エピローグ
「では救国の英雄たちに盛大な拍手を!」
そこは金星の浮遊都市サン・ジャンヌの中心にそびえたつ巨大なタワー前の広場だった。
広場の中央には舞台が設けられ、俺たち訓練小隊のメンバーとコワルスキー大尉をはじめとする巡航艦イシュタルの生き残り、ニュー・トロントのマオ市長とバッハ工場長がいた。
そして、目の前には少なくとも数千人の観衆がいて俺たちに熱狂的な拍手を送っていた。
まるでバーチャル映画のワンシーンだ。これが現実だという実感はわかなかった。
明るい人工の空の下、マオ市長は笑顔を振りまいていたが、他の連中はどうしていいかわからないといった表情をしていた。
「ほら、手を振らんか」
丸顔のマオ市長が小声で俺たちにつぶやきながら手を振った。
黒とグレイの軍服姿の俺とケイは恥ずかしそうに小さく手を振り、厳つい顔のダンは顔を真っ赤にして固まってしまい、地元民のボーイッシュなユリはすっかり舞い上がって飛び跳ねていた。
士官であるコワルスキー大尉たちは、こうした式典に対する免疫が少しはあるらしく胸を張り大きくゆっくりと手を振ると、タイミングを合わせたように気を付けの姿勢をとった。
俺たちもあわてて大尉たちに倣った。
「さて、すばらしい機略で敵を撃退したわけですが、一体どなたの発案ですか?」
舞台の上には俺たちのほかに国営放送の若い女性アナウンサーがいてインタビュアー役を務めていた。三〇歳くらいだろうか、知的で気の強そうな女性だった。
「私の発案ですと言いたいところですが、残念ながら違います」
最初にマイクを向けられたコワルスキー大尉が笑顔で応じながら俺たちの方を指し示した。
「あちらの若者が考えた作戦を我々は実行しただけです。まあ、初めて乗った戦艦ハンニバルを見事に操った手腕は評価してほしいですがね」
「作戦を考えたのは、あちらの若い兵隊さんなんですか?」
ピンク色の艶やかなルージュを付けたアナウンサーは長い髪をいじりながら意外そうな視線を俺たちに送ってきた。
「ええ、そうですよ」
コワルスキー大尉は力強くうなづいた。
普通に考えれば階級が一番上のコワルスキー大尉かその隣のモーガン中尉あたりが作戦を立案したと思うだろう。
アナウンサーは意表を突かれたという様子を見せていたがすぐに『若き英雄』というのもニュースバリューが高いなと思い直したらしい。俺たちの方に近寄ってきた。
そして、俺、ダン、ユリ、ケイへと視線を巡らせた。
コワルスキー大尉は俺たちの方を示しただけで具体的に誰かを示したわけではなかった。
「あれ、あなた……」
女性アナウンサーは何故かケイのところで視線を止め、一瞬考え込むそぶりを見せた。
「クラウチさん? あなたクラウチ参謀総長の娘さんよね」
ケイの表情はみるみる曇り無表情になった。
「そうですが」
「やっぱり! 以前、参謀総長の御自宅でお会いしたわよね。覚えてる?」
アナウンサーはケイの心の動きにまるで気づく様子がなかった。
「はい」
「蛙の子は蛙ね、こんな素晴らしい作戦を考えつくなんて」
おかしな展開になってきた。
横から『作戦を考えたのは僕です』と手を挙げるのも何だし、ケイにもいろいろとヒントはもらっている。俺は成り行きに任せることにした。
「違います!」
のんびりと傍観者を決め込んでいた俺はケイの激しい口調に驚いた。
ケイはダンの後ろを通って俺の隣にやってくると、俺の手首をつかんで高く挙げた。
「今回の作戦を立案したのはこの人です!」
俺の右隣に密着したケイの体温が制服越しに伝わってきた。柔らかくていい匂いがした。
彼女は顔を真っ赤にして目には涙すら浮かべていた。俺はその涙の意味を理解しかねた。
「おい、ケイ」
「ほら、もっと自信をもって!」
だいぶ前にもケイにそんなことを言われたような気がした。
なんで、彼女はそんなにムキになるのだろう。
「あなたのお名前は?」
「テツ・イズモです」
混乱しながらも、俺は女性アナウンサーの質問に答えていた。
「すばらしい作戦でしたが、一体どうやって思いついたんですか?」
それはケイに『歴史上これと似たような状況に陥った人物はいない?』と聞かれたからだ。
