・勇者様への恩返しに街を案内しよう - 剛脚のラスクと鬼腕のカツサンド -
「あ、ここでオヤツを食べることになってます。ちょっと待って下さいねー、あ、中はまだ見ちゃダメですよっ!?」
あたしは東に進む通りから植え込みに移動して、リュックから[剛脚のラスク]を取り出した。
「じゃーんっ、これが勇者様のために作った特別なラスクですっ!」
「ああ、ユーパトリウムのご夫婦の店で売っていたラスクだな。懐かしい……」
「うんっ、おやつと言ったらこれですよねーっ!」
勇者様はあたしが作った本気のラスクをためらうことなくすぐにかじってくれた。バターとお砂糖と小麦が織りなす甘い香りに、勇者様の口元が幸せにゆるんだ。
「美味しいよ」
「ですよねっですよねっ、昨晩みんなで試食しましたけどっ、みんな喜んでくれてましたからっ!」
「貧乏貴族の生まれだからかな……このくらいシンプルなお菓子の方が好きだ」
「へへへ、ありがとうございます。もっとありますよー?」
「いただこう」
勇者様と甘く香ばしいラスクをかじりながら通りを歩いた。なんだかそうしていると子供に戻ったかのような気持ちになった。
この[剛脚のラスク]は足腰が強くなる。元からつよつよの勇者様だけど、これでちょっとは支えになるはずだ。
「これは歌……? 笛の音色も混じっているな……」
「うんっ、広場の東はねっ、歌と楽器の音色が絶えない素敵な場所なの!」
「……平日の昼間なのに?」
「平日の昼間だから歌っちゃいけないなんて、誰が決めたんですかー?」
勇者様の手――はなぜだか気恥ずかしい気がしたので袖を引っ張って、あたしは広場の東に勇者様を連れ込んだ。
「あ、アムリスのお姉さん!」
「いらっしゃい、コムギ~♪ きてくれて嬉しー♪」
「わっ彼氏だっ、彼氏連れてきたーっ!?」
ハーピー族さんも夢魔族さんも鳥人族さんもネレイド族さんも、みんながあたしたちを歓迎してくれた。
「彼氏じゃないよーっ、あたしの大恩人の勇者様だよーっ! みんなの綺麗な演奏をねっ、勇者様に聞かせにきたのっ!」
「コムギ、そこはもっと言葉を選んだ方がいいよ」
年下のハーピー族さんにしかられてしまった。確かに少し勇者様に失礼だったかも。
「彼氏はこっちこっちー♪」
「コムギは隣ねー! ほらもっとくっついてー!」
陽気なみんながあたしと勇者様を特等席に座らせてくれた。予定していたより勇者様の距離が近いけど、演奏が始まるとどうでもよくなった。
空を飛べるハーピー族や夢魔族、鳥人族さんたちが歌や楽器をあたしたちの頭上で奏でて、ネレイド族さんが正面で綺麗な声で歌声を奏でた。
「すごいな……まるで天使の歌声を聞いているかのようだ……」
「ですよねーっ!」
「芸術のわからない俺にだってわかるよ。これはすごい……」
勇者様の言葉にみんなすごく喜んだ。というかテンションが上がり過ぎちゃったのかあたしはハーピーさんに引っ張られて、勇者様の前に立たされた。
「歌おっ、歌おっ、コムギ!」
「彼氏の気を引くチャンスだよっ!」
誤解を解くのは後にして、あたしは陽気な魔界の種族たちと一緒に歌った。そうしたら勇者様が目を大きく広げて、あたしなんかの平凡な歌声に感動してくれた。
それからあたしは座らされた。今度は勇者様が引っ張られてあたしの前に立たされた。
「歌おっ、歌おっ、彼氏さんっ!」
「彼女をモノにするチャンスだよっ!」
「なっ……!? お、俺のような朴念仁に無理を言わないでくれっ!」
勇者様の歌、聞いてみたい。あたしは拍手して勇者様に笑顔を送った。
「あたし、聞いてみたいです! 歌って下さいよーっ、勇者様!」
「君たちが言っていることは、笛を吹けない人間に人前で笛を吹けと言っているようなものだぞ……っ!?」
「吹けばいいですよっ、ここは見栄っ張りばかりのユーパトリウムじゃないんですからっ!」
勇者様はすぐには応じてくれなかった。だけど一曲が終わって、同じ曲の前奏がもう一度勇者様のために奏でられると、彼は困り果てた末に低い男の人の声で歌ってくれた。
いい経験だった。ネレイド族さんの歌で告白する文化がよくわかった。決して勇者様の歌は上手ではなかったけど、面と歌われるのはすごく刺激的だった。
「ごめん、そろそろお昼ご飯の時間だからあたしたち行くねっ! ありがとう、すごく楽しかったーっ!」
「私たちも楽しかったー! またきてね、コムギ!」
「聞くだけでいいから、彼氏もまたきて!」
終わりと聞いて勇者様がすごくホッとした顔をしたところが面白かった。あたしたちはパリピたちが集まる広場東から南に下って、お花の咲く庭園になっている辺りの芝生に入った。
「ドッと疲れた……」
「勇者様の歌、よかったですよ! 綺麗な声でした!」
「止めてくれ、思い出したくない……」
「そんなこと言わないでまた一緒に歌いましょうよーっ」
「もう勘弁してくれ……」
リュックの上蓋を開いて、中からサンドイッチが入った籠と麻のシートを出した。そしてそれを芝生の上に広げれば、お待ちかねのランチタイムの始まりだった。
「宮廷の楽士。歌劇場のオペラ歌手。俺は内心で彼らを見下していたのかもしれない……。まさか、たかが歌が、こんなにも難しいなんて……」
「ロベールさんはあの人たちを『歌ってばかりの困った遊び人たち』って言いますけど、すごいですよね、実際!」
自慢のサンドイッチセットから大本命の[鬼腕のカツサンド]を取って勇者様に差し出した。
「これは……カツレツか……?」
「はいっ、カツサンドって言うらしいです! 自信作ですからどうぞどうぞっ!」
「こんな手の込んだ物を……。光栄だ、ぜひいただくよ!」
半日経ってしっとりしたカツサンドを勇者様が大きな口を開けて食べてくれた。
「あの……どうですか……?」
「ん……!」
勇者様はあたしの質問に何も返さずにもう一口食べた。笑顔が口元に生まれて、あたしが作ったカツサンドはあっという間に口の中に消えていった。
「ああ、すまない、あまりに美味しくて……」
「よかったーっ! 出来立てはサクサクでもっと美味しかったんですけど、さすがにそうはいかなくて……」
「豪華なランチだ……。これ全てを用意するのは大変だっただろう。ありがたいよ、本当に」
「いえいえ、喜んでもらいたくて作ったものですからっ!」
ところで上体や足腰の調子はどうですか?
そう聞きたい気持ちを引っ込めた。
卵サンド、ハムサンド、チーズサンド、タマネギサラダサンド。勇者様と食べるサンドイッチは格別だった。




