・勇者様への恩返しに街を案内しよう - 直感のクリームパン -
次の目的地を目指しながらあたしは案内人として勇者様に解説をした。都を走るこの川がどれだけすごい物なのを。
「山上湖か。旅先で何度か見たことがあるけど、良いものだよ、あの雄大さは」
「そうなんだー!? いつか行ってみたいなぁ……」
「行けばいい。あの竜の翼を使えば一っ飛びだろう」
「あっ、それもそうですねっ! 今度レキちゃんと行っちゃおうかなっ!」
都を走るアケロン川は山上湖から引かれている。昔の偉い魔王様がすごい力で水の道を作って、今のサジタリウス・ハレーのある場所に通した。
どこまで本当かわからないけど、みんなの力を合わせた土木工事とかじゃなくて、魔王様一人だけの力技で。
「凄まじいな……。だけど君を前にしていると実感するよ、魔王には勝てないんだとね」
「だからあたしは魔王じゃないですってばーっ!!」
「聖女の力は勇者や魔王の力と同じだそうじゃないか。だったら桁違いの力を持つ君は、既に魔王の一角と呼ばれてもおかしくないと思うな」
「む、難しい言い方しても騙されませんよっ!! 違いますからーっ!!」
だからこのアケロン川はすごい。豊かな水量でみんなの生活用水になるばかりか、船とネレイド族による流通網になっている。
これからあたしたちが行くカフェはそんなアケロン川を眺めながら、ご飯やお茶を楽しめる素敵なスポットになっている。
あたしはメモをチラチラと確認しながら、お城の学者さんに教わった解説を終えた。カフェはもう目の前だった。
「ありがとう、とても勉強になったよ。モンスターの討伐を請け負うには地理の知識が不可欠だから特に」
「じゃあっ、ロベールさんと行った赤い森の話もしますねっ!」
「いや、それは要らない」
「えーっ、なんでーっ!? あそこならモンスター討伐のお願いとかあるかもしれないですよー!?」
「要らないものは要らないんだ」
ため息を吐く勇者様の前を歩いてお店の中に入った。
狙ってた席が空いてるか心配だったけど、ランチタイムを過ぎていたからか、川辺のテラスの席が空いていた。
「しゃれた店だな……。ロベールの趣味か?」
「え、ロベールさん? なんでロベールさんの名前が出てくるんですか?」
あたしがそう聞き返すと勇者様が急にうろたえて、だんだん顔が赤くなっていた。
「すまない、今のは失言だった、忘れてくれ……」
「よくわからないけど全然大丈夫です。ここはですねー、ネレイド族のお友達に教わったんです」
「そうか、そういうことか」
お店を見回すとネレイド族さんの姿が目立つ。というかここのお店の従業員も店長もネレイド族さんだ。なのでちょっとだけ魚臭い。
あたしはちょうどやってきたお店のお姉さんに、緑茶セットを2人分注文した。
「良い店だ」
「えへへー、ネレイドのお姉さんに見とれちゃいますよねーっ♪」
「見とれるかどうかはさておいて、俺たちユーパトリウム生まれの人間には刺激的な店だね」
「はいっ、ネレイド族の人たちってセクシーですもんねっ!」
そう返したら勇者様がすごく困った顔であたしを見つめ返す。もしかしなくともあたしは勇者様に呆れられていた。
でもこの感じ。ユーパトリウムでお世話になっていた頃に戻ったかのようで悪くない。
「まったく君という人は、人の気も知らないで……」
「だって綺麗なものは綺麗じゃないですか。女の子だったら誰もが憧れますよ、人魚ですよ、人魚っ!」
「男でも憧れるよ。君がコルネルを吹っ飛ばしてくれたおかげで、こうしてここに居られる」
勇者様はお店がすごく気に入ったようだ。腕を組んでうなずくと、彼の右手に広がるアケロン川を眺めた。
そこではゴンドラとネレイド、輸送船が行き交っている。水面には魔界の薄紫色の空から降り注いだ光が反射して幻想的だった。
それから少しするとお茶とお菓子が運ばれてきた。いい匂いのするグリーンティーと、甘くてモチモチのお団子だ。
「モチか、モチは好きだ」
「あ、食べたことあるんですね?」
「ああ、先日の討伐の後にたくさん振る舞ってもらった」
「でもでも、これは餅ではなくお団子って呼ぶんですよ。さあ食べてみて下さいっ」
あたしはお団子の串を取ると勇者様の口に寄せた。そしたら勇者様の顔がまたどんどん赤くなっていた。
「そんな恥ずかしがらないで下さいよーっ、こっちが恥ずかしくなるじゃないですかーっ」
「す、すまない……っ」
勇者様があたしの手からお団子を食べてくれた。甘く味付けられたお団子の味わいに、勇者様の口元がほころんだ。
「美味いモチだ」
「お団子ですってばっ」
勇者様が食べてくれたので、あたしは串を戻して真ん中のお団子を食べた。自分で取って食べればいいのに、勇者様はあたしの口や手元をずーっと見ていた。
勇者様は少しするとやっと我に返って、ちょっと癖のあるこっちの世界のお茶を飲んだ。
「苦……。モチにはすぐ慣れたが、こっちはまだ慣れないな……」
「あ、そうだったっ、クリームパンも食べてもらわなきゃ!」
「クリーム……?」
あたしは床に下ろしていたリュックから、ふかふかに焼けたクリームパンを出した。勇者様のお団子の隣に4つ!