俺は一瞬素直にインタビューに答えようとして、やめた。
ケイを前面に押し出すような答えをきっとケイは喜ばない。
それに作戦終了後に色々反省してみたが、改めて評価すると俺の考えた作戦は作戦に参加するメンバーに超人的な活躍を要求するとんでもない作戦だった。
思いつきは面白いとしても、それを実行できた人間たちが素晴らしいのであって、作戦立案者の俺は決して素晴らしいとは言えない。
俺は返答を促す女性アナウンサーを見つめ呼吸を整えた。
「結果はある程度満足のいくものでしたが、作戦自体は正直危険なものでした。すばらしい作戦とは言えません」
素直に質問に答えない俺に不満の色を浮かべるアナウンサーを無視して俺は言葉を続けた。
「俺の無謀な作戦を信じてくれたマオ市長には感謝の言葉しかありません。また、大量の金属カプセルを正確に敵艦隊に向けて射出したバッハ工場長の技術は軍で砲術の指導教官が務まるくらい素晴らしいものでした」
俺の方を振り返ったマオ市長とバッハ工場長は満足げな笑みを浮かべた。
「また、敵の戦艦ハンニバルを制圧した後、迅速かつ正確に敵艦隊に攻撃を仕掛け、地球艦隊の旗艦を葬って勝利をもたらしたのはコワルスキー大尉をはじめとする士官の皆さんです」
コワルスキー大尉は大きくうなづき、モーガン中尉は鋭い視線を俺に送り、キニスキー准尉は眼鏡の奥で微笑んでいた。
チャン准尉の表情は読めなかったがマードック准尉は『生意気な』という非難の視線を俺に送っていた。
「さらに敵の戦艦ハンニバルを制圧できたのも、ここにいるケイ・クラウチと……」
俺は視線を落として小柄なケイの澄んだ瞳を見つめた。
ケイは潤んだ瞳で俺を見つめ返した。
「勇猛果敢なダン・ゴディバのおかげです」
ダンは不機嫌そうな態度をとろうとして失敗し、顔を赤らめてうつむいた。
「そして、我々がハンニバルの内部で戦っている間、サン・ジャンヌ出身のユリ・アルビナはたった一人で敵の機甲歩兵部隊と戦っていました」
「よせよ、照れるだろ」
ユリはそう小さくつぶやいて微笑んだ。
「そもそも我々が生き残ることができたのは、スカイ・キリバス攻防戦で大活躍した射撃の名手ロン・イドリスと……」
俺は爽やかなスポーツマンのロンと、彼の死に涙した馬のしっぽ亭のウェイトレスを心の中で思い浮かべていた。
「我々を厳しく、そして深い愛情をもって指導してくれたサラ・ハサウェイ少尉のおかげです」
俺は背中にハサウェイ少尉のぬくもりを思い出し声が震えた。
不覚にも涙を流しそうになった。
少しの間言葉を続けることはできなかった。
「すばらしいのは作戦ではなくて、それを実行した皆さんです。俺なんか……」
そう、俺は敵がスカイ・キリバスを破壊することを予想するべきだった。
俺たち機甲歩兵の部隊がスカイ・キリバスを撤収するときに反物質製造工場を破壊するよう進言したのは他ならぬ俺自身だ。
敵が反対の立場に立たされたら、俺と同じことを考える奴がいることは当然予想するべきだった。
俺のミスで我が国の重要拠点を失ったようなものだ。
「大変すばらしい、謙虚なお言葉でした。皆さん、改めて盛大な拍手をお願いいたします」
話を湿っぽい方向にもっていく俺からマイクを下げた女性アナウンサーは明るい声で数千人の観衆に呼び掛けた。
嵐のような拍手と歓声が舞台上の俺たちを包み込んだ.
ケイは潤んだ瞳のまま俺に顔を近づけると、少し恥ずかしそうな表情で俺の耳元で、そっとつぶやいた。
「やっぱり、あなたは最高よ」
俺はケイの腰に手をまわし抱きしめようとしたが、数千人に見られていることに気づいて思いとどまった。
そして、とても重要なことに気が付いた。
軍隊は三年の年季奉公が終われば辞めるつもりだったが、恐らくこれで辞めることができないだろう。
しかし、ショートボブヘアで愛らしいケイの幸せそうな顔を見つめながら、俺は彼女と一緒にいられるならそれでもいいかなと考えて、彼女に精いっぱいの笑顔を送った。
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