・お茶菓子ハッピーハッピー
「まさか日が暮れる前に到着してしまうとは……驚きました」
「ここがユーガ・ハーラ温泉か。ん……あの廃墟はなんだ?」
「あっ、なんかすごいことになってますね……?」
あれがあたしたちが止まる宿屋さんなのかな。露天風呂付きの立派な建物の外れに、天井と壁がなくて柱だけになってる特徴的な建物があった。
「ああ、あれですか。先日少々トラブルがありまして」
「いや、どんなトラブルがあったらあんなことになるんだ……」
「大したことではありません。宿の者はむしろ、離れの間の立て替えができると喜んでおりましたので」
あたしわかっちゃった。わかったけどわざわざ言うことでもないし、黙っておくことにした。
だって、あんなことが出来る人、他にいないし……。
「さあこちらへ。ゲヘナ灼熱温泉と比べるとやや規模は小さいですが、こちらはヒューマンでも問題なく浸かれる湯温になっております」
宿の正門をくぐり、途中で馬を厩舎に預けて庭園を抜けて、建物の軒先まで歩いた。
そしたらあたしと勇者様は驚いた。サジタリウス=ハレーでは見かけない、すごくかわいい魔界の種族がお出迎えをしてくれたから。
「遠路遙々ようこそ、しろつめ邸へ。首を長くしてお待ちしておりました、ロベール宰相様」
それは狐の耳の生えた人たちだった。宿の人たちは魔界の伝統衣装であるキモノっていうかわいい服をまとって、腰と狐耳を折り曲げてあたしたちをお迎えした。
「いえ、先日はとんだご迷惑を」
「ご迷惑だなんてそんな……。建て替え工事がタダで出来るなんてラッキー――だなんて思っておりませんわ、ホホホ……」
離れを吹っ飛ばした犯人はやっぱりヨブお爺ちゃんだった。
「さ、お荷物をこちらへ。お部屋へご案内いたします」
荷物を預けてお部屋に案内してもらった。宿はいい匂いのする古い木造建築で、なんだか居るだけで気持ちがわくわくした。
「君が選ぶだけあって良い宿だ、探検しがいがある」
「子供みたいなことを言わないで下さい」
「しがいがありますっ!!」
「ほらみろ、これが正常な若者の反応だ」
「やれやれ……恥ずかしいことはしないで下さいよ」
こういう場所を旅館というそうだ。沢山の部屋があって、他のお客さんたちの姿も廊下にあって、なんだかみんなウキウキした顔をしていた。
最上階の大きな部屋の前であたしたちは止まった。どことなく高級感のある扉とランプが飾られていた。
「我が宿の最上級、九頭竜の間でございます。どうぞごゆるりとおくつろぎ下さいませ」
中はすごく立派だった。広いお部屋にお布団がしかれた寝室。庭付きのベランダまで付いていた。
「おかしいですね、クレイン」
「ん、何がだ?」
「寝室に布団が3つしかれています」
「ああ布団か。床で寝るだなんて変な文化だな」
「何を寝ぼけたことを。ほら、その目で、しっかりと見なさい」
連れて行かれる勇者様にくっついて、あたしも寝室の3つの布団をもう一度見に行った。
「は……っ、こ、これは……っ、どうなっている……っ!? お姉さんっ、これは困るっ!!」
「ええ、これはどういうことでしょう、女将?」
何が困るんだろう。みんなで一緒の寝室で寝たら、おしゃべりとか出来て最高だと思う。
「申し訳ございません、お客様。他の部屋は全て埋まってしまっておりまして」
「そ、そうなのか……?」
「嘘ですよ、見え見えの嘘です。どういうことですか女将」
狐耳の美人女将さんは穏やかに笑った。
「今は空いて置いておりますが、予約で埋まってしまっております。なにとぞご容赦を」
「あ、そういうことなんだ……! じゃあしょうがないねっ!」
