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・パンの聖女、魔王のためにパンを焼く

「あれはミノタウロス族さんです」


「お、おっきい……」


「おっきいですけど、やさしい人が多いのですよ~」


「あ、よく見たら目がかわいい」


 白いミノタウロス、黒いミノタウロス。牛の頭を持つ大きな人が廊下を窮屈そうに歩いている。


「あそこの人は魔人族さんです。宰相さまも魔人族さんなのですよ~」


「やっぱりルーベル――ロベールさんって、人間じゃなかったんだ……」


「人間なのですよー」


「え?」


「ソフィーも魔人族です。魔人族は、人間と魔界の人たちの愛の子なのです。お師匠さまが言っていました」


 よくわからなかった。ソフィーちゃんもあまり理解しているようには見えなかったから、詳しく聞くのは止めておこう。

 エントランスホールに着くと、ソフィーちゃんは自慢するようにくるりと回った。


 こんなに広くて立派なエントランスホールはあたしの国にもなかった。ぐるりと囲むように踊り場がエントランスホールを包んでいて、なんだかよくわからないけど立派な物がたくさん飾られていた。


 たとえば、頭だけで吹き抜けの上下を横断するドラゴンの頭骨だとか……。


「しゅごいですよねっ! 前の魔王のサマエルさまが、やっつけたと聞いたのですっ!」


「ええええーっっ、こんなに大きいのをやっつけたの!?」


 あれ、サマエルって、どこかで聞いたような……。


「城下に出ればお菓子屋さんもあるですよ! お煎餅にぽんぽん菓子! お団子も売ってるです、けど……」


「おせんべい? ぽんぽん……?」


「勝手にお外案内したらきっと怒られるのです……」


「えーっ、気になる! あたしそのお菓子食べたことない!」


 ぽんぽん。どことなくふんわりしていて美味しそう!


「あ、わかったのです! ソフィーが一人で買ってきますので! お姉ちゃんさまは待ってて下さい!」


「え、それはちょっと申し訳ないよ!? わぁっ!?」


 ソフィーちゃんが大きなドラゴンの骨を不思議な力で浮かばせた。そしてそれにちょこんと飛び乗ると、あたしの返事も聞かずにエントランスの外へと風よりも速く飛び抜けていった。


