・押し入れ籠城戦
九頭竜の間に戻るとテーブルにお茶菓子の箱がドンと4段重ねで置かれていた。ラインナップは煎餅、饅頭、お団子、チョコレート。こんな豪快な買い物をする人なんてロベールさんの他にいなかった。
つまり二人は一度ここに帰ってきた。だけどあたしが長湯でなかなか帰ってこないから、退屈してどこかに行ってしまったのかもしれない。
「はぁ……いなくてよかった……」
急にあたしの様子がおかしくなったら心配させてしまう。なんでもない振りをしないと、この旅が台無しになってしまうかもしれない。
お風呂上がりに美味しいお水を飲みながら、あたしはゴマのお煎餅をつまみながら考えた。自分がどっちが好きで、これからどうすればいいのかを。
「うぅぅぅ~~……ど、どうしよう……」
お水とお煎餅がどんどんお腹に消えていった。でも食べても食べても結論は出なかった。
「ねぇあたし、あたしはどっちが好き……? ロベールさん? 勇者様? どっちがどれくらい好き……?」
胸に手を当てて自分に問いかけた。自分の問いかけにあたしは答えた。
「えと、ロベールさんを100とすると……勇者様は――う、ううーっ!! どっちも100に決まってるよぉーっ、どっちもカッコイイしやさしいし信頼してるもん!!」
そもそもあたしは二人に女性として見てもらえているのだろうか。温泉旅行に誘ってくれたのは、友達として親睦を重ねるためかもしれない。
自分で言うのもなんだけどあたしって成熟した女性とは言えないし、妹感覚でかまってくれているだけという可能性もある……。
「あたしはどっちも好き。うん、これはもうしょうがない気がするし、割り切るしかなさそう……。それはそうとして……」
あたしは二人を男の人として好きだとしても、二人があたしのことを女の人として好きとは限らない。
でもこれまでのやり取りを振り返ると、結構期待しちゃってもいいのかな……?
「うぅぅぅぅ~……」
今夜もここの寝室で3人で寝るのだろうか。
山小屋で肩をくっつけて暖を取ったあの時のことが、今さらすごく恥ずかしいことに感じられてきた。
「ぴぇっっ?!!」
考えていたら部屋の戸が鳴ってロベールさんと勇者様の声がした。あたしは寝室に逃げ込んだ。お布団が片付いていたからあたしは奥の戸を開いて、お布団をしまうところに潜り込んだ。
「な、なんだこの菓子の山は……っっ」
「3人で食べるには少なかったでしょうかね……」
「やっぱり君の仕業か! 逆だ逆っ、多すぎる!」
「それよりもクレイン、コムギさんが寝室に逃げ込んだことに気付かれましたか?」
たたまれたお布団と天井の間にはさまりながら、あたしはロベールさんの指摘にビクッと震えた。
「寝室に……? なぜ?」
「隠れるのは隠れる必要があるからでしょう。……コムギさん?」
足音がして二人が寝室にやってきた。あたしは真っ暗な収納の中で息を潜めて胸をドキドキさせた。
収納の戸がノックされた。
「誰かいらっしゃいますか?」
いるけどいません。あたしは自分の口をふさいでやり過ごそうとした。
「いないようです、他を探しましょうか」
「そ、そうか……。俺の目には戸から何かがはみ出ているように見えるが……気のせいか」
「気のせいでしょう。戸から女性の長い髪の毛がはみ出している温泉宿があっても、いいと思いますよ、私は」
バ、バレてるぅぅ……っっ!!!
こうなってしまったら観念するしかない。あたしは心拍の上がった胸を抱えて、戸の向こう側の二人に声を上げた。
「ど、どうも……隠れてまーす……」
「これは驚きました。居ないと思ったらそんなところに隠れておられましたか」
「君も付き合いがいいな。コムギ、そんなところで何をしているんだ?」
「か、隠れてるんですぅぅーっっ!!」
居るのは認めるけどここを開けるとは言っていない。あたしは戸に手をかけてロックした。
「フ……貴女はいつだって私の予想を裏切ってくれますね」
「何がどうしてそんなところに引きこもってるんだ……? むっ!?」
勇者様が戸を開けようとした。あたしは手をかけてそれを断固として防いだ。
「ダ、ダメですっ、今開けちゃダメですっ!!」
今開けられたら二人に顔を見られてしまう。絶対変な顔をしてしまう。真っ赤っかになって、好きだってバレちゃうかもしれない……!
「なぜ開けたらダメなんだ?」
「フ、フフフ……フフフフ……ッ」
「君も何を笑っているんだ、ロベール……」
「さあ、自分でもよくわかりません。彼女は私の予想を裏切る天才ですよ。フ……ハハハッ……」
ロベールさんはここを開ける気なんてなさそうだ。あたしはホッとして戸から手を離した。
「フッ、隙ありですっっ!!」
「キャァァァーッッ?!!」
でもそれはロベールさんの作戦だった。あたしを守ってくれる盾、収納の戸がすごい勢いで開け放たれた。
それによりあたしは二人の顔を見てしまった。ロベールさんは色白で優雅で美しくて、勇者様は凛々しくてたくましかった。
「固まっているようだが……?」
「フ、フフフッ、そのようですね、フフフ……ッ」
「笑いすぎだロベール。まあ、面白い状況ではあるか」
あたしは二人が何を喋っているのかもわからなかった。ロベールさんと勇者様に目を奪われて、全身が発熱していた。
「真っ赤になっていますね」
「いったいどうしたんだ、コムギ?」
「まあいいではないですか。まるで小さな女の子みたいでかわいいとは思われませんか?」
「それは確かにそうだ。……親戚の女の子とかくれんぼうをした時のことを、思い出してしまうな……」
恥ずかしい。恥ずかしくて何もわからない。二人の顔を見れない。視線が自分に集まっているだけで心臓が暴れて苦しい。
「さぞ面倒見のいい若者だったのでしょうね、貴方は」
「君には負けるよ」
「さて……。事情はわかりませんが、私たちはあちらで朝おやつにします。落ち着いたらそこから出てきて下さいね」
「まるで猫だ……」
二人は何かを言って寝室から出ていってくれた。あたしは収納の奥に引きこもって、意外と居心地のいい闇の世界で丸まって、気持ちを落ち着かせることにした。
暴走する感情をどうにかできたのは、お布団のやわらかさに意識が落ちてまた目覚めた後のことだった。
でもこれでハッキリした。やっぱりあたしはどっちも好き。顔を直視できなくなるくらい、どっちも大好き。
勇気を出して収納から出て、居間に通じる戸を開いて、あたしは二人に謝罪した。
「ごめんなさい……。あたし、急に恥ずかしくなっちゃって……」
「なら仕方ないな」
「それでどうしますか? 今日は収納に引きこもって暮らしますか?」
「い、行きますっ、お出かけしたいです、あたしっ!」
寝たらだいぶ落ち着いた。二人の顔を見るとまた変な感じになるけど、直視しなければ大丈夫。
「小腹が空いてきたところです、では参りましょう」
「菓子の箱を2つも開けて言うセリフがそれか……?」
「す、すごーい……」
「昨日から楽しくて食欲が止まるところを知らないのです」
あたしたちはユカタ姿のままで部屋を出て、エントランスから宿の外に出た。旅行先の町をブラブラすればその時点でそれは観光。温泉郷と呼ばれる独特の楽しい街をあたしたちは歩いて回った。




