・秘密兵器、馬用キャロットバゲット
暖炉の火が暖かくていつの間にか眠ってしまっていた。目を開けると暖炉の炎が消えていて、暗い山小屋にあたしだけが寝そべっていた。
寂しい気持ちになったのもつかの間、山小屋の外から馬のいななきが聞こえてきた。
フックにかけていたあたしの服はすっかり乾いていた。こんなに早く乾くなんてちょっと不思議だ。
もしかしたらロベールさんが魔法で乾かしてくれたのだろうかと思いながら、あたしは着替えて真っ暗な山小屋を出た。
「おはよう」
「あっ、おはようございます、勇者様! まだ夕方になってないんですね……」
外はまだ明るかった。雨に濡れた草木が晴れた日差しを浴びて輝いていた。
「あの状況で眠れるとは大したものだ」
「えへへ……暖炉の火を見ていたら、眠くなっちゃったみたいです」
「ロベールが道を見に行っている。そろそろ戻るだろう」
勇者様は荷造りをしていた。服も乾いたし、暖炉で身体も暖まったし、予定通り今日中にユーガ温泉郷を目指すことにしたのだろう。
あたしは何を手伝おうかな。そう思っていたら、白馬のデルムードくんがあたしの肩を甘噛みした。
「こら、デルムード、コムギをかじったらダメだろう」
「お腹が空いてるのかも」
デルムードくんの首や耳の後ろをかいてあげると、かわいい声で喜んでくれた。
「そうか、お前はまだ魔界の草木に慣れていなかったな」
「すごく変な色してますもんね、あたしたちの世界から見て。ピンク色のキャベツとかっ!」
「そんなおかしな野菜まであるのか……」
「いいじゃないですか、美味しい上にかわいいですしっ」
「野菜にかわいさは必要ないと思うな」
勇者様がそう言いながらそっぽを向いた。するとそっぽの方から蹄の音が聞こえて、すぐにシャイアさんにまたがったロベールさんが現れた。
「ロベールさんっ、おはようございますっ!」
「え、ええ……。おはようございます……」
あたしが元気に挨拶したのに、ロベールさんは微妙な反応だった。馬の上で視線をそらして、赤い顔で空を見上げ始めた。
「道はどうだった?」
「問題ありません。あの山小屋といい、この辺りの管理をしていた者には謝礼をしなければならないでしょう」
「ああ、おかげでいい思いもできた」
「う……っ!? 女性の前で何をふしだらなことを言うのです……っ!」
ロベールさんはあたしより乙女かもしれない。色々思い出しちゃって動揺する姿がなんかかわいかった。こんなに恥ずかしがられると、こっちはすごく冷静になってしまった。
「あ、そうだっ、こんなこともあろうかとっ、秘密兵器を用意しておいたんですよっ!」
あたしはデルムードくんに繋がれていた革の赤いバッグをゴソゴソと漁って、こんな時のための秘密兵器を出した。
ちなみにこのバッグはこの旅のために新しく買った物だ。リスティスちゃんが『あんなリュックで男と旅行に行こうとかアンタバカでしょ!?』って言うから、買い物に付き合ってもらった背景があった。
麦藁のリュックのままだったら中のパンやお菓子は雨で全滅していた。リスティスちゃんが正しかった。
「ジャーンッッ、これこそお馬さん用キャロットバケットですっ!!」
「なんと……っ!」
あたしはキャロットバケットを掲げた。掲げるとお馬さんじゃなくてロベールさんが釣れかけてあたしはバケットを引っ込めた。
「ちょっ、ダメですよっ、馬用ですよぉーっ!?」
「いえ、馬が食べられるなら人も食べられるでしょう。シャイアがお腹を壊すといけません、毒味をいたしましょう」
「わぁぁぁーっっ?!」
ロベールさんは見事な手綱さばきでシャイアさんを動かすと、バケットに食らい付いてあたしから奪った。
「それが一国の宰相のすることか……」
「こ、これは……なんと美味な……っ!! 甘い物が好きな馬の気持ちをよく理解していますねっ、シャイア、貴女も食べなさい!!」
愛馬と一緒に馬用の食べ物を美味しそうに食べる宰相様がいてもあたしはいいと思う。少なくとも二人はすごく仲良しだった。
「あっ、デルムードくんも欲しそう! あげてもいいですか、勇者様?」
「いただこう。ソフィーが鑑定をしてくれた物なら問題ない」
「はいっ、ソフィーちゃんお墨付きの[馬用キャロットバケット]ですから!」
勇者様にも渡すと、勇者様はバゲットをちぎってデルムードくんの口に運んだ。デルムードくんは匂いを嗅いで、すぐに食べてくれた。
「その秘密兵器の効果は?」
「なんと[旅足加速:馬]です!」
「それは素晴らしいな。で、それを魔人族のロベールが食べるとどうなる?」
「わかりません! だって食べちゃうとは思わないですもん!」
話を聞いているはずなのにロベールさんは食べるのを止めなかった。ロベールさんが馬に変身しちゃったりして……。
「ごちそうさま。では行きましょうか」
「あ、はい……早いですね、いつもながら……」
「なんですか? そんなに私の顔を見て?」
「い、いえ、なんでもありませんよっ、なんでも!」
頭に馬の耳が生えてくるような様子はなかった。
「やはりお腹が空いていたみたいだ、デルムードも完食だ」
「よかったーっ、気に入ってくれ――わぁぁーっっ?!!」
勇者様は馬用バケットの最後のひとかけらを、あたしの顔を見ながら自分の口に運んだ。
「はっはっはっ、君は本当に元気だな」
「何勇者様まで食べてるんですかぁーっっ!?」
ロベールさんは声を上げて勇者様を笑った。それからあたしに手を差し伸べて、黒く艶やかなシャイアさんの背中に誘う。
あっという間に出発の準備が整って、あたしたちは山小屋を発った。
ちなみに律儀なロベールさんは、あの山小屋に感謝状と金貨を置いてきたそうだった。
きっとビックリするだろうな、木こりさん……。
「ひゃぁぁぁぁーーっっ?!!」
「なるほど、予想はしていましたがこうなりましたか」
「落ち着けデルムードッ、そんなに飛ばしたら……う、うぉぉぉっっ?!!」
馬たちの足取りは軽やかだった。はねるように軽々と丘から平地に駆け下りると本気を出した。
「それだけ馬たちへの愛情が強かったのでしょう。コムギさんの力はやはり、感情に左右され――グガッッ?!! お、落ち着きなさい、シャイアッ!!」
余裕ぶっていたロベールさんは軽く舌を噛んだ。あたしたちはまるでレキちゃんの翼に運ばれるかのような超スピートで馬に運ばれて、そのあまりの速度に恐怖した。
雨で足止めされた時間を白と黒の名馬が欲しくもないスリルをそえて取り戻してくれた。
この丘を越えればユーガ温泉郷! と言える辺りまでやってくると、馬たちは人を乗せたまま傾斜面を軽々と駆け上がった。
結果、あっという間に丘を乗り越えて、あたしたちは高台から宿屋街がひしめく温泉郷を見下ろすことになっていた。




