・語り部:真夜中の決闘 2/2
残念ながら両者の決闘に公平性はなかった。キュルクレインの刃をロベールは受け止めることも叶わなかった。ロベールの剣は円を描いて背後の木人に突き刺さり、彼は治癒魔法を手首にかけながら飛び退いた。
「参りましたね、これほどまでとは……」
常人なら痛みと痺れにうずくまってしまうほどの負傷だろう。それをロベールはものの一瞬で癒し、痛みに歪んだ表情を引き締めて、背後の木人に刺さった剣を静かに眺めた。
「これでは君へのリベンジにならない……。すまない、降参だ……」
「私に勝利おいてアベコベなことを」
「こんなのは公平な勝負じゃない。彼女のパンはおかしいんだ……」
「私からすればそんなこと今に始まった話ではありませんが……まあ、これには少々驚きというべきか――」
ロベールは木人の肩から上腹まで深々と突き刺さった剣を抜き、腰に戻して釈然としない顔をした。
「興が削がれましたね……」
「すまない、こんな夜更けにわざわざ訪ねてきてくれたというのに」
キュルクレインも腰に魔剣を収めた。互いに抜いた剣を再び収めることで、両者の間にあったわだかまりが解けていった。
もはや剣を向け合う意味はない。余計なお世話により、公平な決闘が成り立たなくなってしまったのだから。
「それだけコムギさんは貴方に強い感情を持っていたということでしょう」
「強い感情、だって……?」
「恋愛感情とは限りませんよ」
「そ、そんなことはわかっている……っ!」
コムギに強い恋愛感情があったら、先日のデートはもっと違った形のものになっていただろう。というよりも彼女はあれがデートだと認識すらしてくれなかった。
「彼女の力は感情に大きく左右されるようです。そしてそれゆえにしばしば制御に失敗する」
「怒りにかられてコルネル王子を魔法で吹き飛ばしたようにか?」
「ええそうです。愚かな王子を長城まで吹き飛ばした上、死なないように保護の魔法をかけた。全くの無自覚にです」
「コルネル……生きていたのか……」
「フフフ……その話は後ほど落ち着いてからじっくりと語って差し上げましょう。貴方がまだ、私を友人だと思って下さっているのならば」
堂々とした言い回しではあったが、ロベールの内心は揺れていた。もし仲直りを拒まれたらと思うと指先が震えた。
「君が勝手に裏切ったんだろう」
「ええ、私は貴方を裏切りました。言い訳はしません」
「勝手に自己完結するな。いつ俺が君に絶交を言い渡した?」
「…………え」
「俺は君の友達を止めた覚えなんてない。これからは友達でありライバルとして付き合ってもらうぞ、ロベール」
ロベールはキュルクレインに背中を向けた。それからうつむき、肩を震わせて小さな声を上げた。
「ライバルですか。そういった間柄も悪くありませんね」
「同感だ。他の男ならばともかく、君がライバルなら不快感はない」
ロベールはすぐに振り返った。キュルクレインは彼の赤くなった目に気付かない振りをして、若いの笑みを浮かべた。
「よろしい。ならば協定の締結を提案いたしましょう」
「協定……なんの協定だ?」
「大切なのは納得です。ゆえに協定が必要になるのですよ、クレイン」
「よくわからないが聞こう」
ロベールは頭のいい男だ。メモ帳を取り出すとペンを滑らせ、条文をまとめ上げた。
「一つ『選ぶのはコムギさんであって我々ではない。コムギさんが片方を選んだら、もう片方は手を引く』」
「わかった」
「とにかく最終的に、コムギさんが望む形になればそれでよしとしましょう」
「後腐れなしということか。同意する」
ロベールは難しい言い方をするが、要するにこれは友達関係を続けたいという意思表示に他ならない。意外なかわいげにキュルクレインは微笑んだ。
「二つ『美味しいパンが食べられなくなったら一大事。コムギさんを悩ませてはなりません』」
「はははっ、食い意地の張った男だ!」
「『よって愛の告白は禁止。ただしコムギさん本人が望んだ場合は例外とする』これでどうでしょう?」
「君にしては消極的だな……」
それではなかなか決着が付きそうにないと、キュルクレインは思った。
「積極的なアプローチは禁じていません。彼女をその気にさせた方が勝ちです」
「ああ、そういうことなら同意する! いいな、競争らしくなってきた!」
野原で駆けっこをする子供のような笑顔をされてロベールは苦笑いを返した。
「早くも趣旨がずれていますよ、クレイン。愛とは奪うのではなく、与えるものなのです」
「あ、ああ……。強引な君の言葉とは思えないな……」
「ええ、私ではなくマーサお婆ちゃんの言葉ですので。奪い合うのではなく、彼女に与え合いましょう」
「レギュレーションはわかった。ではその条件で勝負だ、ロベール!」
キュルクレインからしてもこれは悪い条件ではなかった。ルール無用で競い合い、ライバルに気を使い合うくらいならば、レギュレーションがあった方が全力を出せる。清々しくあれる。
「クレイン……貴方、本当にわかっていますか……?」
「要するにコムギのパンの味が大事ってことだろ?」
「ええそういうことです。彼女のパンの味が落ちることだけは絶対に許されません。大切なのは我々の感情よりも、美味しいパンが焼き上がるかどうかです」
「趣旨、ずれてないか……?」
ずれてなどいない。ロベールにとっては、美味しいコムギのパンを毎日食べられることが大前提であり、それが失われることは絶対にあってはならなかった。
「まだ時間はありますか、クレイン? よろしければ私の部屋で、ユーパトリウムで勃発した愉快な事件を貴方に語って差し上げたいのですが」
「もちろん。ずっと気になってたんだ、ぜひ聞かせてくれ」
「フ……事の始まりは、そう……スーシから始まりました」
「な、なんだ、それは……?」
「郷土料理ですよ」
こうしてかつては仲の良かった二人はわだかまりを捨て、再び友人に戻って夜明け前まで語り合った。……老人介護の苦労話が三割を占めていたが。