「ソフィーちゃん、はやーい……」


 エントランスホールの端っこにベンチがあったので、あたしはそこに腰掛けてソフィーちゃんを待つことにした。

 大きな猫さんみたいな種族、絵本で見たクジラみたいな種族、生きてる岩みたいな種族。魔界では色んな種族が生きていた。


「ただいまなのですっ!」


「は、速っ! もう買ってきたの!?」


「はいなのですっ、ポンポン菓子は安い速い甘いの庶民の味方なのですっ!」


 ポンポン菓子というのをソフィーちゃんからもらった。それは白くて小さくて軽い粒で、口に入れてみるとほんのり甘くて舌の上で溶ける。


「何これ美味しい!」


「上級者はこうやって食べるのですよー!」


 1粒1粒食べていたあたしの前で、ソフィーちゃんは袋から口にまとめて流し込んだ。


「ぜ、贅沢……!」


「もっちゃもっちゃ……むふふぅ~、あまーいのです♪」


 あたしもまねをして、口にザザザーッと流し込んだ。すると――


「貴女は見張りも付けずに何をやっているのですか!」


「ブゥゥゥーッッ?!!」


 あたしたちは突然現れたロベールさんの顔面にポンポン菓子を吹き出していた。


「ギャァァーッッ、ごめんなさい宰相さまぁぁーっっ?!!」


「ごめんなさいっ、突然現れるからビックリしちゃって……っ」


 ロベールさんは怒らなかった。いつものようにハンカチを取り出して、無言で顔や上着に付いた白い粒を拭っていった。


「よもや見張りを付けた結果、ぽんぽん菓子を顔に吹き付けられることになろうとは、予想だにしませんでした」


「うぅぅぅ……また失敗しちゃったのです……」


「……いえ、些細な、ことです」


「少し怒っているです……」


「いいえ、怒っていません。怒っていませんとも」


 これをやられて怒らない方がおかしいと思う。

 あたしはそんなロベールさんの服からポンポン菓子を払ってごめんなさいをした。


「いえ、彼女に無理を言った私が悪いのです。魔女ソフィー、コムギさんの見張りをありがとうございます。城の案内は上層までと、言ってはずではありますが……」


「だって、お姉ちゃんさまが不安そうだったから……」


「そうだったのですか。なら仕方ありませんね」


 ロベールさんはソフィーちゃんにやさしく微笑んだ。顔にお菓子をぶっかけられたのに、これだけやさしく笑えるってすごいことだ。


「……ああ、それはそうとコムギさん」


「ん、なんですかー?」


「至急、魔王様にパンを焼いていただけませんか?」


「え、いいですけど……。でも材料と道具が……」


「それは問題ありません、貴女ごと持ってきましたので」


「ええーーっっ?!」


 そういえばあたしが寝かされていた馬車、小麦粉の袋とかがあったような。ロベールさん、さすがだ。


「魔王様は日に日に弱り、このまま衰弱が続けば危ない状態なのです」


「え、そうだったんですか……?」


 ロベールさんは悲しそうだった。公爵様に高慢と言われた強い声が、小さくしぼんでいた。


「魔王様は死ぬ前にパンを食べたいとおっしゃられておられる。なんという偶然でしょう……貴女を浚ったのは、感情任せの行動だったというのに……」


 よっぽどその魔王様を慕っているのか、ロベールさんの表情が曇った。少し淡々としているところがあるけど、思いやりのある人だと思う。


「わかりましたっ、パン屋見習いのあたしでよかったらっ、美味しいパンを作らせてもらいますっ!」


「ありがとうございます。魔王様はその昔、貴女の国の東部でお生まれになられたのです。材料は用意してあります、さあお早く!」


 ロベールさんに手を引かれて厨房に案内された。ソフィーちゃんもパンや魔王様が気になるのか付いてきてくれた。

 でも今の魔王があたしの国の生まれだなんて初耳だ。どういうことなんだろう。


「あれ……? これって、あたしが使ってた石臼……?」


「はい、完璧を求めて全て手配いたしました」


「わぁ……となるとこっちは……わっ、小麦粉じゃなくて小麦だ!」


「キュルクレインから聞いています。貴女は製粉の女神でもあると」


「め、女神だなんて、そんな……」


 でもその石臼を見ていたら粉挽きの血が沸いてきた。石臼に小麦を煎れて、グルグルゴリゴリと回した。


 そこから真っ白な小麦粉が生まれるとロベールさんは驚いた。小麦を知らないソフィーちゃんは不思議そうに見るばかりだ。


「なるほど、パン同様に無自覚に聖女の力を使っておられるのですね」


「あ、あたしにはよくわからないですけど……」


「しゅ、しゅごい……っ、コムギお姉ちゃんさまは、天才なのです……」


「へへへー、次はパン酵母を足してこれをこねるよーっ!」


 厨房の台の上でパンをこねた。

 大きな台がないと大変なんだけど、たまたまそういう設備があって助かった。

 材料は小麦粉、酵母、塩、水。シンプルだけど結構大変な力仕事だ。


「お餅みたいなのです」


「女性とは思えない手並みです。キュルクレインが言っていましたが、力仕事にかけては貴女は男性顔負けですね」


「あ、あのっ、一応褒めてるつもりなのですよ……っ」


 ロベールさんはちょっと天然だ。それにあたしは農家の娘だし、パワーがあることを誇りにしているから気にしない。


「ちょっ、ダーメッ、お腹壊すよ!?」


 魔界の人たちって食いしん坊なのかな。二人は隙を突いてパン生地をちょろまかそうとした。


「勘もいいですね」


「美味しそう……生じゃダメですかー……?」


「パン生地は生じゃ食べれないよ!?」


 あたしはそんな中、がっつりとバケット16本分の生地を用意した。


 ここのオーブン、お城の物だけあってすごく大きいみたいだから。


「後はちょっと寝かせます。普通は4~5時間寝かすんだけど、あたしがやると1時間くらいでいいんだって」


「素晴らしい。それもまた聖女の力のたまものでしょう」


 1時間ほど休憩した。ロベールさんは魔王様の様子を見に行き、あたしはソフィーちゃんに自分の国の話をしてあげた。

 歳は離れてるけどあたしも子供っぽいから、話せば話すほどにソフィーちゃんと仲良くなれた気がした。


 それから時間がくるとオーブンにバケットを入れて、火加減を確認しながらパンを焼いた。

 お店のパン焼き窯とは勝手が違うので、焦がさないようにするだけで精一杯だった。


 香ばしい匂いが広がっていった。じっくりと1時間をかけてパンを焼き上げた。


「じゃーんっっ、熱々の普通のバゲットの完成っっ!!」


「素晴らしい、過去最高の仕上がりです」


「わぁぁーっっ、ずるいのですよっ、宰相さまあーっっ?!」


 我慢できなかったのかな……。

 ロベールさんはおもむろにバケット1本食いを始めた。

 冷えて硬くなる前の熱々のバケットを、信じられないペースで削るように食べていった。


「これは……これは素晴らしい……。急ぎ魔王様にお届けしましょう!」


「食べながら言われても何言ってるかわからないですよーっ!?」


 ロベールさんはミルクを用意していた。器に入れたそれとバゲットを配膳台に乗せて、魔王様の寝室へとあたしたちは香ばしい匂いを立てながら進んだ。


 魔王。世界の敵。あの大きな黒曜石の玉座に座る人。どんな怪物が待っているのかと、あたしは身構えた。

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