の強襲揚陸艦が強行突入艇を発進させた。目標は恐らく我々だ』
確かにまずい事態だ。敵兵のことを思い煩っている場合ではない。
『ボクはとりあえず外に出て迎撃しようと思う』
「わかった……コワルスキー大尉たちに俺たちの後を追うように伝えてくれ。のんびりしている時間はなくなった」
早くハンニバルを制圧してしまわないと計画は失敗する。俺は焦った。
『わかった。伝えておく』
「話は聞いたよね。急ごう」
俺はダンとケイを促して先を急いだ。




