・勇者様への恩返しにパンを焼こう 1/2
勇者様はすごい。勇者様はあれからたった3日でモンスターをやっつけて休息日の夕方前に帰ってきた。
勇者様がやっつけてきたモンスターもすごかった。それはチピトカームと呼ばれるすごく怖い怪物で、あたしは勇者様の武勇伝に震え上がった。
「う、馬の頭に……蛇の身体……っ!?」
「これまで見た中でも特別に大きかった。さすがは魔界、モンスターもまたひと味違った」
「そ、そんなのに勝っちゃったんですか!? 勇者様一人で!?」
「チピトカームは極端に用心深くてね、子供であっても複数人の集団は狙わないんだ。おまけに耳もいい。軍が討伐に失敗したのも無理もないよ」
勇者様はあたしの想像よりずっと強かった。モンスター討伐の専門家だった。あたしだったら腰を抜かしてしまう怖い怪物を、無傷でやっつけて帰ってきた。
「少しは俺のことを見直してくれたか?」
「す、すごい……。強いのもすごいですけどっ、怖い相手に一人で立ち向かえるところが特にすごいですっ!」
「そこまで言われると少しくすぐったいな……。いや、だけど、今日まで無心に剣を磨いてきたかいがあったかな」
あたしが褒めると勇者様がすごく嬉しそうに笑った。まるで少年の心を取り戻したかのような、無理のない自然な笑顔だった。
「ところで仕入れはいいのか? よければ手伝うが」
「いえ、実はアムリスちゃんが話をまとめてくれまして、先日からチウル商会の人たちに仕入れをお任せしてるんです」
「はははっ、それはいい。きっと君の労働中毒を見るに見かねてのことだろう」
勇者様はよく笑うようになった。昔よりも魅力的になった。ブロンドのカッコイイ貴公子様があたしをまっすぐに見つめて笑っていた。
「アムリスちゃんと仲直りできたの、勇者様のおかげです! ありがとう、今でもちょっと信じられない!」
「俺も同感だよ、君のことは諦める他にないと思っていたのに……」
「あ、そうだ、お茶していきません!?」
「いや、それは明日の楽しみにしよう。これから広場で明後日からの仕事を取ってくるつもりだ」
確かにここでお茶をしたら明日のお茶の有り難みが薄まっちゃうかも。
「いいですねっ、ならお手伝いしますっ! レモンちゃーんっ、業者さんがくるからお留守番お願いできるーっ!?」
レモンちゃんは喋れないけどすごく賢い。声を上げると二階から弾みながら下りてきて、レジカウンターの上に飛び乗ると、体内に飲み込んでいる杖をニョキッと伸ばした。
「さすがは都を守る魔王だね」
「代理補佐ですっ、ヨブお爺ちゃんが帰ってきたら晴れて解任なんですからっ!」
「さて、そう上手く事が運ぶかな……」
勇者様の笑顔が皮肉混じりのものに変わった。
「ええっ、それってどういうことですかーっ!?」
「俺たち共通の友人はいつだって強引で勝手だっただろう。君を代理補佐にしたのだって、彼なりに先を見越してのことだったんじゃないかな」
「えと……んん? つまり……?」
「彼はなんだかんだの理由を付けて、君に続投をさせるだろう。アイツはそういう男だ」
こういうのを負の信頼と言うのだろうか。勇者様はロベールさんの深いところまでよく知っていた。
男同士だからかな。なんかあたしよりロベールさんの素顔を知っているみたいな感じで、男の友情にちょっと嫉妬した……。
「女って……男の人の親友にはなれないんでしょうか……?」
「俺ごときの人生経験で答えられる質問じゃないな、それは……」
「勇者様とロベールさんばかり仲良しで不公平ですよぉーっ!!」
「いや、まだロベールとは仲直りしていないのだが……」
勇者様の表情が突然曇った。二人はあの晩、親友同士で戦った。裏切られた上に負けてしまった勇者様はすごく傷ついたと思う……。
「ロベールさんを許してあげて下さい! 勇者様を裏切ったこと、すごく気にしてましたから!」
「わかってる、彼は高潔な男だ。しかし仮に俺が許すといったところで、ロベールが自分を許すかな」
「大丈夫っ、勇者様が全身全霊で許せばなんとかなりますっ!!」
根拠はないけどそう叫ぶと、勇者様に声を上げて笑われてしまった。またまぶしそうにあたしのことを見て、店の外に誘ってくれた。
それからお城に行って、倉庫から勇者屋の屋台を出して、先日のように城門前の広場に移動した。
そしたらビックリだ。待ちかねていたように勇者屋さんの前にお客さんが駆け込んできた。
「倒してもらいたい怪物がいるんだ!!」
「お、お婆ちゃんのために、採ってきてほしい薬草が……。でもその森、とても危険で……」
「噂は聞いたぞ、勇者キュルクレイン! うちの部隊の練兵を手伝ってくれ!」
勇者様が彼らから詳しい話を聞いて、あたしがメモ帳に勇者様の予定をまとめた。
みんな見る目がある。後で勇者様からチピトカーム討伐の武勇伝をもっと詳しく聞いて、知っている人に広めちゃおうとあたしは密かに決めた。
「じゃ、屋台片付けちゃいますねっ! お仕事がんばって下さい、勇者様!」
「ここがユーパトリウムだったら『公爵令嬢を二度も侍女扱いした』と、そしられていただろうな。しかし悪いが頼む!」
「はいっ、牢屋のコボルトさんにも帰ってきたって伝えておきますねっ!」
「それは助かる! また明日!」
あたしは即用済みになった屋台を元の場所にしまって、あの螺旋階段を下って地下牢に行った。
「ねぇねぇ、帰ってきたよ、勇者様!」
「ワフッ!? アイツ、また性懲りなくここを使う気かワンッ!? 牢屋長っ、大変だワンッ、またアイツが仕事の邪魔にしにくるワンッ!!」
地下牢に歓迎ムードが広がった。コボルトさんは文句を言うけど、他の兵隊さんたちは勇者様の帰りを楽しそうに喜んで、なんかお鍋の準備まで始まった。勇者様がみんなに愛されると、あたしもすごく嬉しかった。




