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・ざまぁ回:支配者と民衆 2/2

「おい! もういい、片付けをしろ!!」


 ハンドベルを鳴らして叫んだ。だがいくら待っても誰もやってこなかった。


「私に非礼を働くと後が恐いぞ!! おいっ、誰かっ、誰かいないのか!! ぬ……!?」


 食堂から廊下に出ると暗闇が公爵を包み込んだ。屋敷を灯しているはずの魔法式の照明具が全て消えていた。


「な、なんだ……? おいっ、悪い冗談は止めろっ、ふざけるなよお前たちっ!!」


 嫌な予感がする。今はこの屋敷を離れた方がいいかもしれない。公爵は食堂の席にあった燭台を取ると、蝋燭の頼りない明かりを頼りに暗闇の廊下を進んだ。


 正面玄関を避けて裏口を目指して、何者かが潜んでいそうな角を曲がった。すると『ピチャリ……』と足下から水音が響いた。


「ぬぉぉっっ?!」


 嫌な感じがしてすぐにその場を離れようとすると、今度は何か重たい物に足を引っかけた。

 燭台の炎は蝋燭1本を残して消えてしまった。その炎を隣の蝋燭に移し、あまりに暗い明かりで足をひっかけた何かを照らした。


「バロウ……? なぜこんなところで寝て――」


 それは近衛兵のバロウだった。もう壮年と言った年齢の男で、若い頃から公爵家に仕えてきた身内も同然の男だった。

 バロウは酒が好きだった。公爵は酔っぱらいを叩き起こそうとバロウの顔に触れた。


「ヒ……ッッ?!!」


 肌からぬくもりを感じなかった。バロウの心臓はとうに止まっていた。


「ヒッ、ヒィッ、ヒッ、ヒゥゥゥ……ッッ!!」


 公爵は腰を抜かした。どうしても立ち上がれないので燭台を手放して床をはいずってその場から逃げた。屋敷に潜んでいるも思われる、暗殺者の手から。


「なっ、なぁぁぁ……っっ?!」


 倒れている者はバロウだけではなかった。裏口に向かうにつれ、私兵、傭兵、多くの死体が公爵の道に立ちはだかった。


 裏口はダメだ。裏の裏をかいてエントランスホール付近の窓から外に逃げよう。血塗れの公爵は痛いほどに暴れる心臓を抱えて、まるでウナギのように身を揺すりながら窓から外へと抜け出した。


