・男二人女一人の温泉旅行 ー 白と黒とコムギ色 ー
その日、あたしはみんなに見送られてサジタリウス・ハレーを出発した。目指すはユーガ温泉郷。楽しい旅行の始まりだ。
お店がすごく心配だったけど、チウル商会からイヌヒトさんとネコヒトさんの助っ人がたくさんきてくれた。きっとあたしがいなくても大丈夫。
あたしたちは馬の手綱を引いて都の外れまで大通りを南に進むと、頃合いを見て騎乗した。
「では、どうかよろしくお願いしますっ!」
「姿勢がつらくなったら俺の背にもたれかかってくれて構わない」
「はいっ、わかりましたーっ!」
ちょっと前にユーパトリウムから取り返してきた勇者様のかわいい白馬の後ろに。ちなみに性別は牡で、年齢は4歳で、名前はデルムード二世というそうだった。
「さあ行こうか、ロベール」
「……ええ」
「そんな目でこちらを見なくとも、後半は君の馬に乗せる取り決めだろう?」
そう、お昼を過ぎたらロベールさんの黒馬に乗せてもらえることになっている。あっちの大柄なシャイアさんに乗るのも今からすごく楽しみだった。
「朝日がまぶしいだけです。さっさと行きましょう」
「はは、正直じゃないやつだ」
「フッ、昼になれば貴方だって気を変えますよ」
「それはどうかな、俺は君ほど嫉妬深くはないつもりだ」
勇者様とロベールさんが仲良しだと嬉しい。あたしにはよくわからないけど、二人はすごくお互いを理解し合っていた。
あと仲良しなのは二人だけじゃない。黒馬シャイアさんと白馬デルムードくんもすごく仲良しで、2頭は並び合ってラブラブにちょっかいをかけ合っていた。
「あ、これ朝おやつです」
「朝……な、なんだ、その不思議な……いかにも不健康そうな言葉は……?」
「ご存じないのですか、クレイン? 朝おやつと言ったら、朝食後の小腹が空いたときに食べるおやつのことです」
朝食はちょっと前にうちの家でご馳走した。まだそれから30分くらいしか経ってないけど、口寂しいので甘くてカリカリのラスクを勇者様とロベールさんにあげた。
「んんーっっ、ザックザクッ!!」
「なんと美しい旅立ちでしょう。輝く朝日、夜露に濡れる草木。自然の香りに香ばしいラスクの香りが混ざり合って……ああ、一生忘れられない味わいになりそうです……」
ロベールさんは元からちょっと大げさだけど、今日のロベールさんはさらに大げさだった。
「君たちのペースに付き合っていたら、昼食が腹に入らなくなってしまいそうだ」
そう言いながらも勇者様はラスクを食べてくれた。あれこれ言ってるけど、ラスクの美味しさに素直で穏やかな表情になっていった。
「美味しいですか、勇者様っ!?」
「うっ?!」
まだ旅は始まったばかりだけど、今日はあたしも気持ちが高ぶっている。だからあたしは勇者様の背中に飛び付いて、腕を回して、がんばらないと届かない耳元に感想を聞いた。
だってもたれかかってもいいって、さっき言ってくれたし。
「お、美味しいさ……。旅をしながらつまむのに、ちょうどいいと思う……」
「やったーっ、ありがとうございますっ!」
くっついてみると温かかった。まだ朝だったし、もうちょっとこの背中でぬくもりたくなった。
「感謝するのはこっちの方さ。……悪いな、ロベール」
「フ……それは昼までの特権です」
「それはどうだろうか。暖かくなったら人は人から離れたくなるものじゃないかな?」
「別に羨ましくなどありませんよ」
またあたしにはわからない話だった。だけどロベールさんが嘘を吐いていることだけはよくわかった。すごく不満そうな顔で前ばかりを見ていた。
「あのー、なんの話なんです……?」
「なんでもありません」
「ええーっ、なんで隠すんですかー!?」
ロベールさんが悔しがることと言ったら……あっ、食べ物のこと……?
