・語り部:ブランウィード家の落日
その日、ユーパトリウム貴族議会に激震が走った。長らく座を脅かされてきた王太子が閉会寸前の議会に乱入し、大貴族ブランウィード公爵をとある罪状で告発した。
「無礼な。我がブランウィード公爵家がどれだけこの国に尽くしてきたのか、忘れたとは言わせぬぞ」
「お言葉だが公爵、貴方は娘二人の功績を横取りしてきただけだろう」
「なんだと、貴様……」
王太子は王族らしからぬ分厚い骨格が特徴の大柄な男だ。その険しい顔立ちと明るく目立つオレンジブロンドから、時に猛牛と呼ばれることもあった。
「撤回してもらおうか。今の非礼と、先ほどの愚かな告発を、今すぐに」
「断る」
「自分の立場がわかっていないようだな。私を敵に回すと恐ろしいぞ……?」
ブランウィード公爵家の財力は王家をゆうに超えている。貴族議会での支持基盤も盤石で、王家は長らく脅かされてきた。
歴史上幾度となく繰り返される『家臣と王の力の逆転』がこの国でも訪れていた。
「立場ならばわかっている。私は王太子、王太子だからこそ、貴方のような死神にこの国は任せられないと言っている」
「死神……? クククッ、無礼者め。望むなら私が貴様の死神になってやっても構わないのだぞ……」
これまでは公爵に屈服する他になかった。だが状況が大きく変わった。王家を超える力を持つ相手であろうとも、もはや恐れることはなかった。
「私はこの国を愛している。ゆえに私フランクリン・ユーパトリウムは先ほどの告発をここに復唱しよう」
「ぐ……っ。黙れっ、黙らぬかこの愚か者め!!」
「聞け、諸侯よ!! かの恐るべき病、死病の風は――死神たるこの男がもたらした狂言である!!」
「黙れっ、黙れっ!! 調子に乗るな王太子ごときがっっ!!」
王は王太子の告発を止めなかった。これまでブランウィード公爵に組みしてきた諸侯も先ほどから不気味な沈黙を続けていた。
「死病の風の真実の名は『慢性型マナ鉱石中毒症』だ!! この男は己の利益を守るために!! ありもしない病をでっち上げ!! その原因を魔王軍に擦り付けたのだ!!」
「く……っっ、それこそ貴様のでっち上げだろう!! 貴様ら王党派の無策が死病の風を招いたのだ!!」
王太子の告発に議会は荒れに荒れた。この問題は王党派と公爵派の派閥争いだけに止まらなかった。なぜならば、マナ鉱山の恩恵を受けていたのは、公爵ただ一人だけではなかったからだ。
「落ち着け諸侯よ! 王太子が証拠を示さぬことからして、やつにこれ以上のカードがないのは明白……! 王太子よ、そこまで言うならば、確かな証拠を示してもらおうか!!」
その言葉を王太子は待っていた。口元をゆがめた王太子が議会の入り口に手を振ると、数名の紳士が王太子の背中へと集まった。その中には厄介者を預かることになってしまったあの地方貴族――リットン男爵の姿もあった。
王太子はそのリットン男爵から書簡を受け取ると、議会に見せつけるように高々と掲げた。
「証拠ならばここにある。これは弟コルネルの自白調書だ。本人を証明する刻印、本人しか持ち得ない特別製の蜜蝋、複数の見届け人の下にこの自白調書は代筆された」
「はははっ、代筆だと!? 話にならないな!」
「そうだ、話にもならない愚かな弟だ。弟は新たなる魔王コムギの怒りに触れ、全身の骨を砕かれた。そんな男がペンを握れるはずがないだろう」
魔王コムギの名に議会がどよめいた。かの存在が圧倒的な魔力でコルネル王子を吹き飛ばし、ユーパトリウムの長城に風穴を開けた事実は既に国中へと広がっていた。
魔王コムギの怒りの原因が、妹アムリスに危害を加えられかけたことである事実も、何者かの噂の流布によって広く知れ渡っている。
「さて、兄としては胸が痛いところだが……。愚かな男の自白をここに読み上げよう」