別々の部屋で寝るなんて寂しいし、二人と寝る前のお喋りがしたい。予約が埋まっていてラッキーだった。
「どうしても部屋を空ける気はないと?」
「すみません、宰相様。お得意さまたってのご命令ですので」
「はぁ……っ、余計なことを……」
どこの誰かわからないけどありがとう、お得意さま。あたしは黒くてつやつやの不思議なイスに腰掛けて、テーブルに置かれていたお茶菓子とティーポットに注目した。
すると勇者様が右隣に座って、諦めた様子のロベールさんが左隣に座った。女将さんはポットからグリーンティーを入れると、ゆっくりとお辞儀をしてお部屋を出て行った。
「こちら、口の中でしゅわっと溶けるソフトな触感が特徴のソフト煎餅です。塩味ですのでお茶と一緒にどうぞ」
ソフト煎餅はグリーンティーとよくあった。パリパリとした食感が楽しくて、熱いお茶が旅で冷えた身体を温めてくれる。
「センベーか、センベーは好きだ。旅先でよくご馳走になる」
「貴方はよくご馳走になる人ですね。毒を盛られるとは考えないのですか?」
「食べる前に匂いを嗅ぐから大丈夫だ」
「……そうですか」
勇者様はグリンティーが苦手だ。苦そうに舌を出しながら、お煎餅をパリパリと食べた。ロベールさんは最初からもりもり食べていた。
「足りませんね、後ほど売店で5箱ほど補充してきましょう」
「で、これは?」
勇者様が緑色で丸いお茶菓子を指さした。
「ユーガ・ハラ名物、緑茶温泉饅頭です」
「つまりグリンティー味か……。青臭くて苦手だ……」
「いえそうおっしゃられず、さあどうぞ。あーん」
ロベールさんは勇者様の隣にいるとちょっと無邪気になる。やっぱりいい友達なんだなって思った。勇者様は食べてくれなかったけれど。
「やれやれ、ではクレインの口に饅頭を運ぶ栄誉はコムギさんに譲りましょう」
「なっ、何を勝手に……っ?!」
ロベールさんは緑茶温泉饅頭をぺろりと一口で食べてしまった。どっしりと甘いアンコが入っているのに、平然と甘味の嵐を堪能した。
あたしはロベールさんから栄誉を引き継いで、勇者様の口に緑のお饅頭を運んだ。
「どうぞっ、あーんっ♪」
「い、いいっ、グリンティーも饅頭もそんなに好みじゃない……っ!」
「恥ずかしがっているだけです、力ずくでも食べさせてやりなさい」
「ち、違……っ、うっっ?!!」
ロベールさんがいいって言うから強引に食べさせた。口に入れられた勇者様はすごく渋い顔をしたけど、思っていたほどではなかったのか、すぐにおとなしくモゴモゴと始めた。
どんな味なのか気になってあたしも食べてみた。それはお茶の葉の香りのする美味しいお饅頭だった。
「意外といける」
「うんっ、甘さ思ったよりひかえめで美味しいっ!」
あたしと勇者様は二つ目を食べた。もう自分の分は全部食べちゃったロベールさんが物欲しそうにこっちを見ていた。
「口を開けろ、ロベール」
「フッ、それで仕返しのつもりですか? あーんっ!」
勇者様が残り1つのお饅頭をロベールさんの口に運んだ。ロベールさんはお饅頭の前だと素直だった。
「俺は君ほど甘党じゃないんだ」
二人が仲良しならあたしは満足。あたしはロベールさんにはあげないで自分で食べた。
すごく恨めしそうな目で見られたような気がするけど、気付かない振りをした。
「後で10箱ほど買ってきましょう」
「そのうち病気になるぞ……」
楽しいお茶休憩だった。夕暮れまであたしたちはお喋りをした。
それから宿の人にユカタっていうこの辺りや魔界深部で着られる楽な服に着替えさせてもらって、夕食前の温泉に向かった。




