・語り部:真夜中の決闘 1/2
全てはクリームパンが販売される休息日に間に合わせるために、魔王ヨブとロベールは強行軍でサジタリウス・ハレーに帰ってきた。
「ふがぁ……クリームパンのためとはいえ、さすがに疲れたわい……」
「同感です。間に合ってよかった……」
もう夜も遅かった。ロベールはお側付きにサポートされながら、魔王ヨブを寝室のベッドに横たわらせた。
「ほっほっほっ、もういつ死んでも悔いはないわい」
最高の旅行だった。魔王ヨブの満足した笑顔にロベールは微笑み返した。
「魔界には貴方様のお力がまだ必要です。長生きされて下さい」
「そうじゃのぅ……。コムギちゃんにもう少し破壊の力があれば、ワシも晴れて消滅出来るんじゃがのぅ……」
「当面は侵略の心配はないでしょう。貴方のご意向通りに、ユーパトリウムには手を打っておきましたので」
「おおそうかそうか、ワシ知らんうちにそんなこと命じておったか」
「ええ、さすがは我らの賢王ヨブ様でございます。……では、私は用事がありますのでこれで」
明日、コムギのパン屋を訪れる前に会わなければならない男がいた。
「ロベール、お前さんも夜更かししないで早く寝るんじゃよ?」
「はっ、片付き次第お言葉のままに」
「そんな用事明日にして寝なさいゆーとるんじゃっ!」
「こればかりはそうもいきませんので。では……」
ロベールは魔王の寝室を出ると、せっかちな早足で床を鳴らして歩き出した。行き先は地下牢。そこで寝泊まりする変わり者に会うためだった。
「これはロベール様、こんな時間にようこそだワン」
「君こそ夜勤ご苦労。ところで、彼は?」
「キュルクレインのことかワン? 牢屋だワン。さっきまで話相手になってやってあげてたワン」
尻尾を振りながらコボルトの兵士は答えた。ロベールの目からも彼がキュルクレインに懐いているように見えた。
「勤勉な兵士諸君を持てて私は幸せ者です。案内して下さい」
「あ、あの、宰相様……」
「なんだ?」
「アイツに酷いことしないでほしいワン……。アイツ、変な人だけどいい人だワン……」
「そんなこと言われなくとも知っています」
ロベールはキュルクレインが暮らす牢屋に向かった。ためらいに一歩立ち止まることはあったが、どうしても行かなければならなかった。
「まだ起きていますか?」
牢屋の前に立つと中の男が寝返りをした。男は身を起こし、鉄格子の前にやってきた。
「やあ、久しぶりだ」
己が裏切ったかつての友、勇者キュルクレインだった。
「報告には聞いていましたが、まさか本当に牢屋で寝泊まりをしているとは……」
「初めは数日のつもりだったんだ。しかし思いの他に居心地がよくてね、ははは、驚いたか?」
「いえ、非常に面白いです。私も見習ってここで寝泊まりしてみましょうか」
「これ以上増えたら困るワンッ! あっ、お、お邪魔しましたワン!」
案内のコボルト族が去って二人だけになると、緊迫感が二人の間に漂った。キュルクレインとの最後の記憶は決闘も同然のあの戦いだった。
あの晩、さらわれたコムギを追いかけてきたキュルクレインと、誘拐犯であるロベールは友人同士で争い合った。その事実は決して消えない。
「あれは屈辱だった」
「すまない」
「あの頃の俺は『自分より強いやつがいるはずがない』と、そう思い込んでいた」
「今思えば性急だった。君を信じて話し合うべきでした」
「そんな言葉は望んでいないよ、ルベール。いやこれからはロベールと呼ぼう」
開けっ放しの牢獄から勇者は外に出た。腰にかけた黒い魔剣に手をかけ、かつての友を再び見据えた。
「いや私は傲慢だった。君の気持ちを考えるべきだった。謝罪させて下さい……」
「違うよ、ロベール、俺が望む言葉はそれじゃない」
キュルクレインはロベールを憎んでなどいなかった。ロベールが選んだ解決策の他にコムギを真に守る方法はなかった。
むしろキュルクレインは己を恥じていた。当時の自分は勇者の地位を失うことを恐れていた。自己保身の結果が喪失と敗北だった。
「ロベール、君は正しい。俺は俗物の一人だった。コムギとプライドを君に奪われて、やっと間違いに気付いたんだ」
