・勇者様への恩返しに街を案内しよう - 浚いましょうか、馬 -
飛び出してゆく勇者様を見送ると、なぜだか無性に寂しい気持ちになった。だけどお団子とお茶とネレイドさんだらけの素敵なお店があたしを元気づけてくれた。
寂しいけどこれはこれで気楽で心地よかった。というよりもおかしな話だけど、あたしは昨日からずっと緊張していたようだった。
お昼前にリビングで勇者様の顔を見た時が緊張の最高潮で、離れた今は気持ちが落ち着いている。
不思議だ。勇者様はお堅いところはあるけど爽やかでやさしい人なのに、どうしてあたしはあんなにも緊張してしまっていたのだろう。
「待たせてすまない。無事片付いたよ」
「あ、お帰りなさい! これお水っ!」
勇者様は薄焼きパンが焼き上がるよりも早く帰ってきた。あたしが気を利かせて用意しておいたお水を一気飲みしてくれた。
「ふうっ、ありがとう!」
「すごい飲みっぷりですねー」
「ははは、もう見栄を張る必要はないからな。……ああ、夜会でこんな飲み方をした日には、何を言われるかわからなかったって意味だよ」
「それわかりますっ、あたしも公爵様や教育係りの人にいっぱい怒られましから!」
変だ。勇者様を前にするとやっぱり緊張する。これって、もしかして――人見知り……? だってしばらく会ってなかったし……!
「あ、それでどうなったんですか?」
本気のパンを盛ったあたしとしてはどれくらい効果が出たか気になる。そんなに極端に強くなるパンではないけど、実感はきっとあるはずだ。
「あの連中は泥棒だった。憲兵隊が全員捕らえてくれたよ」
「もちろん勇者様も活躍したんですよねっ!?」
「俺は足止めをしただけさ」
勇者様から英雄の余裕を感じた。勇者様からすれば泥棒を捕まえることなんて、人に自慢するまでもないことなんだ。だってもっともっと自慢できる武勇伝をいっぱい持っているんだから。
「でも気になりますっ、どうやってやっつけたんですかーっ!?」
「君のパンの力で馬よりも速く走って、泥棒を川に投げ飛ばしただけだよ」
「ええーっ、勇者様って走ると馬より速いんですかーっ!?」
「妙な話だが今はそうらしい」
勇者様は腕を組んでアケロン川を見た。もうじき夕方だ。夕日に変わり始めた太陽が魔界の空を赤く染めようとしていた。
「ロベールと今の魔王が君を後継者に指名した理由がわかったよ。君の力は、あまりにも強大だ」
「えー、そんなことないと思いますけど……?」
「長年の鍛錬を否定された気分だ……。せっかく買ったブラックブリンガーの出番もなかった……。俺は今日たった一日で鬼神のごとき力を手に入れてしまったようだ……」
あ、バレている……。本気のパンで勇者様を強くしようとしたの、もうバレちゃってる……!
だけどおかしいな。試食したあたしたちに『鬼神のごとき力』なんて芽生えていない。
「ご、ごめんなさい……」
「ああ、すまない、怒ってなんていないよ。君の力に驚いてしまっただけさ」
勇者様は腕を組んだまま何かに納得したように首を縦に振った。
「で、でもおかしいですっ! あたしもリスティスちゃんもソフィーちゃんも、今日勇者様に盛ったパンッ、全部試食してるんです! 特にクリームパン、美味しくて、いっぱい食べちゃったんです!」
「はは、美味しかったよ、あのクリームパン」
「ですよねっ、毎日は無理ですけどっ、曜日限定メニューにしようかなって思い始めてますっ!」
「それは並んででも手に入れなければならないな」
勇者様はまたあたしから川へと視線をそらして考え始めた。こういうところがロベールさんと少し似ている。
「なぜ俺にだけ強い効果が……?」
「うーん、なんでだろー……?」
「あのパンを作ったのは君だろう」
「あ、あたしのパンがどうなるかなんてっ、あたしにわかるわけないじゃないですかーっ!」
そこは自信を持って言えた。
「……そうか。君はもう少し考えてから喋った方がいいかもしれないな」
だってそうなんだもん。自由に狙った効果を出せたらリスティスちゃんとチューしかけてなんていないもん。あのパンは勇者様への恩返しと、勇者様の未来のためにがんばったものなんだもん。
あ、そう考えたら当初の目的からしてこれって大成功だ。あたしって、すごい!
