・宿泊二日目、夜、何も起きないはずもなく
そのまま朝までぐっすりのつもりが急に目が覚めた。たぶんライスジュースを飲んだせいだと思う。なんだか癖になる味で、結局コップ3杯も飲んでしまっていた。
左右のお布団に目を送るとどちらも綺麗に整えられたままだった。二人がそこに寝ていないということは、まだそこまで時間は経っていない。
寝室を見回すと居間に続く戸から光が漏れていることに気付いた。よく耳を澄ましてみると、ボソボソとした声が微かにあたしの耳に届いた。
二人が起きていてくれて嬉しかった。あたしはお布団を出て、光差す戸へと近付いた。
「好きです。誰よりも愛しています」
「俺もだよ、ロベール」
そしたら眠気が吹っ飛んだ!
「貴方がこの気持ちに気付かせてくれたおかげです」
「相手が君だからこそだよ」
えっ? えっえっ、えーーっ!?
ロベールさんと勇者様が……えぇぇーっ!?
「おっと……」
「大丈夫か?」
「すみません……楽しくてつい飲み過ぎてしまったようです……」
「しょうがないな、布団まで運んでやる」
あ、こっちにくる!?
「いえ、まだ眠くはありませんのでそこのソファーまでで結構です」
「今夜の君はかわいげがあるな。あの鋭い目付きで政務をこなす宰相ロベールとは思えない」
「弱い私を見せられるくらい、貴方のことを信頼しているのですよ、勇者キュルクレイン」
おぼつかない足取りのロベールさんを勇者様がソファーに運ぶ足音がした。こっちにこなくてホッとした一方で、なんか寝室から出るに出れなくなっていた。
というか二人はどういう関係……!?
「ほら水だ」
「すみませんが飲ませていただけますか?」
「世話の焼ける男だな」
「貴方の前では見栄を張らなくてもいいですからね」
ロベールさんに弱い自分を見せてもらえるなんてずるい。あたしだってもっと頼ってもらいたい。
あたしは勇者様に嫉妬した。あたしよりロベールさんと仲が良くて羨ましかった。
「権力者は大変だ」
「ええ、貴方が羨ましい……」
「いいだろう? 俺はもう夜会に出席したり、勇者の立場や威厳を気にして言葉を選んだりしなくてもいいんだ」
「羨ましい……。私も宰相を辞めてしまいましょうか……」
「はは、辞めたいなら辞めたらいい。俺は止めない」
何言ってるの、勇者様!?
ロベールさんが宰相を止めちゃったらみんなが困るよ!
「ありがとう、貴方は最高の友人です。いっそ私のお母さんになってもらいたいほどです」
「なるわけがないだろう……。俺たちはライバル関係なんだぞ」
どういう意味だろう。強さを張り合うライバル関係という意味だろうか。無性に気になってたまらないのであたしは戸に聞き耳を立てた。
「相手が貴方ならばコムギさんを奪われてもかまいません」
へ……!?
「戦う前に白旗か? 俺が思うに君の方がリードしている。コムギは君に全面の信頼を寄せているよ」
さっきは男同士で好き好き言い合ってたのに、話がおかしな方向にこじれ始めた。
「ではコムギさんは私がいただきましょう」
い、いただくっ!?
「急に手のひらを返すな。君には渡さない、コムギは俺のものだ」
俺のものっ!?
「おっと、そのセリフはなかなかイラッとしますね。貴方には渡しませんよ、彼女は私の伴侶になるべき人です!」
伴侶……!?
えっえっ、もしかしてこのやり取りって、二人があたしのことを……取り合っている、の……?
「声が大きいぞ、聞かれていたらどうする」
ごめんなさい、聞いています!
「フ……ッ、この会話をもし彼女が聞いていたら、我々の協定が破綻します」
「ならこの話はここまでだな。眠れないなら一風呂――」
盗み聞きを気付かれてはいけない。だけどあたしはしくじった。あまりに気になる会話に体重を預けすぎて、戸から大きな音を立ててしまった。
あたしは逃げた。お布団の中に逃げた。静かになった向こう側に聞き耳を立てながら、狸寝入りと決め込んだ。
戸が開かれてまぶしい向こう側の光が差し込んだ。二人は何も言わずに寝室に入ってきた。胸で感じられるほどに心臓の鼓動が加速していった。
「寝たふりだな」
小心者のあたしは勇者様の言葉に小さく震えてしまった。
「ええ、どうやら聞かれてしまったようですね」
「聞かれた以上は仕方がない」
ひぃっ、な、何っ!?
これから何をされるのあたしっ!?
二人はあたしの左右に立って、それからしゃがみ込んだ。
「寝たふりなのはわかっている。起きてくれ」
「起きて下さい、大切な話があります」
「起きないとくすぐるぞ」
勇者様の脅しにあたしは飛び起きた。
「そ、それは止めて……っ!!」
たぬき寝入りを見破られて恥ずかしい。二人はあたしを左右から囲んでやさしく笑っていた。
「おはようございます」
「お、おはよう……」
「さて、どうしてくれましょうかね……」
「ひぅ……っ!?」
あたしは聞いてしまった。二人の内緒話を。友達同士で一人の女の子を取り合うことになってしまった事情を。
「何か言い残すことはあるか?」
「ええっ、何されちゃうんです、あたしっ!?」
「このまま眠れるとは思わないことです」
勇者様とロベールさんはライバルを意識し合いながらあたしの横顔を見ている。
左側はクールでカッコイイロベールさん。右側はブロンドのたくましい貴公子の勇者様。あたしはそのどっちも好き。どっちも好きだけど、今はすごく居たたまれない……。
「コムギさん、私たちは貴方に好意を寄せています。出来ることならば恋人関係となり、もっとイチャイチャしたい願望を持っております」
「イ、イチャイチャ……!?」
「俺たちは君のことが大好きだ。君の人となりを知るにつれて日に日に惹かれていった」
「わ、わぁぁ……!?」
あたしも好き。勇者様もロベールさんもどっちも大好き。もうちょっとだけ大胆にイチャイチャしてみたい。怖いからいっぱいはいらない。
「ロベール、いいな?」
「はい、こうなってしまっては確かめずにはいられません。例の協定はこれにて破棄といたしましょう」
あたしはうつむいて言葉を待った。胸の鼓動が激しくなっていて、今どうすればいいのかわからなかった。
「コムギ、君は俺たちのことをどう思っている?」
「私とクレイン、どちらが貴女の好みでしょう?」
「そ、それは……」
左を見て、右を見て、胸に手を当ててあたしは自分に問いかけた。どっちが好き?
