・男二人女一人の就寝
その後あたしたちは娯楽室に行った。娯楽室にはチェスやリバーシといった盤を使うゲームや、静かに語り合えるソファー席、立派な本棚、子供でも遊べるドボガン、大人っぽいダーツボード、運動したい人向けのサンドバッグや腹筋台まで、遊び道具がこれでもかと完備していた。
あ、トボガンっていうのは、小さなガラス玉を上から下へとコロコロ転がすオモチャのことだ。こんなに大きくて複雑ではなかったけど、あたしも小さい頃にこういうので遊んだことがあった。
「長らく子供の遊びと思っておりましたが、ここまで大がかりだとなかなか侮れませんね」
「大人でも楽しいですよーっ、だって不思議ですもん!」
同じ宿に泊まっていた小さな女の子とトボガンで遊んだ。一斉にガラス玉を上から転がして、先に下まで降りてこれた方が勝ち。誰でもできるシンプルさがよかった。
「負けちゃったー。じゃあ約束のお菓子あげるっ、パパママには内緒だよー?」
「やったーっ、もう一回しよ、おねえちゃん!」
あたしが負けたらソフトお煎餅を女の子にあげる。女の子が負けたら女の子はあたしに抱き締められる。どっちに転んでも美味しいルールだった。
「ぐ、ぐぬ……っ、やりますな、若いの……」
「いえご老体もなかなかのものです。……ソフト煎餅1枚でリベンジに応じますが、どういたします?」
「おおっ、もう一勝負だ、若いの!」
「喜んで」
どんな遊技盤でもロベールさんは無敗だった。娯楽室で余暇を過ごす人たちからお煎餅を搾り取っていた。
「ふっ、ふっ、はっ、ふっ……! こんな充実したトレーニングルームがあるとは……っ、ふぅっ、助かる!」
勇者様は腹筋台でハァハァ言っている。ユカタと髪を乱していい汗をかいていた。
「クレイン、そろそろこちらで私とワンゲームどうですか?」
「俺が知恵で君に勝てるわけがないだろう」
「手加減して差し上げますよ」
「そんな勝負に勝ってどうするんだ。それよりこの宿はいいな、トレーニングをして、温泉に直行して、またトレーニングが出来るじゃないか!」
観光旅行先でトレーニングざんまい。なんか間違っているような気がするんだけど、勇者様は楽しそうなキラキラとした笑顔でそう言っていた。
トレーニングコーナーで鍛えているのは勇者様だけだ。娯楽室の人たちは気になるのか、特に女の人たちがチラチラと勇者様をのぞき見ていた。
「クレイン、浴衣がはだけていて見苦しいです、ちゃんとしなさい」
「おっと……助かったよ、ロベール」
勇者様がユカタを整えるとガッカリしたような声が響いた。
「またね、おねえちゃん」
「うんっ、またねーっ!」
女の子のお父さんが迎えにくると、あたしはロベールさんとリバーシをした。勇者様はざっと一風呂浴びてくると言ってお風呂に行って、あっという間のカラスの行水で帰ってきた。
それから部屋に戻って眠ることにした。今日は早起きだった。通り雨に体力も奪われてしまっていたし、早めに休みたかった。
「あたし真ん中っ、真ん中でいいよねっ!?」
「ええ、そうして下さると私とクレインも助かります」
「えへへへへ……二人と一緒に寝れるなんて嬉しいです!」
お布団はあたしをやさしく包み込んでくれた。枕は少し硬く感じたけど、布団は清潔で肌触りがよくて気持ちよかった。
「あれ、寝ないんですか、二人とも?」
二人はお布団に入らなかった。なんか自分のお布団の前で立ち尽くして、視線を部屋のあちこちにさまよわせていた。
「早く入って下さいよっ、寝る前にお喋りしましょうよーっ!」
「果たして眠れるのだろうか……」
「それはわかりません。ですがコムギさんはお喋りをご所望です」
「無理だとは思うが試すだけ試してみるか……」
二人はあたしの左右のお布団に入った。あたしもわかる。ワクワクしてきて眠気が飛んでしまった。
「今日は大変な一日でした」
「ああ、特にあの雨だ」
「うんうんっ、まさか裸で山小屋にこもるなんて思いませんでしたっ!」
あたしも話に乗っかると二人が黙り込んでしまった。どうしたのかと思って勇者様の方を振り返ったら、勇者様は反対側を向いてしまった。ロベールさんも仰向けになって顔を背けてしまった。
「えーっ、なんですかこの間ーっ!?」
「別の話題にしましょう……」
「君はわかっていない、何もわかっていない……」
「わかりますよーっ、男女であんなことになるなんてすごかったですよね、あははっ!」
目をつぶると今でも思い出せる。ロベールさんの綺麗な鎖骨や、勇者様の無防備な白いお尻が。
あたしだって『良いもの見れたなぁ』って思った。きっと二人だって同じように思ったはずだ。
そう考えたら布団がポカポカと温かくなってきた。
「もっとこっちきて下さいよっ、なんか距離を感じますっ、喋りにくいです!」
「このくらいか?」
勇者様がこっちに振り返って身体半分近付いてきてくれた。
「クレインッ、なんのつもりです……っ!?」
「ロベールさんもこっちこっち! もっと仲良くしましょうよ!」
勇者様は素直だった。自分のお布団の端っこまできてくれた。
ロベールさんは恥ずかしがりだった。でも負けず嫌いだから勇者様がすることを見たら、迷い迷いにこっちにきてくれた。
「かんせーっ!! 手が届く距離に勇者様とロベールさん確保ーっ!!」
勇者様とロベールさんに手を差し出した。それからロベールさんと手を繋いで、勇者様とも繋いだ。二人は驚いたけど、あたしの手を両手で包んでくれた。
