・勇者様への恩返しにパンを焼こう 2/2
その晩、夕飯を腹八分目まで食べたあたしはパン工房に立った。この前の一件があったからだ。
休業日とはいえ朝一にパンを焼いてしまうと、香ばしいあの香りが街の人をお店に引き寄せてしまって、ロベールさんとお出かけしたあの日の二の舞になる。だから今夜のうちに焼いてしまうことにした。
夜中にパンの香ばしい香りがしたら近所迷惑? お腹が空いちゃってご飯を二度食いしたくなっちゃう? それはそれ、これはこれ。
実はサンドイッチとは別に、勇者様のために特別なパンを作ると決めていた。勇者様には助けられてばかりでまだ恩返しができていなかったから、この機会に少しでもお返ししたかった。
「むっふー、ただでお姉様の新作を食べられるなんてついているのですよー♪」
「アンタの本気のパン、ぶっちゃけ超危険だしー、見張っといてあげるー」
「あ、この前のことですねっ! あれは、しゅごかったのですっ!」
パンのせいでリスティスちゃんとラブラブになっちゃったあの晩のことかな。リスティスちゃんの様子を見ると、あたしの視線に驚いて顔が赤くなった。
「こ、こっち見るなぁーっ!!!」
あの晩は本気でリスティスちゃんのことがいとおしくなっちゃって、ホントにホントに危険な夜だった。
「てかさっ、勇者と宰相、アンタどっちにするのー?」
「へっ? どっちって、何が?」
「はぁぁーーっ!?」
「お姉様……それはお二人がちょっとかわいそうなのですよー……」
あたしは首を傾げて、よくわかんないからパンの話にすり替えることにした。
「さあっ、それより勇者様をもっともっと強くするパンを作るよーっ!」
「アンタ、ホントにお子ちゃま……」
「もしかして、デートに誘われたこと、気づいてないですか……?」
ソフィーちゃんがリスティスちゃんに何かを耳打ちした。
「どう見てもそういう顔じゃんこれーっ! 遊ぶ気だよっ、遊びに誘われたから本気で遊ぶつもりの顔だよーっ!」
「普通、そうはならないのです……。勇者様に同情なのです……」
蚊帳の外にされてチョッとムカっとしたけど、眠くなる前にパンを仕上げよう。
「あたし、勇者様に恩返しできてないのっ! 今のお仕事のお手伝いをしたいのっ! だからねっ、これから特別な『オヤツ、主食、デザート』を作るよっ!」
「あのさー、オヤツとデザートって同じじゃないのー……?」
「そこは分けといた方がお得なこともあるのですよー」
「アンタたち、いつかブクブクに太るよー……?」
そういう話は聞きたくない。考えたくない。あたしはこれから作る特別なパンを解説した。
「まずオヤツにラスクを作るよー! これはねー、お世話になったパン屋さんで出してたお菓子なんだけどねー、なんと売れ残りのパンで作れるんだよー!」
説明しながらあたしはパン焼き窯を開いた。輪切りにしたバケットがちょうどいいトーストになっていた。
「ソフィーちゃんっ、フライパンに火をお願いっ!」
「バター溶かすですかっ!? 喜んで!」
フライパンでバターを溶かした。それから火を止めて、焦げないように砂糖を加えて混ぜ合わせて、トーストにその砂糖入りバターを吸わせた。
「要するにいつものフレンチトーストの甘いやつー?」
「ううんっ、これをもう一度焼くの!」
さらにそのトーストの表面にお砂糖をまぶして、全部で輪切り8枚分をパン焼き窯に戻した。
「これでカリカリになれば美味しいラスクの完成だよーっ!」
「しゅごいのですっ、お姉さまはおやつの天才なのですっ!」
「教わった通りに作ってるだけだよーっ、勇者様への感謝の気持ちと聖女の力、全力でっ!」
「そこが不安なんだよねー、一番……。アンタはほどほどに手を抜くのが一番だと思うなー」
リスティスちゃんの言葉にソフィーちゃんまでコクコクと小さくうなずいた。
「手を抜いたらお礼にならないよーっ! じゃ、次っ、カツサンド!!」
以前ロベールさんに教わった。ユーパトリウム西部にはカツサンドっていう食べ物があるって。
材料は厚切りの豚ヒレ肉、パンクズ、小麦粉、卵、塩、コショウ。卵を薄力粉とお水を混ぜ合わせて、お肉の裏表をその液に漬ける。
そして濡れた表面にパンクズをくっつけたら、フライパンに浅く張った油で揚げ焼きにする!