「あたしはただ、勇者様に恩返しをしたくてがんばっただけです! あ、そうだっ、これってきっと想いの力ですよ!」
「想いの、力……?」
勇者様は苦笑いを浮かべた。
「勇者様のために全身全霊で作ったパンですからっ、きっと勇者様にだけ効果が強く出たんですよっ、たぶんきっと間違いないですっ!」
続けてそう主張したら、苦笑いが突然喜びの笑顔に変わった。思いもしない表情の変化だからちょっと驚いた。
「理屈はガバガバだが、そう言われると悪くない気分だ。つまり君は俺に、これだけの想いを捧げてくれたということか」
「はいっ、そういうことですっ! 想いですよっ、想いっ!」
「そういうことにしておいて、ロベールが戻ったら相談してみるか……」
「その独り言聞こえてますからーっっ!!」
その後、勇者様の大活躍を具体的に聞かせてもらってからお店を出た。大きなおじさんを川まで軽々と投げ飛ばしちゃうなんてすごい。
尊敬する勇者様をもっともっと強くできてあたしは鼻高々だった。それから――
「ヒェヒェヒェ、そこの彼氏との相性占いかい?」
勇者様をまじない通りにご案内した。あたしおすすめの占い屋さんは繁華街側の裏路地にあって、辺りのどのお店も妖しくてちょっとうさん臭さい。でもそこがあたしは結構気に入っている。
「いえっ、こちらの勇者様の商売運を占って下さい!」
「勝手に人を占わせないでくれ。と言いたいところだが、確かにそれは気になる……」
勇者様は占いに乗り気だった。お婆さん言葉を使う夢魔族さんの向かいのイスに腰掛けた。
「前払いで銀貨20枚……と言いたいところだけどねぇ、あの子が世話になってるそうじゃないか、10枚に負けてあげるよ」
「えっと、リスティスちゃんのことですか?」
「いつも迷惑をかけるね」
「いえとんでもない! お世話になっているのはあたしの方ですっ!」
勇者様は早く占ってほしいみたいだ。占い師さんが水晶玉に手を近付けると、水晶の中にいくつもの星々が現れた。それに勇者様は声を上げて驚いていた。
「アンタは素直でいいねぇ……石頭の宰相とは大違いさ、ヒヒヒッ……」
「彼は占いが嫌いなのか?」
「アレが若い頃に声をかけたことがあるのさ。だけどあの坊やきたら『自分の運命は自分で切り開く』とかマセたことを言ってくれてねぇ……生意気な子だよ」
ロベールさんらしいというか、それはそれでカッコイイ! あたしもいつか言ってみたい!
「占い師に意見を左右されるようなら宰相になんて抜擢されていないだろう」
「そういうアンタは占いが嫌いかい?」
「俺はロベールほど賢くない。人の意見が欲しい」
「ヒヒヒ……こっちの坊やは長生きするよ」
中立ぶった言い方だけど、見る限り勇者様は占いが大好きな男の人だった。彼は水晶玉と占いの内容に興味津々で、占い師さんの占いの結果を聞くと、さらに質問をしたり、腕を組んで納得したりしていた。
「あのモンスターにそんな亜種が? ユーパトリウム側とはだいぶ特徴が違うな……」
「ヒッヒッヒッ、それにあの辺りの地理は――」
「おおっ、そうなのか! 知らずに訪れていたら苦労していただろうな、ありがとう、占い師さん」
なんか、だんだん、占いとはかけ離れていったけど……。
でも占い師さんは勇者様に貴重な情報をたくさん授けてくれた。占い師さんって博学で人生経験が豊富でないとできない仕事なのかも……。
「さて、そっちのお嬢さんは彼氏との相性占いだね?」
「いえっ、あたしも商売の方を!」
「やだよ、そりゃ先週占ったばかりじゃないかい。相性占いにしときな」
「強引な人だな……」
勇者様がそう言いながら太っ腹にも銀貨20枚を支払った。
「ヒッヒッヒッ……アンタ、こっちの男にしておきなよ。宰相も良物件だけどねぇ……ありゃ偏屈者さ、結婚なんてしたら苦労するよ」
「あ、あの……勇者様と宰相様を天秤にかけるなんて、そんな失礼なことできるわけないですよ……っ」
なんでみんなそういう方向に勘違いするのだろう。勇者様を彼氏にしたり、ロベールさんと結婚だなんてそんな、そんなのとても想像できない。
「ふむ……相性は相当いいね」
「本当ですか?」
占い好きの勇者様が占い師さんの言葉に食いついた。
「これだけ良ければ生涯連れ添えるだろうさ。だけど、アンタと同じくらい近い星があるよ」
「なるほど、それはロベールだろう」
「ふむ……かつて近くにあった星は遠く離れ、今は消え入りかけているようだね。心当たりはあるかい、お嬢ちゃん?」
そう言われても抽象的でわからなかった。
あ、まさか、それって、病気のアムリスちゃん……?