これであたしたちは完璧に仲良し。さあこれから眠くなるまでどんな話をしようかな。
「えーと……えと……あ、あれ……?」
なんだか胸がドキドキしてきた。
そんなあたしの手を二人はやさしく包んで温めてくれていた。あの山小屋でも二人はすごくやさしかった。
「どうかされましたか?」
「う、うん……なんか……無性に、ドキドキしてきた……」
「ド、ドキドキ……ッ!?」
「なるほど、そういうことですか」
なんでこんなにドキドキするのだろう。自分から手を伸ばしたのに、なぜだか恥ずかしくて引っ込めたくなってきた。
「なんでこんなにドキドキするんだろ……?」
「貴女も年頃の女性だったということです」
「ど、どゆこと……っ!?」
「一般論で申し上げて、この状況でドキドキしないなどあり得ません。私はともかく、キュルクレインは色男ですからね」
言われて勇者様の方を振り返ったら、勇者様は視線に驚いてあたしの手を締め付けた。
「君に言われると嫌味だな。君の方がよっぽど女性を惑わす美貌の貴公子様だろう」
確かにそうかも。あたしはロベールさんの綺麗な顔を確認した。ロベールさんは天井の向いてあたしから視線をそらした。
さっきより二人を近くに感じる。こっちにきてと言ったのはあたしだけど、なんかさらに落ち着かなくなってきた……。
「謙遜することはありません。先ほども遊戯室の女性の視線を釘付けにしていたでしょう?」
「そういう意図はない!」
「やれやれ、貴方も貴方で無自覚で困ります」
「どうしていちいちそういう言い方をするんだ、君はっ!」
あ、あれ、近くない……?
どんどん近付いてきてない……?
あたしのお布団を挟んだ位置から喋るのは遠かったから、二人は上半身をこちらに乗り出してきた。
今度はあたしの方が二人の顔を見れなくなった。熱くなった顔で天井を見上げて、じゃれ合う二人にはさまれた。どんな言い合いをしていたかなんて、全然頭に入ってこなかった。
「そうか、だが君より俺の方がコムギの魅力を理解している」
「それは聞き捨てなりませんね、クレイン」
というかあたしが混乱しているうちに二人の話はそれていた。
「こんなに心の綺麗な女性は他にいない。彼女のすることは全てが善意だ。地位や家柄しか見ない貴族社会の者たちとは、正反対の場所にいる人だ」
「ええ、その点は私も否定しません。ですが彼女の魅力は清らかさよりも明るさにあると私は思いますね」
「む……」
「心の綺麗な人などいくらでもいます。しかしコムギさんには、己の善意を実行に移せる心のエネルギーがあるのですよ」
「た、確かに……」
何、これ……?
え、助けて、くすぐったい……。
二人が左右からあたしのことを全肯定してきてすごく居心地が悪い……!
「私は常々思うのです。人の魅力、人の価値というのは、その者が持つ心のエネルギー量にあるのだと。彼女はどんな苦境にあっても負けませんでした」
「く……っ、確かにそうだ……認めよう……。あの日、俺は風車小屋に押し込められても笑顔を忘れないコムギを見て、なんて強い人なんだと尊敬の念を覚えた……」
「な、懐かしいですね、あはは……」
勇者様とロベールさんは意気投合した。さらに上半身を乗り出してきた。真ん中にはさまれたあたしについてもっと語るために。
「コムギが幸せになれてよかった」
「その節は申し訳ありません、ロベール。私は身勝手でした」
「その話はもう終わったはずだろう。君は正しいことをしたんだ」
「聞きましたか、コムギさん? この男はあれだけのことを私にされたというのに、私を無条件で許すというのです。こんな素晴らしい男は他にいませんよ」
ロベールさんって、勇者様のこと、好き過ぎない……?
「待ってくれ、俺は君の足下にも及ばない。コムギ、俺よりもロベールの方がいい男だ」
「は、はいぃぃ……?」
「この男には強引なまでの行動力がある。ヘソ曲がりではあるが人を受け止める包容力がある。君と同じ根っからのお節介だ、このロベールという男はな」
「お節介で悪かったですね」
勇者様もロベールさんのことが好き過ぎだった。
ドキドキの近距離であたしたちはその後もお喋りを続けた。勇者様とロベールさんは引っ込まなかった。まるで張り合うように顔をあたしの横顔に寄せ合って、たくさん語ってくれた。
ほとんどが昔話だった。ロベールさんは勇者様不在のこれまでのあたしの生活を勇者様に語り、勇者様は魔王様の外遊でロベールさん不在中のあたしの話をした。
だけどドキドキにも限界がある。だんだん慣れてきて、あの山小屋でもそうだったように眠気があたしを襲った。もっと起きていたかったけど無理だった。暖かい御布団に意識が奪われていった。
「眠ってしまったようだな……。君は眠れそうか?」
「無理に決まっているでしょう。惚れた女とライバルが同じ寝室にいるのですよ? 二重の意味で寝るに寝れませんよ……」
「少し悪ふざけが過ぎたな。……一風呂どうだろう、ロベール?」
「貴方が誘わなかったら私の方から誘っていましたよ。行きましょう、姫君の安眠を妨げぬよう、抜き足、差し足、忍び足で」
「眠っているとまるで別人のようだ……。時々彼女が本当の姫君であることを忘れる」
「ええ、やはりわかっていますね、貴方は。どうせ眠れないのです、入浴して、お酒でも入れて、ゆっくりと語らいましょう」
タン……と、静かに戸が閉じる音がした。




