・旅行の終わりとアンコパン 2/2
「……おっとっと」
「わぁぁっ?!」
それからまた加速させて、その勢いを使ってあたしの背中を押し込んだ。押されたあたしはロベールさんの背中にしがみつくしかなかった。
「な、何を勝手なことを……っ」
「う、うわ、うわわわ……」
勇者様はあたしたちに呆れた顔をしてまた正面を見すえた。
「これでいい」
ロベールさんの背中は温かかった。行きでくっついた時よりも幸せを感じた。胸とか押し当ててしまって恥ずかしくてたまらなかったけど、ずっとこうしていたかった。
「よくありませんよ……っ」
「はははっ、政治や権謀の手腕は卓越しているのに、女心がわからないとはな」
「貴方に言われたくはありませんっ」
「君よりは理解しているつもりだ」
昼が過ぎたらあちらの馬に乗り換える。その時は勇者様の背中にあたしからくっつこう。
素敵な男性二人のどちらにも甘えられるなんて、こんな贅沢をしてしまっていいのだろうか。
「やっておいてなんだが嫉妬してしまうな……」
「ならやらなければよかったことでしょう……っ」
勇者様の背中も恋しい。あっちの馬に飛び移って背中にしがみつきたい。
ああ、あたしって悪女だ……。
「そんなだらしない口元で言われてもな。コムギ、ロベールの顔をよく見てみろ、すごい顔だぞ」
「わっ、真っ赤!」
「み、見ないでいただきましょう……っ!」
ロベールさんは前を向いてしまった。恥ずかしさにこっちを向けなくなった横顔がかわいかった。あたしと勇者様は普段とは全然違うロベールさんの姿に笑顔を送り合った。
険しい坂がくれば離れて馬を降りなければならない。次は自分からくっつけるように勇気を持とう。
「しかし明日から仕事か。あっという間の休暇だったな」
それからしばらくすると、勇者様がぽつりとそうつぶやいた。
「私は帰り次第仕事に戻りますが?」
「無理をするな」
「あたしも帰ったらお店の掃除や片付けくらいはしたいかも……」
「君もだ」
楽しい休暇はこれで終わり。仕事に戻りたい気持ちと寂しさが両方胸にあった。日常に戻ればあたしたちはそれぞれの自分の仕事に夢中になってしまうのだろう。
「山はもう見たので、次は海に行くというのはどうでしょう」
「え……!?」
「新鮮なエービィやマ・イーカを楽しめますよ?」
「海、見たことないです! 行ってみたいです!」
一緒にいけるならどこでもいい。次も同じ部屋で寝泊まりしたい。その時はもうちょっと大人っぽいこともしてみたい。
「俺も海は遠目でしか見たことがない。行ってみたいな」
「では決まりですね。次は海の町で食い倒れるといたしましょう」
「約束ですよっ、約束! 絶対行きましょうね! さ……3人で……」
そろそろ坂が険しくなる頃だ。あたしはロベールさんの胴を両手で締め付けて、温かい感触を名残惜しんだ。
旅が終わる。あたしたちは日常に帰る。でも次の旅行の約束をしたからもう大丈夫。
「昼からは俺の番だからな」
「フッ、貴方の嫉妬の目ほど心地よいものはありませんよ」
「羨ましい……」
二人が喜ぶならなんでもしてあげたくなった。やがて馬を降りなければならない坂がやってくると、アンコパンを取り出した。
勇者様とロベールさんは馬のくつわを取りながら、あたしが焼いた甘いアンコパンを食べてくれた。
「はっ!? あまりの味わいに意識が飛んでいました……」
「大げさなやつだ」
「貴方はわからないのですか? 手軽に持ち運べて、気軽にアンコ入りのパンを食べられるこの発明の素晴らしさが!」
ただパンにアンコを入れただけです。ただそれだけなんだけど、思っていた以上にパンとアンコの組み合わせは最高だった。
「だそうだ。また焼いてやるといい。実際美味いよ」
「はいっ、また作ります!」
甘すぎる食べ物が苦手な勇者様も口に合ったのか全部食べてくれた。それを羨ましそうにのぞき見るロベールさんが面白かった。
それから坂を越えると馬の背に戻った。今度は自分からロベールさんの背中に身を預けて、嬉しそうにするから胸も積極的に押し付けた。あたしってやっぱり、悪女だった。
旅は順調。魔界の空には雨雲の姿はなく、これなら夕立に予定を狂わされることもないだろう。
森に入れば色とりどりの珍しい野鳥が見れる。平野に抜ければ彼方に広がる町や農村に想像の翼を膨らませられる。
あの時逃げ込んだ山小屋。生野菜が美味しいダイニング。勇者様の背中にくっついての後半の帰路。都が近付くにつれて寂しさがつのっていった。
かくしてあたしたちの旅行は終わった。お店の前で勇者様の白馬の背から降りると、かたしは驚きに目を広げた。あたしがいなくてもお店が変わりなく繁盛していた。
みんながどうしているのか気になって、二人へのお別れの言葉もそこそこに店へと駆け込んだ。
「あ、お姉さま!! お帰りなさいなのです!!」
「早いじゃん。もっとゆっくり帰ってきてよかったのにさー」
ソフィーちゃんとリスティスちゃんが目を大きく広げた嬉しそうな笑顔で迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、お姉様」
「お帰りニャー!」
パン工房からアムリスちゃんとお手伝いのネコヒトさんとイヌヒトさんが姿を現して大歓迎してくれた。
「やれやれ、やっと帰ってきやがった。どうだ、旅は楽しめたか?」
エプロン姿のガルムレック親分さんの姿がちょっと面白かった。恥ずかしがりのローパーさんも窓の隙間から目だけを出してあたしのことを見ていた。
「うんっ、最高だった! お土産もいっぱい買ってきたよ!」
「そりゃよかった」
まさかアムリスちゃんと親分さんまでお店を手伝ってくれていただなんて感激だ。その親分さんにいたっては、アムリスちゃんが無理をしないように今も気にかけてくれている。
常連客の人たちもあたしの帰りを喜んでくれて、みんなが口々に「おかえり」の言葉をくれた。そしたら――
「なんで泣くし」
「だ、だってぇぇ……」
急に嬉し涙がこみ上げてきた。幸せな旅行が終わってしまったのは残念だけど、今日からまたここでパンが焼ける。あたしはみんなから必要とされていた。
「ふ、ふぇ……お姉さま……」
「アンタまでつられなくていいから。意味わかんないし」
涙を浮かべてくれるソフィーちゃんとみんなに、あたしはなんの変哲もない挨拶を返した。
「ただいま!!」
さあパンを焼こう。美味しいパンを焼いて、迎えてくれたみんなに気持ちをお返ししよう。
あたしは荷物を抱えたままパン工房に飛び込んで、お仕事漬けの幸せな生活に帰った。