「ま、待ってくれ……」
「これっ、クリームパンっていうんです! 中にとろとろのプディングが入ってるんですよっ!」
「そんなパンを、4つも……?」
「はいっ、全部勇者様にあげますっ、全部食べて下さいっ!」
ほんのり赤かった勇者様の顔が今度は白くなっていた。きっと、過去最高に美味しいパンを全部あげるあたしに驚いているのかも。
「ロベールならこのくらい、ペロリだろうな……」
「当然ですよ、だって食いしん坊のロベールさんですもん」
「わかった、いただくよ」
勇者様は自分のお団子をあたしの手元に運ぶと、甘い匂いのするクリームパンを取った。
「いただきます」
「めしあがれーっ!」
勇者様は大きく口を開けてクリームパンを食べた。すぐに甘いクリームが口の中に広がったのか、勇者様の目が大きく広がった。
「なるほど」
「どうですかっ、どうですかーっ!?」
「パンにプティングを入れるなんて下品で冒涜的……と初めは思わなくもなかったが、なるほどな」
そう言って勇者様が笑った。最近よく見せてくれる少年の面影を残す笑顔だった。
「美味いよ、最高だ」
「よかったぁぁーっっ!!」
「こんな俺だが、子供の頃は社交会のパーティが大好きだったんだ。デザートにプディングが出るかもしれなかったからね」
勇者様の好物がプディングだったなんて意外だ。勇者様はそれはもう幸せに、子供に戻ったかのようにあたしのクリームパンを食べていった。
あたしは勇者様の昔話を聞きながら、倍に増えたお団子とお茶を楽しんだ。
「やはり君は恐ろしい……」
「へ、何がですか?」
「入るとは思えなかったのに、スルッと入ってしまった……」
「そこが甘い物の怖いところです。気付くと、消えてるんです!」
同意してくれたのか勇者様は笑った。それから最後のクリームパンを取って、食べかけたところであたしを見た。
「3つも食べ尽くしてから言うことではないが、一緒にどうかな?」
勇者様はクリームパンを半分にしてあたしにくれた。そしたらあたしの手がそれを受け取ってしまっていた。
だって、そんなに美味しそうに食べながら語られたら、あたしだって食べたくなったちゃうし……。
半分にしたクリームパンを、勇者様はそれはもう幸せそうに食べてくれた。プティング求めてパーティに参加する子供の頃の勇者様が見えたような気がした。
「定番メニューにしたら人気になること間違いないが、さすがに手間がかかるか……?」
「手間はかかりますね。でもソフィーちゃんもリスティスちゃんもまた食べたがってますし、また作りますよ」
曜日限定というのもいいかも。
「ロベールにも食べさせるべきだ。食べ逃したと知ったら眉をピクピクさせて悔しがるぞ」
「そうですねっ、ロベールさんにも食べてもらわないと!」
「何せアイツは、君のパンを食べ続けたいがあまりに仕事を捨てて、君を魔界に連れ帰った食道楽だ」
二人が再会したらケンカしたりしないか心配だったけど、きっと大丈夫だ。勇者様は落ち着いた様子でグリーンティーを飲んで、やっぱり青臭いところが合わないのか顔をしかめた。
さすがにもうお団子はお腹に入らないと言うので、あたしが全部もらっちゃうことになった。
予定ではこの後、川沿いの道を紹介するつもりだったのだけど、もう少しゆっくりしてもいいかな……。
そう思っていた矢先に事件は起きた。
「待てっっ!!」
慌ただしい足音が響いて、あたしたちがいる川辺のテラス席に男の人たちが踏み込んできた。
いきなりお店のテラスに乗り込んできたその人たちは、今度は反対側のテラスから飛び降りてお店の敷地を出て行った。同じようにお店に乗り込んできた兵隊さんたちに追われながら。
「驚きましたね……って、あ、あれ? 勇者様……?」
テーブルの向かいにいたはずの勇者様が消えていた。
「……なんだい?」
勇者様はいつの間にかテラスの端に移動して、こっちを振り向きもせずに声を返した。うずうず、そわそわ、しているような感じだった。
「気になるなら捕まえちゃいましょう! 兵隊さんに追われてるってことは、きっと悪い人たちですよ!」
「……だが、いいのか?」
「だってお団子、食べ終わってませんし!」
「ありがとう、そう待たせないと約束する!」
勇者様はテラスから飛び降りて追走劇に参加した。元々の脚力か、それともあたしのパンの効果か。どっちかわからないけどすごいスピードで勇者様は川下の彼方へと消えていった。
「ふーー……勇者様の飲み残し貰っちゃおー」
また予定が狂っちゃったけどまあいいよね。
勇者様ならあっという間に捕まえて戻ってきてくれるんだから。