「コルネル王子かもしれないな。やはりまだ生きていたか」
「あ、そっかっ、きっとそうですよ……っ!」
アムリスちゃんが無事ならあんな人もうどうでもいい。はぁ、よかった……。
「この娘の周囲にはとにかく星が多いね、まるで大銀河さ。今のところはアンタと宰相が近いけどねぇ、どうなるかわかったもんじゃないよ」
えと、ダイギンガって、何……?
勇者様は意味がわかっているみたいで、また腕を組んでうんうんとうなずいている。
「ウカウカしているとライバルが増えるということか」
「ヒェヒェヒェ、そんなところだろうねぇ……」
「また今度くるよ。今度は健康運でも占ってもらいに」
「そりゃ占うまでもないね、アンタは健康だよ。優良物件ってことさ、わかったかいお嬢ちゃん?」
「…………へ?」
ちょっと意味がわからないけど、勇者様の健康に陰りがないことはいいことだ。なんかあたしより占い師さんと勇者様が仲良くしているのがちょっとモヤモヤしたけど、でも楽しかった。ここに連れてきて大正解だった。
「楽しかったですねっ! さてっ、この次は本屋さんに行きましょう! 遠征中に読める小説が買えますよっ!」
「そこまで考えてくれていたのか」
「へへ、いっぱい考えましたから! その後は武器屋さんと魔法屋さんを回って、それからちょっと早めにあたしたちがよく行ってるレストランに行きましょう! 予約、取っておきましたのでっ!」
勇者様はまた苦笑いを浮かべて、どんどん前を行くあたしの隣に並んできた。
「こんな強行軍の街案内は初めてだ」
「これでもかなり圧縮したんですよー、本当はもっともっと紹介したいところがいっぱいなんです」
「光栄だ。また案内してくれ」
「はいっ、任せて下さいっ!」
確かに街案内にしてはちょっとだけハードだったかも。だけどあたしは元気、勇者様も元気、まだまだあたしたちはいける。
「わ……っ!?」
ご機嫌でサジタリウス=ハレーの無秩序な町並みを歩いてゆこうとすると、突然勇者様に手を繋がれた。
「そうどんどん先に行かないでくれ。まったく、うちの馬の方がまだ聞き分けがいいよ」
「あ、馬っ! 勇者様の馬っ、今度さらってきましょうかっ!? レキちゃんと召喚魔法があればなんとかなりますよっ」
「それは――それは非常に興味深いな……。詳しく教えてくれ」
「はいっ、あの子かわいいですからねーっ!」
あたしは勇者様と手を繋いだまま、強行軍の街案内を続けた。楽しいお休みになった。こんなに楽しいお休みはロベールさんと赤い森に行った以来だった。
たくさんお店を回って、美味しい夕飯を食べて、それからうちの店の軒先まで勇者様に送ってもらった。
「さすがに、疲れた……」
「そんな、勇者様なのにだらしないですよー?」
「違う、君が元気すぎるんだ……。明日は自分のお金でパンを買いにくるよ。ではまた明日な」
「はい、お待ちしてます!」
勇者様は疲れた足取りでお城のスペシャルスィートへと帰って行った。その足取りはかなり重くて、さすがにちょっと引っ張り回し過ぎたかなって反省した……。
でも楽しかった。次はロベールさんも呼んだら、みんな仲良しで今の2倍も3倍も楽しくなるに違いなかった。