「ま、待て……っ!! それは、少し待――」
公爵は負傷したコルネル王子の身柄を確保しようとしたが、どこから嗅ぎ付けたのか王党派に先を越されてしまった。
だがコルネル王子が自分を裏切るはずがない。裏切る動機がコルネル王子にはないはずだった。
「『我、コルネル・ユーパトリウムは、これ以上の罪の呵責に堪えられない。ゆえに我は証言する。我はブランウィード公爵により、共犯関係を強いられ――』」
コルネル王子は自白した。鎮痛剤を盾に取られてどうしようもなかったのもあったが、もう半分は自己保身のためだった。
「『脅されてどうしても断れなかった。断れば愛するアムリスとの関係を引き裂かれてしまっていた。父上、兄上、諸侯よ、国民よ、すまない。我はここに告発する、我とブランウィード公爵は結託し、死病の風をでっち上げ、魔王軍との戦争を引き起こそうとした。』」
もしここにコルネル王子の人柄を知らない者がいれば、同情に涙の一滴くらいは流れただろう。
だが諸侯の反応は冷ややかだった。多くの者が『なんとも薄っぺらい嘘だ』と内心で呆れた。
そして狡猾な者から順に察した。幾度となく繰り返されてきた[イス取りゲーム]が、ここに始まっていたことに。
今回、イスを失うのはブランウィード公爵。王家はコルネル王子の証言を利用して、彼を失脚させようとしている。
ギラ付く目で諸侯は互いの顔色をさぐり合い、頭をフル回転させた。どちらに付けば今の座を失うことなく、力を拡大させることができるのかと。
「告発が事実なら大事、虚偽でも大事。話だけでも聞いておくべきでしょうな」
「いやはや、いやはやとんだ面倒事を持ち込んでくれるものだ……」
ブランウィード公爵は娘を二人も失った。喪ったのではなく、逃げられたと言った方が正しい。ブランウィード家は次の聖女が生まれるまで聖女を使った政略ができない。
頼みの綱の財力もマナ鉱山の経営が傾けば、公爵は諸侯に金を貸す側から借りる側に回ることになる。
「余計なことを……。公爵に借りた金を返すあてが、まだ見つかっていないというのに……」
「王太子殿下の言い分が通れば、借り入れの延長は絶望的でしょうな……」
「金、金、金。卿らは貴族として恥ずかしくないのですか」
「黙れ土地無し! 領地経営には運転資金が必要なのだ!」
ブランウィード公爵に従っていれば安泰な時代は終わった。今下手に肩を持てば共犯者にされかねない。
ゆえに聡い諸侯から順に手のひらを返した。
「これはどういうことですかな、公爵」
「本当に鉱毒の病を別の病気にすり替えていたとすれば、死神と罵られても反論はできまい」
「困りますよ、ブランウィード公爵。うちの領地にもマナ鉱山がある」
公爵に同調していたはずの貴族派の貴族まで、潮目の変化を見抜いて糾弾に加わった。
「これは、貴方のせいだ」
「そうだ、貴方のせいで、我々は鉱毒に気付けず、愛する民を病で殺すことになった……」
「ああ、知っていれば、採掘を止めさせたというのに!」
「耄碌めされましたな、ブランウィード公爵」
知らなかった。気付かなかった。情報をねじ曲げたブランウィード公爵のせいで我々は罪を犯してしまった。マナ鉱石に関わりのある諸侯たちは危険性を察していただろうに、己の罪を公爵に擦り付け始めた。
「き、貴様ら……ッッ!!」
この動きは今に始まったことではない。これはこの国が生まれ、やがて腐敗してより、淡々と繰り返されてきたイス取りゲームだ。
敗者は罪を擦り付けられ失脚する。かつてはありもしない罪で処刑台送りになった一族もあった。
事実などどうでもいいのだ。己の家が生き残ることさえできれば、それで。
「続けてよろしいか、諸侯よ?」
金と大理石で装飾された荘厳な議事堂で、王太子が手を上げた。
「おお、王太子殿下が何かおっしゃるようだ!」