「ラスク、もう1枚食べます?」
「食べます」
もう1枚ラスクをあげると、ロベールさんの機嫌が元に戻った。清々しそうに空を見上げて農村が広がる郊外を眺めていた。
予定では夕方頃にユーガ温泉郷に到着する。あたしは肌寒くなくなるまで勇者様の広い背中にくっついて、温かいぬくもりをもらった。
「顔がだらしないですよ、クレイン。まるで不審者のようです」
「そういう君だって、通りすがりの人たちを険しい顔で怖がらせているようだけど?」
「何度も言っているでしょう。別に羨ましくなどありません。別に、早く昼になればいいだなんて、思っていませんよ……」
あたしもお昼が待ち遠しかった。シャイアさんは大きいけど無邪気でかわいい子で、構って欲しそうにあたしのことを見ていた。
輝く朝日に照らされながら、清々しい空を見上げて、あたしたちは住み慣れたサジタリウス=ハレーを離れていった。
・
お昼になるとロベールさんオススメのダイニングに寄った。街道沿いの静かな町にある、庶民向けの騒がしいお店で、ズボンに泥をくっつけた農家さんたちで賑わっていた。
そんなお店をロベールさんが選んだことに勇者様は驚いていたけど、でも料理が運ばれてきたら納得した。
「野菜において至高の調味料は鮮度です。いにしえの時代では、栄えた町の支配者よりも農民の方が美味しい物を食べていたとも言われています」
サラダは何も調味料がかかってないのに甘くてシャキシャキで美味しくて、ポテトとニンジンのスープはすごくいいブイヨンが出ていた。
「美味しいのが認めるけど……物足りないな。もっと肉が多い料理はないのか?」
「フッ……それは今夜の楽しみになさい。今はこのカブを生でかじるのです」
あたしももう少しお肉がほしかった。だけど葉っぱの付いた取れたてのカブをかじったら、実家の野菜が恋しくなった。
「さあかじるのですっ、勇者様!」
「こんなものかじれと言われても……。切らずに洗っただけの物を皿に乗せただけの物じゃないか……」
「やれやれ……育ちのいいお坊ちゃんのようなことを言わないで下さいよ」
「これでも俺は下級貴族の出身だ! 金はないが最低限の見栄を張る家の生まれだったんだ! あ……美味しいな……」
取れたて野菜の美味しさを勇者様に布教する昼食は美味しくて楽しかった。
それからお腹いっぱいというほどではないけど満足するだけ食べるとダイニングを出て、勇者様とロベールさんは交代した。
今度はロベールさんの馬の背に乗せてもらって、あたしたちはユーガ温泉のある東へと旅の足を進めた。
「どうしたましたか、クレイン? お加減がすぐれないようですが?」
「どうしたんですか、勇者様?」
朝は晴れていたのにお店を出ると空が曇っていた。せっかくの旅行初日なのに厚い雲が空を覆ってしまっていた。
「別になんでもないよ。それよりも旅を急ごう、天気が傾く前に進んでおきたい」
「もっともですね。コムギさん、私の背にもっとしっかりと抱き付いて下さい。少し馬を急がせますので」
「あ、はいっ! 温かいので大丈夫です!」
「く……っ」
ロベールさんの背中は勇者様より少し小さかった。あと髪がサラサラでいい匂いがした。
「フッ、楽しい旅行ですね、クレイン」
「ああ、同感だよロベール。刺激的な旅だ」
「フフ……今朝からその顔が見たくてたまらかなったです」
「そういう君も、今朝はなかなか趣のある顔をしていたよ」
あたしそっちのけでまた勇者様とロベールさんがイチャイチャを始めた。あたしも一緒になってじゃれ合いたいのに、なんかあたしじゃ入り込めない空気だった……。
空は鈍色。雨でも降りそうな銀色に光る空が太陽を包んでしまっていた。
「しかしいい馬ですね」
「君のシャイアも強くて美しい馬だ」
「うんうんっ、シャイアさんかわいいですもんねっ!」
「その子のために貴方がコムギさんと赤竜レキの翼を借りて強奪に行ったと聞いたときは、笑ってしまいましたが」
勇者様と離れ離れじゃデルムードくんが可哀想だ。背中に乗せてもらった感謝もあるし、当然奪い返しに行った。
「俺の馬だ」
「そうですよーっ、勇者様は自分の愛馬を迎えに行っただけです!」
その時に巨大なレキちゃんにユーパトリウムの人たちが驚いて、ちょっと大騒ぎになったけど問題なく取り返せた。……わかってもらえなかったから、力ずくで。
「まあ、そのおかげで、完全にあちらには戻れなくなったわけだが……悔いはない。俺の名声より愛馬の幸せの方が大切だ」
勇者様が語ると、走行中だというのにデルムードくんが嬉しそうにいなないた。
「遠慮せずずっと私たちの隣にいて下さい。というよりもユーパトリウムはこの先、戻るには危険な――ああ、いえ、なんでもありません」
ロベールさんの横顔を後ろからのぞき込むと、すごく悪い顔をしていたように見えた。
それからあたしたちは速度を落として丘を越え、傾斜が苦しくなったら馬を降りて歩いて、それからまた馬にまたがって緩やかな下りを進んだ。
丘を越えたことで一気に辺りが開けて、広々とした草原地帯が広がった。草木の色は紫、赤、緑、白、橙色。そこはユーパトリウムの植物とは似ても似付かない草木が生い茂る異世界だった。
そんな草原を抜けるとまたゆるやかな丘に続く道になって、あたしたちは空を見上げた。
「旅行初日から大自然の祝福を受けられようとは、ついていますね、私たちは」
「祝福じゃないよーっ、雨だよっ、雨ーっ!!」
「どこかで雨宿りできないか?」
「大事なおやつが濡れちゃうよぉーっ!!」
そうあたしが叫ぶとロベールさんの顔付きが鋭くなった。片手で顔を覆って、とても真剣な顔で通り雨を避ける方法を考えてくれた。
「……思い出しました。確かこの先の右に折れた場所に、木こりたちの山小屋があったはずです。7年ほど前の記憶ですが」
「いってみましょう! 雨っ、強くなってきてますしっ!」
強くなる雨足にあたしはロベールさんの背中に顔を埋めて強くしがみついた。馬たちが息を乱して丘を駆け上がり、街道をそれて細い道に入った。
馬が通るような道ではなかった。蹄が濡れた落ち葉を踏み締めてバシャバシャと音を立てて、あるかもわからない山小屋を探した。




