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・ざまぁ回:支配者と民衆 1/2

 支配者はしばしば勘違いをする。己の権力は永遠のものであり民衆は支配者に従って当然である、と。

 どんなに虐げても民衆が支配者を裏切ることはなく、社会の慣習に従い、今後も搾取されてくれるものなのだ、と。


 歴史上幾度となく民衆による下克上が繰り返されてきたというのに、長い平和は支配者と民衆の間にあった契約すら忘れさせる。


 民の怒りが限界を超えたその時、革命という名の悲劇が引き起こされることに、どれだけの歴史書を積み重ねようとも人は学ぼうともしない。

 革命、秩序、腐敗、革命の三拍子を繰り返す愚かな生き物。それが人間と呼ばれる醜悪な存在だ。


 その日、広大なブランウィード公爵領の一角で、革命の炎が上がった。


「普段は金取ってんだけど、今夜は特別。あたしのパン食べてって、革命軍さん」


 その晩、かつてコムギ・ブランウィードが働いていた風車小屋に、反逆を決意した雄志たちが集まっていた。


「これはかたじけない。貴女たちだって厳しい税にあえいでいる立場だというのに、温かいご支援をありがとう」


「いいよ、友達の仇を討ちたいし。……そいつ鉱山で働いてたんだけどね、死病の風でコロッと死んじゃった……」


「許せんな」


「うん、許さない……。あ、そのパン、製粉ギルドを通さないで作っているパンなの。前にね、変な女の子がこの風車小屋にきてね、その子が小麦粉をこっちに回してくれたのがきっかけなんだ」


 彼らを結びつけているのは理想ではなかった。行き場のない怒りだった。焚き火が焚かれた風車小屋で、彼らは地べたにうずくまり、硬いパンと薄いスープで腹を満たす。


 顔ぶれは農家、鉱山夫、猟師、兵士、商人。多くの反逆者が風車小屋と穀物倉庫に集まり、夜を明かそうとしている。

 彼らに笑顔はない。怒りと悲しみだけが彼らを団結させていた。


 丘の風車小屋から麓を見下ろせば、炎を上げる兵舎が目に入る。それは長らくこの街を抑圧してきた兵士たちの住まいだ。

 近隣のマナ鉱山より突如現れた革命軍は搾取されるこの町を襲撃し、強欲な支配者から解放した。


 町の兵士の多くは革命軍に加わった。民に横暴を働いていた兵士はその場で粛正され、今では兵舎で消し炭となっている。


 誰も同情しなかった。誰もが怒っていた。

 公爵が出した見舞金に民が感激したのもつかの間。彼らの耳に死病の風の真実と、貴族議会での顛末が何者かの手により届けられていた。


 その大スキャンダルは人々の間に深く浸透してゆき、ある日、人望ある老骨の鉱山夫が鞭打たれて亡くなった事件をきっかけに、ついに鉱山夫の怒りが爆発した。


 怒れる鉱山夫たちにより鉱山は陥落。鉱山長は行方不明となった。鉱山夫を抑圧していた兵たちは粛正され、少数が許されて革命軍に加わった。


「アンタすごいよ。アンタのおかげでここまで完璧だ」


「この里の若いやつはみんなついてくるって言ってるぜ。寝返っておいてなんだが、こんなに上手くいくなんてなぁ……」


 革命軍のリーダーは30代前半といった容姿のどこか陰のある男だった。先日までは鉱山夫に混じっていたが、今は古ぼけた貴族の服の上に軽鎧をまとっている。


「全て女神のお告げ通りに動いたまでのこと。自分でも驚いている」


 その男は貴族ではなく、元貴族だ。かつてブランウィード公爵との政争に敗れ、罪を擦り付けられて収監されることになったコーンウォール子爵の長男だ。名はジェイスン。先日まで素性を隠して復讐のチャンスを待っていた。