「さっきのラスクもそうだけどさー、手並みだけはいいよねー、アンタ」
「えへへー、ありがとー♪」
「はぁ……っ、褒めてないし皮肉だし……」
それは嘘。ひねくれ者のリスティスちゃんなりの褒め言葉とあたしは勝手に受け止めた。
「お姉さまはいつでもお嫁さんになれるですねー!」
「やったーっ、ソフィーちゃんありがとー! あっ、ラスクラスクッ、ラスクそろそろ出してっ! 出したら冷ますだけだからっ!」
手を動かしてカツレツを3枚作った。1枚は今夜の試食で使って、2枚は明日の本番用に取っておく。
試作分のカツレツを刻みキャベツと一緒にサンドイッチではさめば伝説のカツサンドの完成だった。
「ラスク、いつものとこで冷ましてるよー」
「ほわぁぁーっ、これがカツなんとかですかーっ!? しゅ、しゅごいいい匂いなのです……っ!」
「いつもより気合い入ってんじゃん。ロベールよりアイツの方が好きだったりー?」
「ううんっ、どっちも大好きだよ!」
比べられるわけがない。あたしにはどっちも大切な人だ。
「…………バーカ」
「ええーっ、突然なにーっ!?」
ソフィーちゃんも『それはちょっと……』と言い出しそうな目であたしを見ていた。
「じゃ、最後はデザートねっ! 実はもうっ、こっちのパン焼き窯に入ってますっ! クンクン……んっ、そろそろかも!」
あたしは奥のパン焼き窯を開けて、そこから魅惑のデザートを取り出した。
「じゃーんっ!!」
「なんだ、いつものジャムパンじゃん」
「違うよーっ!? これはっ、あの噂のクリームパンッ!」
「くりぃむ……ですかー?」
プディングが好きなあたしには衝撃だった。プディングを中に入れたパンがあると聞いた時は。
「これはね、カスタードクリームが入ってるの。卵とお砂糖と小麦粉とバターを使ったトロトロで甘いやつだよ」
あととろみを付けるのに米粉も使った。
「甘ければソフィーはなんでもいいと思うのです!」
「ま、そこは一理あるし」
カスタードクリームはこれらの材料をかき混ぜながらゆっくり加熱して、液体だったものを生地のように滑らかにしたものだ。
そのカスタードクリームをいつものジャムパンの要領で焼き上げたのがこの完成品になる。
カスタードプディングが入ったパンを食べるのはあたしも初めてだけど、この組み合わせで不味くなるはずがない!
「お茶の準備できてるしー、さっさと試食いこー」
「お姉さまのお家にきてよかったのです! このひとときがたまらないのですよーっ!」
「どうなるかわかったもんじゃないけどねー……」
皮肉屋のリスティスちゃんが紅茶一式を持って、あたしとソフィーちゃんはパンを2階のフードコートに運んだ。
夜のサジタリウス・ハレーが見える窓辺の席に運ぶと、あたしたちは明日のご馳走を囲んだ。
「じゃ、まずはこれが食べ物かどうか鑑定よろしくー」
「ひどいよーっ、もーっ!」
「お、お姉さまとチュッチュするのはソフィーも困るです……っ」
「う……その話はマジ止めて……っ」
「シテマス・イシゴートネ!!」
ソフィーちゃんがあの不思議な呪文を唱えて、あたしのラスク・カツサンド・クリームパンに鑑定の魔法をかけた。結果は――
――――――――――――――――――――
剛脚のラスク
永続:足腰が強くなる
鬼腕のカツサンド
永続:上体が強くなる
直感のクリームパン
永続:反射神経が高まる
――――――――――――――――――――
やった、大成功だ!!
「え、嘘、アンタにしてはまともじゃん」
「よかったのです……ちゃんと、食べれるやつなのです……っ」
あたしのパンってそんなに信頼ない……?
足腰、上体、反射神経、どれもあっても困らない。勇者様にぜひとも食べてもらいたい効果ばかりだ。
「じゃ、夜中の優雅なお茶会といこっかー」
夢魔族のリスティスちゃんは浮き上がると、ティーポットを取ってあたしたちのカップに紅茶を注いでくれた。それから空中であぐらをかいてラスクを取る。すごく嬉しそうな女の子らしい笑顔で。
それを見てあたしたちもラスクを取った。リスティスちゃんが口に入れるのを見上げながら、あたしたちもザクザクのラスクを口に運んだ。
「やるじゃん」
「ほわぁーっ、あまーいお煎餅なのですっ!」
「名前、キュルクレインだっけー。アイツにあげるのもったいなくなってきたー」
「わかるですっ、全部ほしいのですよーっ!」
「気持ちは嬉しいけど今日はダメだよーっ!?」
あたしたちはがっつりのカツサンドもある夜のお茶会を楽しんだ。これなら勇者様も喜んでくれる完璧な出来上がりだった。
不満があるとすれば[足腰][上体][反射神経]が高まる奇跡の力がほどほど程度だったことだ。
でもそこはよく考えたら問題ない。こまめに何度も差し入れて、着実に強くなってもらえたらそれでよかったのだから。
最後はクリームパンを――
「お願いっ、もう1つちょうだい!!」
「お姉さま、もう1つくらいならいいと思うですよ。もう1つくれないと……」
「うちら何するかわかんないよーっ!? ちょうだいっ、ちょうだいよぉーっ!!」
明日の分から1つ抜いて3人で分けることになった。
カスタードプディング入りのパンが目の前に余っていたら、甘党のあたしたちが我慢できるはずがなかった。
ごめんなさい、勇者様。クリームパン、すごく、美味しかったです!
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