・語り部:業と代償 - コルネルの場合 -
一方、同じ頃、ユーパトリウム辺境では――
その地を治める辺境貴族リットン男爵は頭を抱えていた。ある厄介者が領地に転がり込み、自分たち夫婦の寝室を占拠した。
その者の名はコルネル・ユーパトリウム王子。ある日、酷い重傷を負った彼が兵に運ばれやってきて――
「うっ、がっ、あ、ああああああああーーっっ!!」
リットン男爵の屋敷で連日うめき声を上げるようになっていた。
「許さぬ……許さぬぞ、女の分際で――うっ、うぐぁぁぁっっ?!!」
奇妙なことに王子は生きていた。全身の骨が砕けるという酷い有様だったが、奇妙なことに外傷は全くといってなく、臓器も同じく無事だった。
「こ、このような……っ、このような……っ、ぅ、ぅぅ……っ、おとなしく、利用されていれば、いいものを……っ、あっ、ああああっっ?!!」
医者の診断は全治18ヶ月。さらにリハビリに最低1年。衰えた筋肉を取り返すのに大変な苦労することになるだろう。
医者の見立てではあと半年は絶対安静。追い出そうにも追い出せない身分、病状の客人に、リットン夫妻の表情は暗い。
「アムリスさえ奪われなければこんな傷……っ、すぐに治させたものを……っ、ぐっ、ぐおぁぁぁぁっっ?!!」
引き取ってくれと王家に手紙を送るも、帰ってきたのは金貨と短い手紙のみ。コルネルの暴挙は既に内偵により王家へと伝わってしまっていた。
聖女アムリスごと敵を討とうとしたがために、聖女コムギに報復された。戦争を引き起こそうとしていた事実もとうに王の耳に届いている。
「あの女っ、あの女どもめぇぇっっっ!! お、おい……麻酔……麻酔はまだか……っ!!」
弟コルネルとブランウィード公爵に王太子の座を脅かされていた兄王子は、ここぞと弟を切り捨てるようユーパトリウム王をそそのかした。
これまでの弟の功績はほぼ全て聖女アムリスの貢献によるものだった。弟はその聖女アムリスを酷使し、裏切り、ユーパトリウムからの出奔を招いた。そんな冷酷な男が王になったらこの国はおしまいだ。
「先ほどももうしましたが殿下、麻酔はあと4時間は使えません。ただでさえ死病の風のせいで、麻酔薬が手には入らなくなっているのですから、無理を言われては困ります……」
「ふ、ふざけるなっ、今すぐっ、今すぐに麻酔を打てっ!! すぐにこの痛みを止めろぉぉぉぉっっ!!」
医者はコルネル王子を疑っていた。彼は死病の風の原因が国境の向こう側にあると言っていたが、それはおかしい。誰も訪れることのない国境の森から、どうやって病気がこちらに渡ってくるというのか。
もし本当に国境の森が原因なら、国境警備隊が真っ先に病に冒されている。だがそんな話は聞いたこともない。
ならば死病の風の原因は別の場所にあると考えるべきだった。
「王子殿下、私は国からの質問状を預かっております。もし麻酔が欲しければ、正直に答えていただきたい」
「な……な……なん、だと……?」
医者は問うた。先ほど無いと言ったはずの麻酔薬を鼻先に突き付けて、これまでにない冷たい目で見下ろした。
「国王陛下は貴方とブランウィード公爵の言い分を疑っています。なぜ、死病の風が魔界側にあると、貴方方は判断したのですか?」
「やつらがまき散らしているからだ……っ!! うぐっ!?」
「王子殿下、私は『正直に答えなければ麻酔を打つな』と命じられています」
「そうか、兄か……っ! あの男の間者だな貴様ぁぁっっ!?」
「私が誰と懇意であるかなど、どうでもよいことでしょう」
この男の企みがもし成功したら、ユーパトリウム王国は病と戦争という地獄絵図を描くことになった。同情の余地は何一つない。医者は冷たく残忍な目でコルネル王子を見下して、再び問うた。
「死病の風の、本当の、発生原因は、どこに……?」
王子は答えなかった。答えれば王家に見捨てられることがわかりきっていたからだ。
死病の風の本当の発生源は鉱山だ。病はマナ鉱石の生産地と加工地に偏っていた。そしてそのマナ鉱山を多く所有する貴族というのが、コルネルの後ろ盾であるブランウィード公家だ。
彼らは偽りの原因をでっち上げて、いつものように魔王軍のせいにする段取りだった。
採掘を止めれば多くの領主や商人が大損を被る。よって採掘を止めることはできない。
「申し訳ない、王子殿下。入荷予定の麻酔の納入が半月ほど遅れると、たった今報告が」
「き、貴様っっ、貴様ぁぁぁぁっっ?!!! ふざけるなっ、我は王子だぞっ、いずれ王になる男なのだぞぉぉっっ!!!」
「愚かな男だ……。聖女アムリスを失った貴方に、誰が味方すると言うのです? 貴方の命運は魔王コムギにアムリス姫を奪われたその瞬間に、尽きたのです」
認められるわけもない。利用していた女に逃げられたがために、権力を失ってしまっただなんて。
ブランウィード公爵の娘はアムリスとコムギのみ。公爵は自分の孫を未来の国王にする野望を持っていたが、その夢ももう叶わない。
「麻酔が欲しければいつでも自供をどうぞ。品薄ですが、偶然私の手に転がり込むかもしれません」
「殺してやる……」
「ではご自分の立場を理解されるまで、堪えるとよろしいでしょう」
「な、なんだっ、何をするっ、我は王子――ぐっ、ぐあああああああっっっ?!!!!」
医者が胸を押すだけで、砕けたあばら骨が堪えがたい激痛を放った。
「これ以上あの病を蔓延させないためにも、素直に答えて下さいコルネル王子。本当の原因を知っているからこそ、貴方は魔王軍に責任を擦り付けようとしたのでしょう?」
「知るか。貴様、もうただでは済まさんぞ……おごぁぁぁっっ?!!」
「民よりも自己保身か。ゲス野郎め、虫酸が走る……」
コルネル王子は答えなかった。尋問を諦めた医者は客室に戻り、コルネルの兄、ユーパトリウムの王太子への手紙を書き上げると、さらにもう一筆手紙をしたためた。
「やれやれ、人使いの荒い上司だ……。お気に入りに危害を加えられかけて、これは相当に怒っているな……。まあ、無理もない……」
宛先はない。封筒もない。ただの走り書きを四つ折りにすると、彼はポケットにそれをしまい込んだ。
「マスター、ビールを」
それから男爵の屋敷を出て、町の酒場に立ち寄った。
「あいよっ、いつも前払いで助かるよ、先生!」
「前払いなら財布を忘れて青ざめることもないだろう?」
「やっぱ先生はいい人だぁ! わざと財布を忘れてきて、ツケにしやがるバカ野郎もいるってのによっ!」
軽く一杯やって彼は店を出た。先ほどの走り書きは席に置き残され、入れ替わりで来店した別の者に回収された。
彼の上司の名前はロベール・サマエル。魔界の宰相にして、かつては魔王ヨブの命によりユーパトリウム潜入を命じられていた諜報員だった。
彼はその後日、ユーパトリウム王太子とロベール宰相の双方から『どんな手を使ってでもコルネルを自白させろ』と命じられることになる。
もし仮にコルネル王子が自白すれば、ブランウィード公爵もまたおしまいだった。
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