「その神様のお導きに感謝だ、ジェイスン!」


「ぅぅ……ありがてぇ……。俺たちのこと、神様は見捨ててなんていなかったんだなぁ……」


「これからも神のお言葉に従って君たちを導こう」


 眠るとジェイスンの夢に女神が立ち、相談に乗ってくれた。女神のプランはジェイスンのプランよりもスマートで、お導きにより迅速に、最小限の被害でここまでやってこれた。


「喜べジェイスンッ、我ら反乱軍は2000人に膨れ上がった! この調子だと朝までに2500人はいけるかもしれん!」


「神もここまで民衆が怒っているとは予想しきれなかったようだな。では計画通り、明日早朝出立だ。皆に通達を」


「こりゃ本当にいけるかもしれねぇ……! 高慢に俺たちを見下してきたあの野郎に、復讐を!」


「復讐するのはいいが、復讐に目をくらませるな。ヤツを捕らえられなかったらこの計画は、失敗だ」


 ジェイスンの父は獄死した。母は貧しさに堪えきれず不平ばかりを漏らして最期は栄養失調で亡くなった。姉は売春婦となって病で死んだ。ジェイスンは姉の稼いだ金でどうにか大人に育ち、復讐を望む姉の遺志を受け継いだ。


 だから彼は止まらない。望んで怒れる暴徒を導く。革命軍のリーダーとなって現在の秩序の破壊を望む。公爵に悟られぬよう迅速に、女神のお告げに従って。



 ・



 それから一日が過ぎた夕刻。ブランウィード公爵は反乱の発生などつゆさえ知らず、風車小屋から17キロ離れた町にある別荘でふんぞり返っていた。


「今に覚えていろあの若造……っ、返り咲いたその時は必ず王太子の座から引きずりおろしてくれるぞ……っ」


 隠居したとはいえ、公爵家の権力はまだ公爵の手にあった。特に資産の大半は息子に譲渡しておらず、公爵にはまだ地方から物事を動かす力があった。


「く……金がかさんでたまらん……。なぜこの私が愚かで下品な下民どもに怯えねばならん……!」


 公爵は都を去ると同時に傭兵を雇った。出身地を地元とする兵を遠ざけ、忠実な私兵と傭兵だけで別荘の守りを固めた。


 傭兵たちは契約料を倍にしろとわめいている。要求を飲まなければ明日の朝に立ち去ると。

 公爵を取り巻く環境は真実の暴露で一変し、大きな危険が予想されることになったのだから、傭兵からすれば当然の値上げ交渉だった。


「まだだ、まだ私は終わってなどいない……。コルネル王子の身柄を押さえ、諸侯を再び味方に付ければいいのだ! ブランウィード家の財力があれば不可能ではない!」


 公爵は怒りを胸にワインを傾け、たまたま部屋にやってきた傭兵にゴブレットを投げつけた。ゴブレットにはまだ少し赤ワインが残っていた。


「ひでぇ、何すんですか、公爵様よぉ……?」


「酒が切れた!! 酒を持ってこいと使用人どもに言え!!」


「何言ってるんですかい? ここの使用人には暇を出したって聞きましたけど?」


「何!? 誰が勝手にそんな命令を下した!?」


 この別荘に引きこもったのは10日前。それからずっと酒浸りだったが、使用人に暇を出した覚えはない。


「今すぐ呼び戻せ! お前が酒を持ってこい、酒を!」


「うへぇ……酒場のごろつきの方がまだお上品だぁ……」


「調子に乗るなよ、食い詰め傭兵ごときが!」


 公爵は怒り散らしながら傭兵や私兵たちをこき使った。夕飯まで書斎で飲んだくれると、腹を空かせて食堂にやってきた。


「まずい……! なんだこの食事は!?」


 食事は傭兵たちが作らされた。公爵の私兵たちは何一つ手伝おうとはしなかった。


「かんしゃく持ちのおっさんの面倒を見ろとか、そんな契約してねぇよ……」


 腹が減っていた公爵は文句を言いながらも黙々と一人で食べた。

 大味ではあるが悪くはない。案外美味いかもしれない。そう思いかけた矢先に、公爵はふと顔を上げた。


「今日は静かだな……」


 品のない傭兵たちのせいで頭の痛い思いをしてきたというのに、今夜は嫌に静かだった。


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