「ダハハハハッ、野郎やっと出てきましたぜぇ!」


「見ろよ、あの顔!! 油汗まみれでベッチャベチャだ!!」


「おい公爵さんよぉ、朝飯の準備をしろとは命令してくれないのかい?」


 真っ暗闇の庭園に数え切れないほどの余所者が立っていた。今日まで見下してきた傭兵たちが自分のことをあざ笑っていた。

 彼らは公爵を囲み、篝火に炎をともらせた。


「あ、ああ……っ、あああああ……?!!」


 そこに集まっていたのは下々の者たちたった。公爵を笑い飛ばす傭兵たちとは異なり、下々の者たちは不気味な沈黙を守っていた。

 その目にあるのは激しい敵意。殺意にも等しい感情を抱えた民衆に公爵は囲まれてしまっていた。


「俺を覚えているか?」


 リーダー格の男は貴族の風貌をしていた。その男は公爵の目の前にやってくると、相手の鼻先に剣を突きつけた。


「わ、わからない……知らないと思うが……うぐっっ?!!」


 切っ先が鼻先を切り裂くと、民衆が熱狂的な歓声を上げた。今日まで手を出すことも出来なかった公爵に、報復を果たす機会がやってきていた。


「ど、どうやって、この警備を抜けた……? どうやって、この連中を、警備網に気付かれずにここへ運んだ……? あ、あり得ない……」


「警備隊は制圧した。物わかりのいい人たちばかりだったよ。よっぽど嫌われていたようだな」


「バ、バカな……っ」


「貴様の私兵は俺とそこの傭兵団が片付けた。貴様の断罪を願う女神のお導きだ」


 リーダーが合図すると、公爵の隣に錆まみれのコンテナが運ばれてきた。


「な、何をするつもりだ……? 私に手を出せば、諸侯たちがお前たちを許さんぞ……!」


「入れ」


 コンテナには上蓋がかけられていた。その上蓋が開かれると、男は『入れ』とだけ公爵に要求した。


「わ、わか――なっっ、んなぁぁぁっっ?!!」


「入れ!!」


 民衆は口々に叫んだ。

 入れ。入れ。入れ。入れ。入れ、と。

 そのコンテナには死病の風の原因そのものである、マナ鉱石が敷き詰められていた。


「む、無理だ……っ、話し合おう……っ!」


 保護されていない状態でマナ鉱石に囲まれたら、死病の風を発症してしまう。公爵は知っているからこそ、顔面を蒼白にして美しい輝きを放つマナ鉱石に恐怖した。


「自分から入らないなら仕方ないな。同志たちよっっ、この男を叩き込めっっ!!」


「待て、止めろ、あ、あああああーっっ?!!」


 公爵は抱えられ、コンテナの中に投げ込まれ、ふたをされてしまった。


「さて、俺に革命をお命じになられた女神はこうおっしゃられた。『自白をするなら人質であり証人として生かしてやりなさい。貴方たちは感情任せに行動する暴徒ではないのですから』……と」


 リーダーはそう言うが、民衆は怒りにかられて納得しかねるようだった。死んだ家族や仲間と同じ病で殺してやりたいと願っていた。


「わ、わかったっ、自白でもなんでもするっ! 早くここから出してくれぇぇっ!!」


「女神は私にそのようにご命令になられた。だが……俺は……本心では……貴様が苦しみ抜いて死んでほしいとだけ願っている……」


「ダハハハッ、こりゃ朝飯のご用意はいらなそうでございますなぁ、バカ公爵さんよぉっ!」


 笑っているのは空気の読めない傭兵だけだった。やがて上蓋が開けられ、公爵は死をもたらす棺桶からほうほうの体で逃げ出した。


「公爵、女神が望むのは完全なる賠償だ。利益優先の理不尽な判断をした国に、完全賠償をするように請求しろと、俺にお命じになられた」


「わかった、協力する……。そちらの方が……私を裏切った者どもに、一矢報いれるからな……はははは……」


「クズめ」


 公爵は恐怖した。その神とやらは悪魔だ。完全賠償という大義名分を掲げれば、多くの民衆がこの暴徒たちに味方することになる。


 諸侯も武力では叩きにくくなる。もしこの暴徒を鎮圧すれば、さらなる怒りがユーパトリウムを包む。暴徒たちの粛正の標的にされてしまうだろう。


「さすがだぜ、ジェイスン! 感情任せにぶっ殺しちまいたいけど、その方法が一番だ!」


「国は俺たちを守ってくれなかった……。利用するだけ利用して……真実が明るみになっても俺たちを助けずに隠蔽した……」


「それだけじゃない!! あろうことか、はした金で俺たちに恩義を売って騙そうとした!!」


 ジェイスンはコンテナからマナ鉱石を取り除き、公爵を再びそこに閉じ込めた。話が違うと公爵はわめくが『民衆の怒りを抑えるにはこれが妥協点だ』と言われては反論出来なかった。


「よくやった諸君!! 明日はさらに西進し、道中の鉱山経営者を捕らえて進むぞ!! 罪人を引き連れて都に行進し、犯した罪をあがなわせるのだ!!」

 

 明日もまた血が流れるだろう。誰かが『バラしちゃえばいいんでないの~』と言ったがあまりに、革命軍は女神に導かれて都に上がるだろう。


「俺だって今すぐ仇を討ちたいが、国が完全なる補償を約束するまでは俺が暴徒から貴様を守ってやる」


「ハ、ハハ、ハハハハ……いいだろう!! こうなったら、やつらも、私を裏切ったやつらも巻き添えだ……!! ハハハハハハッッ!!!」


 反乱軍は公爵が隠れたこの町の住民と兵士を加えてさらに膨れ上がり、翌日の夜明けに合わせて正義の行進を再開した。


 西へ、西へ。利益のために民を裏切り、真実を闇に葬ろうとした腐敗貴族がはびこる都へと。ブランウィード公爵が詰め込まれたコンテナが運ばれていった。


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