・勇者様への恩返しに街を案内しよう - 寝坊した! -
レモンちゃんがポヨンポヨンと跳ねる床の音。レキちゃんの大きな翼の雄大な羽ばたき。そんな不思議な生活音にもすっかり慣れてきたものだけど、その朝はいやに騒がしかった。
「うぅ~静かにしてぇ~……ご飯なら、もうあげたでしょ~……」
ご飯なら夜明けにいっぱいあげたのに、食べてないふりをしてまた欲しがるなんて、なんてちゃっかりした――ん? あれ……? 今……今何時……?
「ああああーーっっ?!!」
重いまぶたを開いてみれば、窓の外がお昼の明るさになっていた!
「わ、わああああっ、ち、遅刻……っっ」
レキちゃんたちは寝坊をしたあたしを起こしてくれたんだ。あたしはベッドを飛び起きて寝室からはいずるように居間へと駆け込んだ。でも、そしたら――
「やあ」
「ぴぇっっ?!! な、なななっ、なんでいるんですかぁーっっ!?」
うちに勇者様がいた。
「この子たちが中に通してくれたんだ。大丈夫、まだ11時の鐘は鳴っていないよ」
「よ、よかったぁぁ……っ」
待ち合わせは午前11時にうちのお店での約束だった。
勇者様はイスに腰掛けて、うちの家を物珍しそうに見回していた。
「君が寝坊なんて珍しいね」
「あ、あはは……。ちょっと早起きしすぎちゃいまして……」
「きっと日頃の疲れがたまっていたんだろう。今日は止めにしてゆっくりするかい?」
「そんなのダメですよっ、すっっごく楽しみにしてたんですからっ!!」
出かけられるように大急ぎで身支度をした。夜明け前にもう着替えは済んでいたのでそんなに時間はかからなかった。
「お待たせしましたっ!」
「あ、ああ……」
「あれ、どうかしましたかー?」
勇者様はちょっと意外そうな顔であたしを見ていた。
「仕事で貴婦人の護衛を任されることがしばしばあったが……こんなに支度の早い人は初めてだ……」
「だって準備しておきましたからっ! オヤツとランチとデザートも用意してありますから楽しみにしてて下さいねっ!」
「まさか、そこにある藁のリュックは……」
「はいっ、全部その中に入ってます!」
大きなリュックに勇者様は口をあんぐりさせた。今すぐ中を見せたいけど、それは後のお楽しみだった。
「すごいな、君は……」
「えへへー、ロベールさんならこのくらいペロリですし、勇者様だっていけますよー!」
「彼の胃袋は特別製だ、同じにしないでくれ」
穏やかだった勇者様が急に腕を組んで難しい顔をした。
「ところでその話、ロベールとハイキングにでも行ったのか?」
「あ、はいっ、レキちゃんとレモンちゃんの勧誘に赤い森に行ったんです! あたしが作ったサンドイッチ、全部食べてくれました!」
「そうか」
なんかちょっと様子が変だ。勇者様はロベールさんの話が大好きなはずなのに、今はなんだか機嫌が悪そう。
どうしたのかなって顔をのぞき込んだら、ちょうど11時の鐘が鳴っていた。
「レキちゃんたちありがとー! おかげで遅刻しないで済んだよーっ!」
「ギャゥギャゥ♪」
「プリュリュ……(・ ・)」
レキちゃんとレモンちゃんは窓辺でくっついて日向ぼっこをしていた。あたしが声をかけると仲良くくっついたまま弾んだり首をもたげて鳴いた。
「帰りに美味しいお土産買ってくるね! さあ行きましょう、勇者様!」
「いいだろう、胃袋が裂けても食べ切ってみせる」
「またまた大げさですよー♪」
麦藁の大きなリュックを背負うと、勇者様があたしの姿に苦笑いを浮かべた。休日のお出かけというより仕入れに行く格好だけど、実際このリュックは荷崩れもしにくくて大容量で便利だ。
「よければ俺が背負おうか?」
「ううんっ、見た目ほど重くないから気にしないで」
三階から一階に下って店を出ると戸締まりをした。レキちゃんたちは賢くて強いから、出かけたくなったら窓から飛んだりダイブして勝手に出て行く。
「さあしゅっぱーつ!!」
「あ、ああ……元気な声だな……」
人目が気になるのか、勇者様は辺りを見回した。
「勇者様と遊ぶために、予定をびっしり決めておいたんです! 見て下さいこれっ、今日の予定です!」
今日のお出かけの予定を紙にまとめたら、メモ帳からちぎった紙3枚分にビッシリと文字を敷き詰めることになった。
「な、なんだその真っ黒なメモは……!?」
「大丈夫ですっ、ちゃんと今日一日で回れるように、昨日自分で歩いて計算しましたからっ!」
大きなリュックに手をかけて、大股であたしは勇者様を先導した。まずは5軒先の向かいにある広場に入る。
「じゃーんっ、ここが広場ですっ!」
「ああ、この辺りの人たちにはお世話になっている」
「じゃあじゃあ、ここから東に行ったことはありますかー?」
「まだない。あっち側には何があるんだ?」
あたしは勇者様の返答にニンマリと笑っていた。せっかくサジタリウス・ハレーにきたのに、楽しい広場東側の世界を知らないなんてもったいない。
「楽しい気持ちになれる場所っ!」
「それではわからないよ」
あたしが先導しようとすると勇者様が駆け足になって隣にやってきた。勇者様は隣を歩きたいようだった。




