・誘拐、ガタンゴトン
あたしは揺られていた。暗いランプが照らす馬車の中で目を覚まして、ベッドに縛られ、猿ぐつわを噛まされていた。
まだ頭がぼんやりする。揺られながらうとうとと、現実と夢の狭間をさまよった。
馬車が石を踏んだり、道を曲がったりすると目を覚まして『ああ、浚われるってこんな感じなんだなぁ……』と感じながらまた眠った。
それからどれくらい経ったかわからないけど、目を覚ますと馬車が止まっていた。
もう魔界なのだろうか。魔界って近いんだなと、そう思いながらまた眠ろうとすると――
「裏切ったな、ルーベルッッ!!」
勇者様の声がして飛び起きた!
「すまない、貴方が同意するとは思えず、致し方なかったのですよ、友よ」
「何が友だっ、コムギを浚っておいて!!」
あ、やっぱり浚われてたんだ、あたし……。
「では、貴方はどう彼女を救うというのです?」
「俺が戦って守る!!」
「相手は第二王子と公爵、公爵令嬢です。権力のない貴方に何ができるというのです?」
「だからと言って君は怪物だらけの世界にコムギを浚うというのか!?」
「はい、他にスマートな解決方法が見つからなかったのです。キュルクレイン、貴方とは友人でいたかったのですが……」
その時、剣が鞘から抜かれる冷たい音がした。
「コムギが同意したのか……?」
「いいえ、無理矢理浚いました」
「ならこれは誘拐だ……」
「既に語り尽くしたでしょう。コムギさんはこの国では幸せになれません、魔界にくるべき清らかな女性なのです」
このままじゃ友達同士で戦うことになってしまう。勇者様相手にルーベルさんが戦えるかもわからない。
ベッドごとさらわれたあたしは馬車の中で暴れた。
「やっぱりそこかコムギッ、必ず助けてやるからなっ!!」
ち、違うっ、戦わないでお願い!
勇者様もルーベルさんもいい人同士なのに、どうして!?
「やれやれ、わからない人ですね……」
「女性を誘拐しておいて何を言うっっ!!」
「ではこうしましょう。勇者キュルクレイン、貴方も魔界にきなさい」
「は……!? な、何を言っているんだっ?!」
でもそれは名案かも!
そうすれば戦わなくて済むし、勇者様ともお別れせずに済む!
「私から言わせると貴方もコムギさんと同じですよ。貴方は公平で誠実な人です、この国で生きるにはまるで向いていません」
「黙れっ、俺はこの国の勇者だ!! 魔界に亡命なんてできるかっ!!」
「残念です……」
ルーベルさんがため息を漏らすと、また冷たい音が響いた。
「ルーベルというのは偽名です。私の本名はロベール・サマエル」
「サマエルだって……ッ!?」
ルーベル。ロベール。あまり偽名になっていないような……。
勇者様の声はサマエルという姓に驚いているように聞こえた。
「私はホライズン商会の一員にして、現魔王の右腕です。私は貴方を倒して、コムギ・ブランウィードを夢叶う土地に導きましょう」
「お、俺は……っ」
「貴方はコムギさんを腐った国に連れ戻して不幸にするとよろしいでしょう」
「だ、黙れっ、魔界の連中なんて信用できるかっ!!」
「フ……貴方と出会うまで、私も同じように思っていましたよ」
その言葉を最後に戦いが始まった。
激しい剣と剣の撃ち合い、よくわからない爆発音が立て続けに響いて、あたしは止めなきゃとベッドで暴れた。
でも間に合わなかった。
静かになって、足音がホロ馬車の近付いてきた。
勇者様とルーベルさん、どっちであっても嫌だった。
「コム……ギ…………」
勇者様だった。勇者様は一目あたしを見て倒れた。
「殺してはいません、ご安心を」
よ、よかったぁぁ……っっ。
「まあしばらくは一緒に眠っていただきますが」
へ……?
ルーベルさんがすごい力で勇者様を抱き上げて、あたしの隣に寝かせた。それからロープでベッドに縛り付けて口を塞ぐ。
「仕方がないでしょう、意識を失った友をこんな場所に捨て置くわけにもいきませんし……。いやはや、腹の立つ光景です……」
そう言ってルーベルさんはあたしの猿ぐつわを外した。
「ぷはっっ!! こ、こここっ、困るんですけどぉぉーっっ?! んぐっ!?」
あ、この味はあの時のお茶の……。
「できることならキュルクレインも魔界に浚いたいのですが、わかってはくれないでしょう……。残念です」
きっとこれは眠り薬か何かだ。急な眠気があたしのまぶたを落とし、あたしは引き続き魔界へとガタンゴトンと運搬されていった。