「貴女が片方を選べば、もう片方は潔く手を引く約定になっています。遠慮なさらず正直におっしゃられて下さい」
「君がロベールを選ぼうとも俺たちの友情は変わらない。安心してくれ」
どうしよう。やっぱりあたし、どっちも好きだ……。
どっちもカッコイイ。どっちもやさしい。どっちも楽しい。どっちとも距離なんて取りたくない。どっちともイチャイチャしたい!!
二人は根気強く待ってくれた。あたしがすごく悩むものだから、不安そうな顔をときおり見せるけれど、急かしたりなんてしなかった。
「あ、あのー……」
「どうされましたか?」
「まさか、他に好きな男が……?」
「いませんっ、ロベールさんと勇者様ほど素敵な男の人なんていませんよっ!?」
あたしの返事に二人の顔が目に見えて明るくなって、勇気が出たのかこちらに身を寄せてきた。男同士に視線が重なる位置からあたしの正面に移動して、熱心な目で続きの言葉を待ってくれた。
「あの、申し訳ないんですけど……」
残念な返答を想像してしまったのか、そんな二人の表情が憂鬱にかげった。
「あっ、違うんですっ、そんな顔しないで下さい……っ!」
すごく言いにくい。でも言わないとダメだ。これ以上、大好きな二人を不安にさせるくらいなら、正直に伝えなきゃいけない。
あたしは左右の手を出して、右と左で大好きな相手の手をどっちも取って、人として問題ありの正直な答えを伝えた。
「す、好きです……」
両方の視線を交互に受け止めて、あたしは告白に対する自分の気持ちを伝えた。
深くあきれられると思っていたけど、二人とも『好き』という言葉に『好き』という答えが返ってきて嬉しそうに手を握り返してくれた。
「待ってくれ、これは……まさか……」
「それは『私とクレインのどちらも好き』という意味ですか?」
「だ、だって……っ、だって……っ、選べるわけありませんよぉーっっ!!?」
あたしは叫んだ。失望されることになろうとも、心の叫びを上げた。
「イーモヨウカンとクリームアンミツ!! ロベールさんはどっちか一つを選べますかーっ!!?」
「いやどういうたとえだ……」
「……いえ、しっくりとくるたとえです。それは選べるわけがありませんね」
「ほらぁーっ!?」
あたしとロベールさんは勇者様に注目した。ロベールさんは二択から選べるわけがないあたしの事情を理解してくれた。
「なんなんだ、この流れは……」
「フ……光栄なこととは思いませんか? 我々は彼女のイーモヨウカンでありクリームアンミツなのですよ?」
「ごめんなさい……あたし、どっちも大好きです……。勇者様もロベールさんもどっちも大好きですっっ!!」
気持ちを伝えると戸惑い気味の勇者様が嬉しそうに口元をやわらげた。誇らしそうにあたしを見て、ロベールさんを見た。
「私が認める最高の男、勇者キュルクレインと私は同列なのです。なんて光栄な言葉でしょう」
「あ、愛が多くてごめんなさい……っっ」
「いや……君が誠実な女性であることは俺たちもわかっている……。ただ、返答が、予想の斜め上で……」
「いえ私は納得ですよ。これは彼女だからこその答えなのではありませんか?」
「どういう意味だ?」
「コムギさんは地位や財力、将来性で人を見る人種とは対極に位置する人です。だから選べなかったのではないでしょうか」
そ、そうなのかな……?
そういう部分もないこともないかのかな……?
だってあたしがもうちょっとお金や権力が好きだったら、ロベールさんの方を選んでいたのかもしれないし……。
「す、好きです……。ロベールさん、好き……。勇者様、好き……。それ以外の基準、あたしにはないですっ!」
言葉で説明し切れないあたしは勇気を出した。しゃがんだ姿勢から膝を立てて、二人に先制攻撃をしかけた。
「なっ?!」
もっと気持ちをわかりやすく伝えるために、ロベールさんの頬に不意打ちのキスをした。嫉妬と驚きに声を上げた勇者様にも平等に、あたしは頬へのキスをあげた。
「なっ、なああああーっっ?!!」
勇者様が驚きの声を上げた。
「これがあたしの気持ちですっ!! 好き好き好き好き大好きっ、勇者様もロベールさんもどっちも好き!!」
「素晴らしい……貴女はやはり最高の女性です」
気持ちを伝えたらスッキリした。好きって気持ちがさらに膨らんで、今度は二人の反対側の頬へと同じことをした。
「思いもしない流れだが、悪くないかもしれない……」
「ええ、これで私たちの友人関係が壊れることもありません。光栄ですよ、貴方と同列だなんて」
あたしたちはこの晩、恋人となった。どっちも好きだと伝えて、どっちからも愛されるずるい関係になった。
ごめんなさい。申し訳ないです。どっちも好きです。どっちからも愛されたいです。世間様から後ろ指を指されようとも、実際問題どっちも好きです……。