「ま、まだあるのか……っ? これ以上、余計なことを言わないでいただきたい……っ」
どよめきながらも静粛してゆく議事堂で、議長たる王を背に王太子は声を上げた。
「このまま議会が閉会したとあっては民の反乱を引き起こしかねない。公爵殿、貴方は病に冒された、被害者にどれほどの補償を誓ってくれるのだろうか?」
「ぬ……ぬぅぅ……っ!?」
公爵はうめくだけでまともな言葉を返せなかった。
「ここで有耶無耶のまま終わらせれば、有耶無耶のまま終わることになろう。公爵よ、被害者に、どれほどの補償を?」
「そんな約束など、出来るかっっ!!」
今回は処刑台など必要なかった。民の怒りを一人の男に擦り付ければ事足りた。
王太子はわかっていた。被害者全員の賠償など出来るはずがないことくらい。
「まあまあ王太子殿、公爵は鉱毒を故意にまき散らしたわけではないのですから。人々の生活の糧を守るためには致し方なかったのでございましょう」
「ブランウィード公爵家が潰れたら国中の経済が崩壊いたします。今流行りの『ソフトランディンくん』でお願いしたいですな」
同じくマナ鉱山を持つ貴族たちからすれば、公爵に手厚い補償をされては困った。自分たちもそれに合わせなくてはならなくなり、巻き添えで破産してしまうことになる。
「ではここにいる皆で話し合おう。具体的に、どれほどの賠償を被害者に行うべきか、明文化するべきだ」
それは困る。余計なことをしてくれるな。多くの諸侯が王太子に苦い顔をした。
「そう急ぐことはないでしょう、王太子殿下。慎重に被害状況を調べてからすればいいことですよ」
「何を言っている……。私たちが何もしなかったと民が知れば、世が乱れることになる。秩序のためにもここは腹をくくるべきだ」
王太子の主張ももっともだった。マナ鉱石に関わりのない者は王太子の言葉に賛同した。
「お言葉ですが王太子、もっと簡単に丸く収める方法がございますよ」
「そうですな、国民が全てを知る必要などありませんからな」
「隠蔽すればいい。無知蒙昧の民に、真実の全てをくれてやる必要などない」
「待て、それでは被害者はどうなる!?」
貴族議会は荒れに荒れた。義憤にかられて若い貴族が声を上げるも、そこは元よりお人好しは生き残れない陰謀渦めく議会だ。
「お前たちがまき散らした鉱毒だろう! なぜ関係のない我々を巻き込む!?」
「我々を共犯者にするつもりか!?」
悲しいかな、正義と公平を求める声はあまりに小さかった。
「まあまあ、まあまあまあ……少し落ち着いて――」
「王太子の言い分はわかるのですがね、現実的には――」
それぞれの思惑が入り交じり、正義とはほど遠い妥協点が模索された。
結果、死亡者一人あたり金貨3枚。重病者には2枚。それ以下には金貨1枚の賠償が明文化された。
現ブランウィード公爵は隠居。長子が跡を継ぎ、公爵は都から放逐されることになった。
死病の風は死病の風として処理されることになった。原因はマナ鉱山の鉱毒ではなく、あくまで流行病ということに決まった。
もし真実が明るみになれば反乱が起きかねない。だが今の秩序を維持するためには致し方ない。病を患った者には犠牲になってもらう他にない。秩序と安定の名の下に。
「国王としてこの議決を承認する」
「何を言うのだ、父上っ!? たかが金貨数枚で病に冒された身体を治せるわけがない!!」
「致し方なかろう。全ての者を救うことなど出来ないのだ」
国王はこの結末に妥協した。政敵ブランウィード公爵家を失脚させ、正当なる後継者である息子の座が守られた。
「なんと、なんと愚かな……」
王家もまた民を省みることのない同じ穴のムジナだった。王太子は苦悩したが、彼の力ではどうにもならなかった。
秩序が乱れればより多くの者が苦しむことになる。決定に従い、黙る他になかった。