「君ほどの男が何を言っているのです。クレイン、正しいのは君の方です。私のしたことはただの強奪です。貴方は社会のルールの中で彼女を守ろうとしました」
「我が身がかわいかっただけさ。結局のところ俺は勇者の地位が惜しかったんだ」
「そんな男が好んで牢屋暮らしですか? 矛盾していますね」
ロベールもまた腰の剣に手をかけた。キュルクレインの望みは裏切った自分への糾弾ではない。あの夜に自分を打ち負かした男へのリベンジだ。
「練兵所にご案内しましょう。あそこなら夜間でもそう迷惑はかからないでしょう」
「話が早くて助かる」
「こちらへ」
地上へと続く螺旋階段を上った。両者は口数少なく、夜はもう晩く静かだった。
城内練兵所にやってくると魔法式のランプが焚かれ、両者は土床の訓練場で向かい合った。
「始める前に問いたい。ロベール、君はコムギのことをどう思っている?」
「場に似合わない妙な質問ですね……」
「そうか、だったらコムギを俺のものにしてもかまわないな?」
「…………はて」
キュルクレインの言葉にロベールの胸がざわついた。それはどうも気に入らない。キュルクレインとの仲直りはしたいが、コムギの独り占めなど許されるはずがない。
「君に奪われて気付いた。俺はあの明るい女性に強く惹かれていた」
「そうですか」
「だから、君に奪われて、気が狂いそうになった」
「申し訳ありません」
「ロベール、君はどう思っている? 俺の言葉にイラッとしたか?」
「……ええ、しました。どうも非常に、貴方が気に食わない感じです」
ロベールが剣を抜くと、キュルクレインもまた漆黒の魔剣を抜いた。友はあの夜のリベンジを望んでいる。拒むことなど出来なかった。
「だったら俺と同じだ。俺がそうであるように、コムギを己のものにしたいんだ。俺が突然魔界に現れて、焦っているんだよ、君は!」
「困りましたね……。貴方に謝罪して、もう一度友人としてやり直す。それが私の願いだったはずなのですが……」
「ははは、俺が気に食わないか!」
「ええ、コムギさんを独り占めする気なら、当然その野心をくじかずにはいられません」
「だったらこう言えばいい」
勇者キュルクレインは剣を構え、そして大きく息を吸った。
「コムギは俺のものだっ、君には渡さないっ!!」
「む……それは、非常に、腹だたしい言葉ですね……。なぜ貴方に独占されなければならいないのです。今のコムギさんの笑顔は、他でもないこの私がもたらしたものであるというのに!」
「だったら叫べ!! 君の本心を!!」
さすがのロベールも気付いた。自分がどれほどコムギ・ブランウィードに惹かれていたかを。
キュルクレインにもし奪われたら幸せな日常が壊れてしまう。断固としてコムギを守り抜かなくてはならなかった。
「コムギさんは私の隣にいてこそ輝く人です。貴方の隣になど居させません」
「つまり、君はコムギのことを女性として愛しているということだな?」
「ええ、そういうことになりますね……」
ロベールは反感を抱きながらもキュルクレインに再び友情と感心を覚えた。だってそうだろう。黙っていた方が有利だったはずだ。
だというのにこの男は恋敵を焚き付け、恋愛感情に気づかせて、フェアな勝負に持ち込んだ。
「フ……私は貴方を打ち負かし、コムギさんを手に入れます。力ずくで!! 他でもない貴方との友情も!!」
「言っておくがこの勝負は恋愛とは無関係だ。選ぶのはコムギだ、俺たちじゃない」
「わかっていますよ、そんなこと。貴方はあの日、私に負けて、悔しくてたまらないのでしょう! 受けて立ちますとも!!」
理想的な答えだったが、キュルクレインは困ったように眉を歪めた。キュルクレインの肉体は先日の赤の日に、公平な決闘を望む彼の意思に反してドーピングされていた。
「まあ、いいか。君だってあのパンをたくさん食べて力を得ているのだから」
「フッ……力ずくでも私は貴方からクリームパンを奪い取ります。まだ、食べたことがありませんが……」
両者はにらみ合い、キュルクレインが先制する形で決闘の火蓋が切り落とされた。




